幕外之話 サラウンディング・ピープル
一方その頃・・・・・・というやつ。
リョウくんがメイド長の家で眠ってる間の話。
━━ 3月8日 00:00 地下基地 ━━
「帰ってこないわね……やっぱり探しに行ったほうがいいんじゃないかしら」
リョウがすぐ帰ると言い残し基地を出て行って、丁度日付をひとつ跨いだ。キャルメロはじっと心配しながら帰りを待っていた。
体調が悪そうだった、無理にでも引き止めていた方が良かったかもしれない。でも、はっきり言ってただの仕事仲間の、しかも最近入ってきたばかりの少年を、そこまで気にかける必要はないじゃないか。いや、仮にも苦労を共にする仲間だ。保護者的な立ち位置として気にかけるのは当然だ。
テーブルを指先で啄きながらそんな自問自答を繰り返す。彼女は一旦思考を始めると、納得のいく答えが見つかるまでいつまでも続ける性格だ。今も自己分析の渦に飲まれ結局具体的な行動には移らずにいた。実は彼女自身、リョウを探しに行くことに欠片も必要性を感じていないのだ。まあ自分が行かなくても何とかなるだろう、と。その淡白で合理的な性格が、彼女の長所でもあり短所でもある。
何故リョウ少年のことが心配になるのか。そんなことがこの自己分析の切欠だ。二人の歳は十以上も離れている。生まれた国も違う。……恋愛感情か? と問われれば否定は出来ない。彼女自身、年下好きの自覚がある。始めは『保護欲』に過ぎなかった。それが何度か世話を焼くうちに肥大化して変質していったのだ。ただそれが『恋愛』なのか『母性愛』なのかは曖昧なところである。
何方にしても『その感情』は彼女の中でむくむくと大きくなっていき、さらにそれを自覚したことで益々彼女を満たして行くのだった。
「ふふ、早く帰ってこないかしらね」
「ソウダネー」
「……あら、居たのホストくん」
独り言に反応を返されはっとする。
基地常在のメンバーは皆早寝が習慣になっているので、自分以外に誰かが起きているなど意外だった。
「オナカ空イタンダヨネー」
「夕飯の残りがあるから好きに食べていいわよ」
「アザーッス」
「貴方、体が弱いんだから睡眠はちゃんと取りなさいね」
彼女の周りには世話の焼ける者達が多い。
それは心から『人との繋がり』を求めるキャルメロにとって、何よりも幸福なことなのだ。
━━ 3月8日 02:13 キシダの研究所 ━━
キシダの家とも呼べる研究所。
薬品の臭いと沢山の精密機器やモニターが埋め尽くす部屋。彼は眠ることなく、眠る必要もなく、ここで毎日終わることのない『研究』に没頭する。毎日、毎日。来る日も、来る日も。人の命を扱うその研究は、日々進歩し、しかし一向に終わりは見えない。
俄に鳴り出した携帯端末の呼び出し音が、思考を遮る。画面に映った相手の名前を確認して気怠そうに応答した。
「……こんな時間にどうした」
『夜分遅くに申し訳御座いません、岸田先生。要件だけ簡単に話します』
彼を『先生』と呼ぶその人物は、淡々と要件を告げる。友人が酷く体調を崩しているが、紆余曲折あり医者には見せられない、何とか助けてくれ。とのことだ。
彼は研究者であると同時に、闇医者でもある。そもそも誰に雇われているわけでもないので研究の方は一文にもならない。趣味でやっているようなものである。だから、血生臭い研究の副産物として得た医学の知識を活かして、闇医者として稼いでいるのだ。スイーパーの仲間入りをしたのも、要はその延長である。
患者の様態を電話越しに聞く。両腕を欠損している身長一七〇センチ弱の若い男性、高熱で意識が朦朧……。そこまで聞いて思い当たった。
「ソレはウチのだ。熱は放っとけば下がる。折角だし二日ほどソッチで預かっといてくれ」
『やはりそうでしたか』
「ああん? 気付いてたのかよ」
『ええまあ。相変わらず褒められないことをしているようで』
「ケッ、そりゃお互い様だっツーの」
当人達にしか分からない嫌味の応酬が行われる。
二人は旧知であるが、相容れない仲だ。目には見えない深い溝を挟んで互いを睨み合う、利用し合いはするものの必要以上の干渉はしない、そういう仲。彼女が今回キシダを頼ったのも、友人の為に仕方なく、である。本当なら声を聞くのも嫌なのだ。
通話の相手はさっさと会話を切り上げようと「それでは」と切り出す。それに応じれば通話が切られるのだが、キシダは思い出したようにそれを制する。
「ああそうだ。人工臓器に不具合なんかは出てねぇか? まあ出てねぇよな」
極めて事務的な内容。そこに相手への気遣いは無い。そして相手もほんの少しの嫌味を混ぜつつ事務的に返答する。
「ええ、流石は独多先生が作った人工臓器ですね。なかなか優秀です。彼にも宜しくお伝えください。それでは」
そして今度こそ通話が切られた。ブツリ、ツー、ツー、と素っ気無い電子音が、薄暗い部屋に寒々しさを醸し出す。
キシダは溜息を一つつき、端末をデスクに置いて再び研究に戻る。紙束に何度も目を通し、顕微鏡を覗き込み、白紙に計算式や化学式や考察を只管書き込んでいく。研究をしている時、彼は人間であることを放棄し、研究設備の一部として休むことなく動いている。
そうして時間が経過するも、窓の無い研究室に朝日が差し込むことはない。
━━ 02:33 A市『廃墟の森』 ━━
廃墟群が立ち並ぶ無法地帯、通称廃墟の森。人の殆ど立ち入らないこの場所で夜風に当たるのが稲沢玄の毎夜の日課である。
何時も通り錆びたフェンスを越えて、今夜も一人でこの場所にやってきた。が、一つ何時もと違う。三人の見知らぬ先客が居た。不良の溜まり場としては恰好の場所であるが、ここを毎夜稲沢が徘徊していることは周囲の不良や夜の住人に知れ渡っており、それを知って尚ここを溜まり場にする愚か者は居ない。A市に住む稲沢といえば知る人ぞ知る危険人物なのである。にも関わらず堂々と居座るこの三人組は一体何者か、稲沢には見当も付かない。しかし楽しみの時間を邪魔されたことに変わりなく、何者だろうと追い払うつもりだった。
三人組の内、やたらがっしりとした大男が稲沢に話しかけた。
「よおブラザー! 待ってたぜ」
親しげな言葉遣いで話し始める筋骨隆々の大男。金髪で青い目、白い肌、見るからに異国的だ。稲沢に異国の友人など居ないし、ましてこのように親しくされる覚えはない。あまりに唐突に詰められた距離感に苛立ちを覚えた。そんなこともお構いなしに大男は捲し立てる。
「海の向こうでボクサーをやってる、マシューって名前だ! この国には武者修行をしに来た。後ろの二人は所謂案内役だ。
アンタは稲沢だな、評判は聞いてるぞ!」
「そうかい。俺はお前なんか知らないし関わりたくもないぜ。要件言ってさっさと失せろよ外人さん。そこのお前らもだぜ」
「ハハッ、要件ね。オーケーオーケー」
徐々に稲沢の苛立ちが膨れ上がっていく。大男はそれに気付きつつポケットから砂時計を取り出して、余裕な態度を崩さないまま言った。
「オレとひとつ勝負をしようじゃないか。
こいつは三分間をきっかり測れる砂時計だ。この砂時計の砂が落ちきるまで、俺はアンタの攻撃を避け続ける。殺す気で来てオーケーだ。最後まで避けきったら俺の勝ち。一発でも当てたらアンタの勝ち。アンタが勝ったら賞金をやろう。どうだ?」
「……いいぜ。さっさとやろう」
大男は承諾の返事を聞き、後ろに控えている二人に砂時計を放り投げた。二人のうちの一人、華奢な黒髪の少女がそれをキャッチする。予め打ち合わせをしてあったかのような流れだが、稲沢は何も疑問に思わない。
既に苛立ちはピークに達していた。唐突に現れた外国人ボクサーに勝負を挑まれる。普通ならそんなシチュエーションに出くわすことなどありえないが、面倒事を早く済ませたいという思いで頭が一杯であった。
ピリピリとした空気の中、大股三歩程の間合いが開かれる。
広めの間合いをはさんで交差する視線。
スゥ、と息を吸い込む音。
「……始め!」
少女の合図。
刹那、稲沢の超人的な脚力で踏みつけられた地面が爆砕した。間合いが一気に詰められる。
放たれたのは音速を軽く超えた拳打。マシューはそれを紙一重で躱し、空を叩いた拳が鞭を打つ様な破裂音を鳴らす。直線的な攻撃故にボクサーであるマシューは予期できたものの、一瞬遅れてぶわっと脂汗が噴き出した。
稲沢が生まれ持った異能力は、物理法則をも無視した出鱈目な身体能力。拳を振るえば全てを砕き、自分は殴られようが切りつけられようが傷を負うことはない。
脂汗の噴き出した顔で、口の端を歪めるマシュー。見て避けるのは不可能。当たれば死。辛うじて予備動作から次の手が予想できる。鋭刃の上を歩くかの如きギリギリの状況が彼を絶頂へと誘った。再び視線が交差し、稲沢の激しい追撃が始まる。右フック、左ストレート、アッパー、手刀、蹴撃、掴み、裏拳……。目にも止まらぬ速さで即死級の技が放たれ、その全てが空振りに終わる。
マシューの極限に研ぎ澄まされた精神が、落ちる雨粒すら見極めるほどの集中力を実現したのだ。今の彼には、並のボクサーのパンチなど止まって見えるだろう。
「クラスに一人は居るよなあああ! ドッジボールでいつも最後まで内野に残ってる奴がよおお!!」
怒号を放った。地を震わせる大声。至近距離でその声を聞いたマシューの鼓膜が破れた。しかし既にアドレナリン漬けになっている当人には些細な出来事だ。寧ろ聴覚を封じたことで集中力は高められる一方。
何故だ。何故掠りもしない? 訳の分からぬ焦りが増していく。
一方的な攻めと回避の関係が続く。
当人達には永遠にも感じられる長い時間。
その実、ちょうど砂時計の砂が半分落ちる程度の短い時間。
遂に反撃が始まった。
マシューのジャブが相手の顔面を打ち抜いた。
ダメージは皆無。しかし二撃目、三撃目と反撃の速度は上昇し、終いには一転攻勢。特殊能力の副効果で上乗せされている稲沢の反応速度を上回ったのだ。
「グッド、ジィィィザス! エクッセレェェェェェンッッ!!」
ダン、ダダン、ダダンダン、とリズミカルに繰り出されるパンチ。稲沢はただ呆然と、自分が殴られる様を他人事の様に眺めていた。
痛くはない。
だが自分を殴るこの訳の分からぬ『怪物』を前に、心がポッキリと折れていた。
いつも『怪物』と言われ恐れられるのは自分の方だったはずなのに。
この勝負、負けたらどうなるのだったか。
制限時間は後どれくらいだ。殴られながら『案内役』の方を見る。二人居たはずの案内役が、いつの間にか一人になっている。
砂は五分の四ほどが落ちた頃。
地面から現れた『男の手』が稲沢の足を掴んだ。
「!?」
足腰がすり抜けるように引きずり込まれる。咄嗟に崩れる体制を立て直そうと突こうとした両手も、地面をすり抜けた。
ふと足を掴んだ男の手が離れ、その瞬間に腰から下と両腕が地面と一体化した。押しても引いても上手く力が入らず脱出できない。マシューは攻撃の手を止め、肩で息をしながらある方向を見る。
その方向の地面から浮上する様に、ぬっと黒髪短髪の男が姿を現した。案内役の片割れだ。
「……本当はこんな汚い手は使いたくないのだが。罪人相手に手段は選ぶなと言われたのでな。悪く思うな」
呼応して砂の落ち切った砂時計を持った少女と、マシューがその男の傍に並ぶ。
男は仰々しく声を張り上げた。
「罪状を読み上げる!
『稲沢玄』。XXXX年07月2日生まれ。二十七歳。母親は出産直後にショック死。
十五歳の時。事故に見立て父親を殺害。その後。警察を含む計二十二人を殺害。これは極めて許されざる行為である」
「おい、ちょっと待て」
「よって。神の名において貴様を処刑する!。」
「待てッつってんだろ! 何なんだお前らは」
男はその問に仰々しく答える。
「我々は貴様達能力者共に裁きを下す者。
目には目を。魂には魂を。毒を持って毒を制す。許されざる者共に順当な裁きを下す者達。それが我々。『神の遣い』だ」
「……頭のネジぶっ飛んでやがるぜこいつら」
男の合図で少女が能力を使った。
風が吹き荒れ、どす黒く染まった彼女の右手に砂塵が吸い込まれていく。やばい、と焦り藻掻く稲沢に、掌が伸ばされる。触れたものを無に帰すその掌が、まさに稲沢の頭を掴もうとしたとき。
激しい稲妻が地を這った。
轟音と閃光にその場の四人が固まる。
「今のは威嚇射撃だ。夜中にうるせェんだよ手前ェら、次は殺すぞ」
一人は腰を抜かし、一人は予想外の事態に思考停止し、一人はこの場を切り抜ける最善策を捻り出そうと頭をフル回転させて、『神の遣い』の三人は誰ひとり動かない。乱入者以外で動けるのはただ一人。稲沢がボゴッ、と音を立てて地面から脱出した。
「お、やっと出れた。間一髪だが助かったぜ、恭弥」
「ぐぬぬ。一旦退却だ!」
黒髪の男がマシューと腰を抜かして動けない少女の手を取って、地面の下へ消えていく。去り際に「また来るぞ」と残して姿を消した。
後に残された二人、地面に腰を下ろして深い溜息を吐く。
「何だったんだァ? 今のは。手前ェがあんなに追い詰められるなんてなァ」
「『神の遣い』って言ってたぜ」
「益々分かんねェ。頭おかしいんじゃねェの」
何はともあれ、かくして稲沢は処刑を免れた。
漸く肌で夜風を感じた彼が思ったのは「たまには全力で運動するのも悪くない」だ。
◇◇とあるネット掲示板◇◇
スレッドタイトル
【お前らが一番怖いと思う怪事件上げてけ】
イッチ:二十年くらい前に起こった『児童一斉神隠し事件』
琵琶:だいぶ昔だが鬼襲来っていうのを見た
サンバ:何だっけそれ
琵琶:なんか海の向こうからデカい鬼が来て気づいたら消えてたっていう謎すぎる事件
魑魅魍魎:医師スープ事件
サンバ:三匹の人食い山羊かな
シモ:空を飛ぶ露出狂ぐう怖い
犬子:↑GGったらクソワロタwwwwwしかも割と最近の事件かよ
タニシ:夢のお告げで人骨ヴァイオリンを作ったとかいうキ○ガイ
鮭:怪事件じゃないけど稲沢ニキは今何やってんの?
ニト豚:今ものうのうと暮らしてるお
シモ:こればっかりは、流石に能力者様()相手に仕方ないだろ
手錠とか簡単に引きちぎるって聞いたぞ
それ以前にあの人に手錠をかけること自体至難の業だろうが
シモ:能力者といえば孤児院の事件はどうなったん
タニシ:まだ能力者と決まったわけではなくね
犬子:マスゴミもあからさまに避けてるし、ほぼ確定だろ
早々に捜査打ち切ったみたいだし
マキコ:不謹慎です
こういうところでそのような(人が死んでいる)話は避けましょう
犬子:不謹慎厨帰れwww
シモ:ヒトガ神殿ネンデ(AA略
ゆうた:不謹慎厨死ね死ね死ねしね
サンバ:あんなに沢山死んでるのに不思議なほど話題にならないよな
何で?
魑魅魍魎:人には触れてはいけない領域があるんや・・・。
一期一会:巨大害獣は?
ニト豚:あれは事件じゃなくて災害だお
ゆうた:あんなの本気にしてる奴いるのかよバカじゃね
サンバ:害獣災害は歴史の授業で習うでしょ
被害者数からして歴史に残る大災害だよ
サボリ魔:ヒグラシ団地?は今どうなってるんだろうな
魑魅魍魎:おいやめろ、消されるぞ
シモ:確か今電気もガスも通ってないんでしょ
普通に考えればゴーストタウンだよな
鮭:でも何人かまだ人が住んでるらしい
探偵:そもそもそんな場所実在するのでしょうかね
サンバ:(ヒグラシ団地は)ありまぁす!
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・
・
陰間:ヒグラシ団地の話ですが、普通に人が住んでますよ
今は研究所のようなものが建っていて電力はそこで発電したもので賄ってます
探偵:随分お詳しいですね
陰間:知り合いがそこに住んでますので。
登場キャラ整理
キャルメロ→スイーパーメンバーのひとり。金髪褐色肌の三十路。
ホスト→メンバーのひとり。頭がちょっとアレ。
キシダ→メンバーの一人。研究者で闇医者。とある人からは「岸田先生」と呼ばれる。
独多先生→キシダの相方、ドクターのこと。諸事情有り天才だが人前でしゃべれない。
キシダに電話をかけてきた人→ヴァムパイアのメイド長。色々あって上の二人のお世話になっている。
稲沢玄→A市に住むヤバイ人。強い。けど心が折れやすい。
恭弥→古庄恭弥。稲沢ほどではないが危険人物。電気を自由自在に操る。
マシュー→『神の遣い』の一人。外国人ボクサー。稲沢の注意を引くために囮になっていた。実は彼も能力者。
黒髪短髪の男→『神の遣い』の一人。物体をすり抜ける能力を使う。
華奢な黒髪の少女→『神の遣い』の一人。触れたものを無に帰す能力を使う。
『神の遣い』→能力者を罪人と呼んで断罪しようとする人たち。何者かの指示で動いている。自分たちも能力者。
※今回の話に出てきた事件は実在のものとは何一つ関係ありません。
どんな事件かはそのうち触れるかもしれませんが、各々でご自由に想像してお楽しみください。