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改造怪物スイーパー  作者: いちご大佐
第2章 放火魔と怪物少女達、深まってゆく謎。
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第11話 静寂孤独のバレンタイン

 ━━2月14日 23:40 『孤児院』━━


 その日はバレンタインデーだった。

 友人との仲を深めたり、自分の気持ちを想い人に告げるために、真心を込めた贈り物をするのが習慣である。

 三津浦ミツウラ林檎リンゴにも想い人がいる。

 同じ孤児院で暮らす一つ年下の男子。彼に想いを伝えるため、林檎は手編みのマフラーを拵えた。

 色とりどりの毛糸、手芸初心者向けの雑誌、この日の為に小遣いをはたいて買い集め、一編み一編み時間を掛けて編みあげた。

 さあ、今日こそ告白だ。

 そう意気込んだものの、やはりいざ本番になるとしり込みしてしまう。目が合えば緊張のあまり逸らしてしまい、声を掛けようかとまごついているうちに男友達と話し始め、尽くチャンスを逃していく。

 ……結局、プレゼントは渡せぬまま一日が終わった。

 そんなわけで林檎は、中庭の木の陰で、綺麗に包装したプレゼントを抱えて泣いているのである。


「うっ、うえっ……ひくっ……あう……?」


 ふと人の気配を感じ、涙を拭って木の後ろに姿を隠す。

 泣いているところなど他人に見られたくない。元々泣き虫な性格で、幼い頃はよく泣いて大人達を困らせたものだが。

 木の陰から様子を伺う。もう夜遅く冷えるので、外に出ているのは自分くらい。見つからないように息を潜めた。

 知らない人だ。コートを着た男が、施設の周りをキョロキョロと見回している。何をしているのだろう。ひとしきり見て回ると正面玄関から施設の中へ入っていった。

 なに食わぬ顔で入っていったが、自分の知らない職員さんだろうか。


「ひっく……何だろう、あの人」


 特に意味はなく「後をつけてみよう」と思った。

 ひっそりと、気付かれないように、男を追って正面玄関から施設に入る。

 誰もいない、男は既に先に向かったようだ。

 玄関のすぐ隣に設置された事務室の無人の窓口が、無機質な明かりに照らされ、不気味な静けさを醸し出す。昼間なら来客があるごとに、ここから職員さんが顔を出して受付を行うのだが、夜だから当然誰も居ないわけで。

 流石に受付もせずに勝手に入っていっちゃ駄目だろう、早く後を追いかけて要件だけでも聞いておくべきかも知れない。

 さて、追うのはいいが、一体何方へ行ったのだろうか。ひとまず廊下を右へ左へ見回すも男は居ない。となると二階に行ったか。だが階段から二階に上がるも人の気配は一切ない。

 一階二階にあるのは事務室、会議室、団欒室等、主に職員が使うスペース。三階より先はここに預けられた児童達が生活しているスペースぐらいしかない、いくら何でも客人が其方に足を踏み入れるのは非常識だろう。

 そこまで考え、ふと思い出した。

 昨日から男子が一人行方不明になっているんだった。『菅原リョウ』だったか、直接話したことはないが顔だけ知っている。林檎は人の顔と名前を覚えるのが得意なのだ。

 人から聞いた話だが、彼はこの孤児院の古株であり、愛想はいいがさほど親しい友人はおらず、何を考えてるかわからない変人だという。

 彼が帰ってきたのだろうか。

 そう思い三階に上がるがやはり人の気配はない。四階にも、五階にも。

 この建物は五階建て、つまりここが最上階。反対側にも階段が有り、入れ違いになったか、もしくはどこかの部屋に入っていったか。

 扉の続く廊下を歩いていると『菅原リョウ』の表札のある扉を見つけた。変人という話だし、何もなかったかのように帰ってきて自分の部屋に戻ったのかもしれない。一応職員さんに代わって確かめる意味で、ノックしよう。


 林檎の手の甲が扉を叩く。

 ノックの音は、突然に鳴り響いた喧畳けたたましい警報音に搔き消された。

 ジリリリリという騒がしい音が夜中の静寂を突き破り不快なまでに鼓膜を震わせる。何度か聞いたことのあるこのベルの音、火災報知機が鳴りだしたのだ。


「え……? ちょ、え!?」


 訓練……ではなさそう。では誤作動? ああ、きっとそうだろう。若しくは悪戯。すぐにでも収まるだろう。

 真っ先にそう考えた。

 無理もない、平和な社会に守られ生活している者はそれを当然の物と受け入れ、心の隅では「自分が死ぬわけはない、そんな非現実的な事が起こるものか」と安心し、或いは落胆しているのだ。

 だがいくら平和呆けをしているからといって常識的な判断ができないわけでもない。まずは現状把握だ。

 登ってきた階段を落ち着いて降りる、その間にも警報音は鳴り止まない。四階、三階、二階……一階。

 一階に続く階段は煙が埋め尽くしていた。

 濛濛と立ち込める黒煙。

 服で口を覆ってなんとか降りるも、一階そこは既に火の海だった。その光景を目にして漸く「そうか、これは本当の火事なのか」と理解した。


「やば、逃げなきゃ……」


 生まれて初めて感じる、自分の命が危険に晒されているというレベルの危機感。

 頭の中に浮かんだ最優先事項は「逃げなきゃ」だった。

 炎の舌が天井を舐めている、この建物全体が飲み込まれるのも時間の問題だろう。かと言ってこの炎の中を突っ切っていくのは無理だ。二階からなら……飛び降りられるだろうか。

 降りた階段を再び引き返す。

 そしてちょうど良い窓を見つけ、そこから……。


「うっ、た、高い……」


 高いのは苦手、二階から飛び降りたことなんてない。いざ飛び降りるとなると思いの外高くて足が竦む。

 だがそれでも命を失うわけには。決死の思いで窓枠に片足を乗せて……再び床に足を降ろした。

 いや待ておかしいだろう、こんなに激しくベルが鳴って、煙も凄いのに、何で。


「誰かいませんかぁ!? 火事ですよぉ! 早くみんな逃げてくださぁい!!」


「誰か! 誰かぁ!!」


「寝てるんですかぁ!? 火事ですってば、何で誰も逃げないんですか!!」


 声を張り上げて叫んだ。

 夜だから、それにこの異常事態に際して特に不思議には思っていなかったが、火事よりもこの状況の方が明らかに異常である。

 なぜこの状況で、誰も部屋から出てこない? ここは孤児院だ、施設内には大勢が一緒に暮らしている筈、それなのに。

 林檎以外誰も居ないかのようにまるで人の気配がない。

 火事だぞ、逃げろ、叫んでみるもその声に反応するものはなく、虚しく反響するのみ。まさか自分だけ取り残されたのか。みんなは自分を置いてどこかに行ってしまったのか。

 例えるならみんなが大船に乗り南の島を目指す中、自分だけイカダに乗り大海原のど真ん中を漂流している、そんな漠然とした孤独感と不安感に押しつぶされそうになり、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。

 どうか、これは夢であってほしい。

 そう願い、愚かにも飛び降りるのを諦め、最優先事項を「人探し」に切り替えた。

 片っ端から扉を叩き、誰か誰かと叫ぶ。叩けど叩けど返事はない。握り締めたままだったプレゼントが、クシャクシャになる。

 やがて二階も火の海に飲まれた。もう逃げられない、そんなことも気にせず必死に人を探す。

 誰か、誰もいないのか。


「そうだ……タカシ君は?」


 本当なら今日、プレゼントを渡し想いを告げるはずだった、彼のことが頭を過る。

 最後の希望を目指し走り出した。

 扉の表札を一つ一つ見ながら彼の部屋を探していく。


「違う、違う、違う……あった!」


 部屋はすぐに見つかった。

 迷わず扉を叩く。


「タカシ君! 開けてよ、ねえ、火事だよ!! 早く逃げようよぉ!!」


 やはり反応はない。

 だが、カギが開いている。

 迷ってる暇はない、部屋の中に入り、彼の姿を探した。

 そこに彼の姿は……あった。

 机に座りシャープペンを握ったまま、ノートの上の突っ伏していた。明らかにおかしな状況、だが状況を整理するまでもなく、目の前のことで精一杯である。


「タカシ君! 起きてよ、火事だってば、起きてって言ってるじゃん!! タカシ君!!」


 怒鳴っても激しく体を揺すっても起きる気配はない。

 目を瞑り、死んだように(・・・・・・)脱力している。

 そうこうしているうちに扉の外まで炎に侵食されていった。

 こうなったらタカシ君だけでも、救けねば。

 彼の体を背負う。重いが担げないこともない、火事場の馬鹿力というやつだ。

 再び扉を開けると、煙が流れ込み熱気が喉を焦がす。

 

 意を決し、人一人分の重りを背負ったまま、目の前の燃え盛る海に飛び込んだ。


「うわあああああああああああああ!!!」


 長い廊下を走り抜け、階段を転げ落ち、出口を目指す。

 服が熱に溶け肌に張り付く。指も足も肉が焼け、感覚が死んでいく。焦げた空気が肺を焼き息が詰まった。

 走り、転び、焼かれて、尚も起き上がる。

 出口まで掛かる時間はほんの数十秒。

 その数十秒が、果てしなく、長かった。

 漸く、漸く正面玄関までたどり着き、体でドアを押し開けた。

 冬の冷たい空気が火傷を引き攣らせ思うように動けない。

 それでも、大事な人を救うため、最後の力を振り絞り、救けを呼ぼうと足を引きずる。


「あ、ああ……びょういん……きゅうきゅうしゃ…………」


 裏門から出た先に、公衆電話があった筈。

 すぐそこだ。

 見えた。

 あともう少し。

 あそこに入って、ボタンを一つ押すだけ。

 なんでタカシ君は目を覚まさない。

 重いよ、ちょっとは自分で歩こうよ。

 もう、歩けない。

 疲れた……。


 あと一寸、手が届かず、三津浦林檎は力尽きた。

 手に持っていたはずのプレゼントはいつの間にかなくなっている。

 今頃消し炭にでもなっているところか。


 最後に見たのは、彼女に手を差し伸べる紅い目の女性だった。



 ◇◇とあるネット掲示板◇◇


 スレッドタイトル

 【孤児院で火事→全員死亡】


 イッチ:『2月14日深夜、C市中央区6丁目の孤児院で原因不明の火事が発生。

     施設は全焼、収容されていた孤児の内148名が死亡、17名が行方不明。

     夜勤の職員も13名が死亡。

     生存者は未だ見つかっていない。

     警察は放火の可能性が高いと見て捜査を行っている』


 イッチ:えらいこっちゃ


  シモ:これマジ?


 桃太郎:うわあ・・・


  シモ:てかどんだけデカい施設だったの。死者多すぎやろ。


 ニト豚:ウチの近くっぽいけど孤児院があるなんて初めて知ったお


 ビスケ:>生存者は未だ見つかっていない

     ファッ!?


 ゆうた:全員死亡とは書いてねえじゃん、死ねよ


 タニシ:↑ガキは黙ってろ


一期一会:まあ行方不明ってことはほぼ死んだってことで間違いないんじゃね?


  シモ:流石に一人くらい生存者いそうなもんだけどな。


  探偵:確かにちょっときな臭い事件ですね


 桃太郎:まだ犯人捕まってないの


一期一会:捕まってないどころか犯人の特定すら出来てないっぽいな


 ビスケ:孤児院って監視カメラとか無いんか?w


 ゆうた:キモ


 ニト豚:流石に人が生活するスペースに監視カメラは付けないんじゃね

     入口に一つくらいあるかもだが


 ゆうた:ぶたはだまってろ


 タロス:なんかさっきから五月蝿いのがいるな


  探偵:バレンタインは関係あるのでしょうか


  虎鉄:リア充が炎上したとか言ったら負けだろうかw


 マキコ:>虎鉄 不謹慎です。そういうのは公の場では控えてください。


 タロス:不謹慎厨乙


 ビスケ:不謹慎厨乙www


 イッチ:真面目な話、これ歴史に刻まれるレベルの大事件だと思うんだが


 ゆうた:じゃあこのスレも歴史に残そうぜwww


 ゆうた:記念パピポwwwwwww


 タロス:はいはいワロスワロス


一期一会:ニュースで見たが「2・14孤児院放火事件」で名称固定っぽいな


  シモ:放火なのはほぼ確定なのか。


  探偵:なんだか大事になってきましたね


 ニト豚:お、探偵の出番かお?


  探偵:かもですねw割と近場なので


 ゆうた:おれも近くだよ


 ビスケ:ほんとに探偵かよwww


 桃太郎:こういうとき仕事するのは探偵じゃなくて警察じゃないの


  探偵:>桃太郎さん

     希ですが捜査のお手伝いさせていただくことはありますよ

     あくまで素行調査とかその程度ですが


   ・


   ・


   ・


一期一会:手掛かりがなくて捜査打ち切られたっぽい


 イッチ:マジか

     まだ事件発生から二週間も経ってないぞ


 桃太郎:そんなもんだろ


 ニト豚:警察無能だな


  シモ:まだ遺体すら見つかってない行方不明者はどうなんだ。


  探偵:幼児の焼失遺体は跡形も残らない場合も多いので

     残念ながら既に亡くなっているということでしょう


  シモ:うわ嫌だな。遺体も残らないとか。





 **3月9日 13:35 『6丁目の電話ボックス』**




「へえ、んでその時救けてくれたのがあのメイド長ってわけか」

『はいぃ。結局タカシ君は手遅れだったんですけどね……』


 公衆電話の受話器を肩と顎の間に挟み、林檎ちゃんと話している。

 内容は『2・14孤児院放火事件』について。

 めぼしい情報といえば、コートを着た謎の男についてと、何故か当時誰も避難しようとしなかったということ、あとタカシ君とやらが火事とは関係なく既に死んでいたらしい、ということだ。

 察するに孤児院の連中は皆、タカシ君と同様の状態になっていたのだろう。

 林檎ちゃんは運良くと言っていいのか、巻き込まれなかったようだが。


「結構な大やけどしたみたいだけど、なんで痕とか残ってないんだ?」

『ですからそれは、メイド長のおかげです。メイド長の『吸血鬼』の能力で私も吸血鬼にしてもらいまして、そのおかげで傷も完璧に治ったんですぅ。まあいいこと尽くめではないんですがね。蘇生に失敗したらタカシ君みたいに蒸発しちゃうみたいですし』


 吸血鬼すげー。まあサイボーグの俺が言えたことでもないがな。

 てか蒸発しちゃったのか、タカシ君。


「そういや、サングラスかけてたのは何故に?」

『それも吸血鬼化の影響で。瞳から色素が抜けちゃったせいで、昼間はサングラスしないと眩しすぎてよく見えないんですよ。あ、因みに髪の毛なんかも一旦白髪になっちゃって大変でしたぁ』

「へえ……」


 そんなに万能ってわけでもないんだな、吸血鬼。

 一寸俺も吸血鬼になってみたいとか思ったが、やっぱいいや、色々不便そうだし。

 んむ、話は聞けたし、そろそろ切るかな。

 最後に一つ、聞きたいことを聞いてから。


「でさ……復讐ってやつ? よかったら俺も手伝おうか」

『……』

「ああ、嫌なら別にいいんだ。俺は俺で勝手にやるつもりだし」

『まあそのぉ、手伝ってもらえるのは嬉しいんですが。どうして急にそんなこと?』

「林檎ちゃん、最初俺を襲ってきたとき、殺す気で来ただろ。あ、いや責めるつもりじゃないんだけどな、要は『殺したいほど犯人が憎い』ってことだろ?

 俺もその気持ちは分からんでもない。てか俺も当事者なわけだしさ、何もできないってのは何というか、心苦しいというかな」


 息が詰まるのが電話越しに伝わってくる。

 数秒詰まってから、詰まった息を受話器にはぁ(・・)と吐き出して、言葉を紡いだ。


『ありがとう、ございますぅ』

「うん、やっぱり犯人が憎いか」

『……はい、叶うなら、この手で首を絞めてやりたいです』

「うん、うん、分かった。いつでも俺を頼れよ。今の俺なら力になってやれると思うから。

 ……じゃあそろそろ切るよ。

 そうそう、暇ができたらまたヴァムパイアに遊びに行くからな」

『はい、待ってますぅ』


 林檎ちゃんの返事を聞き届けて、受話器置きを腕を使って下げる。電話が切れたのを確認して電話ボックスの扉を押し開けた。

 外で待っているおっさんに声をかけ、受話器を置くのを手伝ってもらう。

 腕が生えてくるまでは一人で外出するのは難しい。頗る不便だ。


「話したいことは全部話せた?」

「はい、結構いい話が聞けました」

「それは良かったね」


 用事は済ませたので、特に寄り道するでもなく地下基地への帰路に就く。

 歩きながら、気付けば電話で話したことを頭の中で反復していた。

 殺したいほどに犯人が憎い、か。

 そうだな、好きな人を殺されたんだ、きっと腸が煮えくり返るほど恨むんだろうな。

 憎い、か。


「にくい、ニクイ……ククッ」

「……?」


※キャラデータ※

名前:三津浦林檎ミツウラリンゴ

性別:女性

年齢:15歳

肩書:メイド喫茶ヴァムパイアのバイトちゃん

   吸血鬼

能力:『吸血鬼』

備考:ちょうど中学を卒業した時期。タカシ君のことが好きだったが『2・14孤児院放火事件』で大事なもの全て失った。脱出して力尽きたところをメイド長に助けられ吸血鬼化で蘇生された。

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