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03-B

 翌日、モニカと一緒に私の病室にやってきたのは、長い茶髪を巻き髪にして胸元に垂らした、小柄で可愛らしい女性だった。

 名前はリリアン・ケード。モニカの娼婦仲間の1人である。



「なぁに? またシェリーにちょっかい出されたの?」

 ベッドの縁に座る私と向かい合うように椅子に座っているリリアンが、呆れた声を上げた。


「あの子は両性愛者なんだから、気をつけないともっといろんなことされちゃうよ?」


 昨夜のことを話してみたところ、モニカは「あらあら」と楽しげだったけど、リリアンは2日前に話した時と同じような反応だった。


 っていうか両性愛者って……。やっぱりあの人、そういう人なんだ。


「あんたさぁ、嫌なら嫌ってはっきり言わなきゃ。この前もあたし、おんなじことあんたに言ったよね?」

 確かに、そう忠告された。


「……でも、そこまで嫌ってわけでもなかったというか、なんというか……」

「えっ。まさかあんたもそっちの気があんの?」

 目を丸くするリリアン。その横に座るモニカは、「ほぉほぉ」と興味津々といった顔だ。


「ち、違います違います! そうじゃなくて、どうしたらいいのかわかんなかったっていうか、身体が動かなかったというか……」


「気持ち良かったんだ」

「えぇっ?」


「だから動けなかったんでしょ? それって受け入れちゃってたってことじゃないの?」

「ち、ちが……」


 いや待て。本当に違うのか?


「…………」

 昨夜のことを思い出す。そりゃもう、鮮明に。


 わ、私、すごく変な声出しちゃってた。あれってつまり、そういうこと?

 いやいや、そんなわけない。あれは、……そう、びっくりしただけだ。


「まぁでも、女同士で抱き合うとかさぁ、結構普通にやることじゃない?」

 そこでモニカが割り込んでくる。楽しげに。


「いや、普通じゃないでしょ。何言ってんのあんた」

 すぐに反論するリリアンに、モニカは「え~? そぉ?」と首を傾げてみせる。


「じゃあさぁ、ちょっと動かないでね」

 そう言いながら、ガコガコと椅子を動かしてリリアンの隣にぴったり並んだモニカは、そのまま彼女を抱き締めた。リリアンの顔がモニカの胸に埋まる。


「うぶっ、ちょっと何してんのよ! 放してっ!」

 もがくリリアンを、しかしモニカは放さない。


 それどころか頭を撫でて、「相変わらず可愛いなぁ」と愛で始める。


「触んないでよ……」

 あれ? 大人しくなったぞ。


「ホントに、リリアンは頭を撫でられるのが好きだねぇ」

「うるさい」

 ……なんだこれ。


 脱力しながら眺めていたら、モニカと目が合った。


「ティナも、こんな感じでシェリーと抱き合ったりしたんでしょ? 別にどうってことないよねぇ。普通普通」


「耳とか首筋舐められたりすんのも、普通だって言うの?」

 私が思ったことを、リリアンが代弁した。そう、あれは普通じゃないよ、さすがに。


 するとモニカはにんまりと微笑み、「じゃあ、試してみるぅ?」とリリアンの頭に頬ずりする。


「するわけないでしょ? っていうか、いい加減放してくれる?」

 眉根を寄せるリリアンの身体を、「はーい」と素直に解放するモニカ。


 リリアンは「ったく」とちょっと乱れた髪を直す。


「……まぁとにかく、今度また何かされそうになったら、ちゃんと拒否することね。一度心を許したら、あんた戻って来られなくなるよ。そんな気がする」

 戻って来られなくなるって、どういう意味だろう。……まぁいいか。


「はい。わかりました」


 ……でも、シェリーは私のことを好きと言った。一目惚れだと。

 変なことをされそうになったらきっぱり嫌だと言うにしても、あの人の気持ちまで突き放すのはどうなのだろうか。


 あの人のことは、別に嫌いってわけじゃない。できれば、普通に仲良くしたい。

 友達じゃあ、ダメなのかなぁ……。



 ところで、あの女はどうしたんだろう。

 私を刺したあの女。今あいつは、どこにいるんだ?


 きっと、まだ私のことを探しているんだろうけど、そんな気配すら感じない。

 この場所は至って平和だ。平和すぎて、自分が追われる身であることを時々忘れてしまう。


 ……まさか、私を探すのを諦めたのか?


 たまにプライス警部が顔を見せるけど、あの女に関する情報はまるで無し。

 いくら捜索しても、黒いコートの女は見当たらないらしい。


 でも私は、あいつが諦めたとは考えられない。どこかに身を潜めながら、私を探しているに違いないんだ。


 緊張感を、これ以上薄めないようにしないとな……。




 翌日、潜伏生活開始から1週間が経った。


「……もうだいぶ治ってきてるね。普通の人より治りが早い。これなら、あと1週間もあれば大丈夫そうだ」

 ルッツは、私の怪我の具合を診てそう言った。


「1週間後には、戦えるようになりますか?」

 もう隠れ続けるのはごめんだ。さっさとこの件を片付けたい。


「戦うって、……君、もしかして自分の命を狙ってる奴と戦うつもりでいたのかい?」

「ええ」

 やられっぱなしでは済まさない。


「やれやれ、最近の子は過激だねぇ。でもまぁ、質問には答えよう。この治癒速度なら、1週間後には完治する。そしたら、存分に戦うといい」

 それを聞いて安心した。


 あと一週間。待ってろよ、あの女め。


「でも、今度は気をつけてくれよ? この間刺された時は、運が良かったから助かったんだ。また次も奇跡のような幸運に恵まれるとは限らないんだから、やるなら慎重に。いいね?」

 そう言って微笑するルッツに、私は「はい!」と元気よく返事をした。




 診察を終えて席を立ったルッツは、ドアの前で「あ」と言って振り返る。


「そうそう。まだ湯船に浸かるのはよした方がいいけど、シャワーなら浴びてもいいよ。隣の部屋にあるから自由に使ってくれ」


 ルッツが部屋を出て行った直後、私は心の中で「やったー!」と歓喜した。




 8日分の汚れが、温めのお湯と共に排水口へ流れていく。


「ふー」

 気持ちいい。シャワーを浴びる許可を貰ってからすぐに浴びに行かず、夜まで楽しみに取っておいてよかった。


 これで、今夜は心地よく眠れそうだよ。

 私は今、とても機嫌がいい。鼻歌を狭い浴室内に響かせるほどに。


 ――ガチャリ。


 不穏な音が響き、私は鼻歌を止めた。


「え?」

 恐る恐る振り返ると、そこには、私同様裸になっているシェリーが立っていた。髪を解いていたから、一瞬誰だかわからなかった。


「な……な……」

「ごきげんだねぇ、ティナちゃん」

「ななななに入ってきてんですかっ!」

 腹の傷なんて気にせず、私は身体の中から思いっきり声を出していた。


 しかし、シェリーの表情は全くブレない。絶対にいやらしいことしか考えていないような、緩みきった顔をしている。


「どうしたのー? すごく大きな声が聞こえたけど」

「!」

 廊下から、ルッツの声が聞こえてきた。


「あ、あのっ、ななっ、なんでもないです!」

 なんでもないわけないだろ! 何言ってんだ、私は。


「そうかい? ああ、さっきシェリーちゃんが来たんだけどね、今日はここのお風呂に入っていくって言ってたから、君の部屋で待ってるように言っておいたよー」

「……!」


 いや、もう来てんですけど。ちゃんと見張っといてよ!


「うふふふ。一緒に入った方が早いと思ってね」

「わっ」

 意識をシェリーに戻せば、すでに彼女は私との間合いを完全に詰めていた。


「それに……」

「わあぁ!」

 シェリーのきれいな細い腕が、しなやかに私の身体に巻き付いていく。


 ゆっくりと密着していく身体と身体。一昨日身体を重ねた時よりも、温かい。

 密着感が全然違う。


「一緒に浴びた方が早いでしょう?」

 見つめ合う。降り注ぐシャワーの音がやけに大きく聞こえる。


 密着した私たちの身体を、とめどなくお湯が伝っていく。


「……シェリーさん」

「ん~?」

「私のこと、好きですか?」

 そう聞くと、シェリーは笑顔で「うん、好きだよ」と答える。


「私には、……わかりません」

「え?」

「シェリーさんは、私のことを恋愛対象として見てるんですよね?」

 頷くシェリー。


 はっきり言おう。


「私には、その気持ちがわからない。私は、シェリーさんのことをそういうふうには見れません」

「私は、それでもいいよ?」

 シェリーは私から目を逸らし、私の胸元に頬を寄せた。


 あなたが良くても、私は良くない。


「……シェリーさん。私は、あなたと友達になりたい。あなたと恋人同士にはなれないけれど、友達同士にはなれます。それじゃいけませんか?」

 彼女は私に抱きついたまま、しばらく黙っていた。


 やがて、そっと私の身体を解放する。

 そして私を見上げるその顔には、いやらしさを全く感じない、爽やかな微笑みが浮かべられていた。


「わかったよ、ティナちゃん。じゃあ、友達になろう」

「え、ええ……」

 あれ? やけに素直だな。強引に何かされるかもと警戒してたんだけど。


 その後シェリーは身体を洗い始め、私が一足早く浴室を出る頃には、静かに湯船に浸かっていた。




 部屋の電灯を消し、ベッドに入る。


「ちょっと狭いね、ティナちゃん」

 暗闇の中、すぐ横からそんな囁きが聞こえる。そこにいるのは、もちろんシェリーだ。


「……約束通り、変なことしないで下さいよ? 何かしたらすぐにベッドから落としますからね」

 もう遅いからと、シェリーはここに泊まることにしたらしい。


 だけど、それでどうして私の部屋に来るのか。ベッドなら、奥の大部屋にたくさんあるというのに。


 ここがいいと言って聞かなかったから、仕方なく私が折れた形だ。


「大丈夫、何もしないって。ティナちゃんと同じベッドで寝られるだけで、私幸せだから」

「……ああ、そうですか」

 私の気持ちは、あまり伝わらなかったようだ。


 シェリーはどうやら、私との関係を“お友達から”始めるつもりらしい。

 そこからじょじょに親しくなって、最終的に恋人同士になるというのが、彼女の描くシナリオなんだろう。


「おやすみ、ティナちゃん」

「……おやすみなさい」

 まぁいいや。あんまり突き放すようなこともしたくないし。



 久しぶりに身体の汚れを落としてすっきりしたおかげか、その日はぐっすりと眠ることができた。

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