Interlude4
落ち着いた雰囲気の、静かなカフェ。
木々や花々で飾り付けられた緑溢れるテラスで、ゆったりとランチタイムを過ごすのが私の日課だ。
食後のデザートには、いつものパンケーキ。
小さく切って口に運べば、その程よい甘さに頬が緩む。
そして、紅茶を味わいつつ、シャツの胸ポケットから懐中時計を取り出して時刻を確認。
まだまだ昼休みは残ってる。
私は買ってきた新聞を手にし、その一面に視線を這わせた。
紙面を賑わすのは、相変わらずファミリアに関する情報だ。
ここ数年で、ファミリアの数は加速度的に増加してきている。
内陸にあるこのオルトリンデ王国でさえ、社会問題化しつつあった。
以前からファミリアの侵攻を受けていた国々はそれが顕著で、その内の一国である南東のヘルムヴィーゲ王国は、その国土の8割近くをすでに支配されているという状態。
各国から実力のある傭兵が頻繁に派遣されているおかげで、どうにか侵攻を抑えられてはいるものの、ヘルムヴィーゲ全土が制圧されるのは時間の問題と伝える新聞もある。
そうなれば、このオルトリンデ王国もただでは済まないだろう。
大量のファミリアがなだれ込んできて、国中が大混乱に陥るに違いない。
ヘルムヴィーゲが壁になってくれているからこそ、この国にはまだ平和があるんだ。
「……ん」
ペラペラとページをめくっていくと、ある記事が目に留まった。
それは、貴族などの金持ち相手に、美術品や骨董品などの競売を行う大企業、ヘルヘイムに関する記事だった。
競売のほか、娼館や孤児院なども経営するこの会社で、昔ひと月ほど働いたことがある。
あの頃も、その筋の人たちには人気のある会社だったみたいだけど、今では一般人にも広くその名が知られている。
でも、金持ち共がその名を言いふらして有名になったわけじゃない。
ヘルヘイム自体が行う、慈善事業のおかげだ。
ファミリアの増加に伴い、親を失う子供たちや、職を失う者たちも、爆発的に増加した。
ヘルヘイムは、その経済力で孤児院を増やして孤児を保護し、職業紹介所なるものを作って失業者の世話をしたんだ。
そのおかげで、孤児が犯罪に巻き込まれる事件や、失業者たちによる治安の悪化も、ある程度防ぐことに成功している。
ヘルヘイムが無かったら、今よりずっと、ファミリアとは関係ないところで血と涙が流れていたに違いない。
そう思う人は少なくないだろう。
そしてその記事も、ヘルヘイムの活躍を伝えるものだった。
「元傭兵ら、危険区域で子供ら救う、……か」
ヘルムヴィーゲ内の、ファミリアに支配されつつあるエリア。
そこに取り残されていた子供たちを元傭兵の社員らが救い出したことを、その記事は伝えていた。
私がいた当時も、すでに数人の元傭兵の社員がいた。
今では、それが相当な人数になっているらしい。
わざわざ傭兵として自分を鍛え上げてから、ヘルヘイムへ転職する者もいるんだとか。
このご時世、傭兵のまま働いていた方がよっぽど稼げるだろうに。
それでもヘルヘイムの社員になりたいだなんて、よっぽどそこに魅力があるか、社長に人望があるかのどちらかだ。
そして私は、それが後者であることを知っている。
……ヘルヘイムの社長とは、もう何年も会ってないな。
今は、……40代半ばだよね、あの人。
やっぱり今も、歳不相応に若い見た目なんだろうか。
……充分考えられるな。
もし暇ができたら、久々に会いに行ってみようかな。
ヘルヘイムのことと共に思い出すのが、娼婦のことだ。
今もこの世の中には、娼婦は2種類いる。
金持ち相手の高級娼婦と、一般人相手の野良娼婦。
それぞれ異なる層から需要があるため、どちらかが消えることも、統一されることもない。
私がヘルヘイムの社員だった頃は、まだこの二つの娼婦の間には大きな格差が存在していた。
何不自由無い暮らしを送れる高級娼婦と、不自由だらけの暮らしを送る野良娼婦。
私も、その差の一端を目にしたことがある。
私が傭兵に戻った後、ヘルヘイムは、その当時抱えることになった問題の後片付けに追われていた。
新聞も、半年くらいはヘルヘイムのことで騒いでいた記憶がある。
だけど、1年が経つ頃にはすっかり立て直し、新聞もヘルヘイムの近況を伝えることは無くなった。
そして、その後すぐに、ヘルヘイムは野良娼婦への生活保障を開始。
ヘルヘイムの元社員が行っていた人身売買を客として利用し、警察に逮捕された金持ち共。
噂によると、生活保障開始時の費用は、全て彼らの財産によって賄われたらしい。
どうやってそれらを巻き上げたのかは、わからない。
でもたぶん、あの社長が何かしたんだろうなというのは、なんとなく想像できる。
何しろ、目的のためなら手段を選ばない人だからね。
今も野良娼婦は、高級娼婦に比べれば貧しい生活をしている。
だけど、最低限の衣食住は保障されているため、あの頃に比べれば、彼女らが経済的問題を抱えることも少なくなっているだろう。
社長は、約束をちゃんと守ったわけだ。
「あ、いたいた。ティナー!」
「ん? ……ああ」
昼食を終え、ぼーっとしていたところに声をかけられた。
見ると、女性が1人、テラスの外から手を振っている。よく知っている人物だ。
ぴったりした、動きやすさ重視の服を着ているその女性は、応対するカフェの店員と何やら話した後、私のいるテーブルまでやってきた。
そして、やけに膨らんだバッグをテーブルの上に置き、椅子を私の隣にぴったりくっつけて腰を下ろす。
綺麗な茶色の髪は、耳が隠れる程度の長さで、前髪は切り揃えられている。
髪と同じ色の瞳もキラキラしていて、いつも活発な可愛い系の女性だ。
彼女の名は、アイヴィー・プライス。私より二つ年上のお姉さん。
大陸の三大新聞社の一つ、『スクルド』に在籍する新聞記者だ。
会うのは久しぶりだな。
確か、またヘルムヴィーゲに取材に行ってたんだっけ。
出会った当初から、この人はかなり馴れ馴れしかった。
注文したコーヒーを飲みながら、アイヴィーはヘルムヴィーゲでの取材内容を話してくれる。
傭兵たちが、どこそこの街をファミリアから取り返したとか、傭兵たちの戦い振りとか、生存者たちから聞いた話とか。
とにかく話したくて仕方ないという感じで、ベラベラ語り続ける彼女。
私は、彼女が撮ってきた戦場の写真を眺めながら、それを聞く。
「あ」
100枚近くはあるだろう写真の中、知っている顔を見つけた。
「その人たちのこと、知ってるの?」
「……うん」
そこに写っているのは、ファミリアの死体がごろごろ横たわる中に立つ、3人の女傭兵の姿。
その内の1人は、長い髪を頭の左右でまとめている。
その写真を見て、私は安堵した。
「さっき、街を一つ取り戻したって話をしたでしょ? その人たちの活躍があったからこそ、取り戻すことができたんだよ」
「そうなの」
「うん。もうとにかく3人共強くてさ、弱いファミリアは1対1、強いファミリアは3人のコンビネーションであっという間に片付けちゃってね。私思わず見とれちゃって、写真撮るのを忘れるとこだったよ」
照れ笑いを浮かべるアイヴィーに笑顔を返しつつ、心の中で「さすがだなぁ」と感嘆。
あの人たちの強さは、今も相変わらずのようだ。
……っていうか、あの3人はまだ一緒にいるんだな。
「ところで、取材から戻ってきたんなら、早く会社へ報告に行った方がいいんじゃない?」
写真をとんとんと綺麗にまとめ、アイヴィーに返す。
それを受け取りながら、彼女は「いいのいいの」と笑う。
「記事に使う写真は自由に決めていいって言われてるし、記事の文章ももう考えてあるし。それに、やっぱりティナに最初に聞いてほしかったんだもん」
可愛らしく小首を傾げるアイヴィー。私は「ああ、そう」と苦笑い。
この人は、取材から戻ってくるたびに私を捕まえて、こうやって一方的に話を始める。
その話が面白いのはいいんだけど……。
「ごめん。そろそろ昼休み終わっちゃう。学校に戻らないと」
懐中時計の蓋を閉じ、シャツのポケットに戻す。
「ええ~? もう? もう少しお話しようよ~」
立ち上がる私の袖を掴み、口を尖らせるアイヴィー。
「ダメダメ。遅刻しちゃう」
そう言ってからバッグを肩に掛け、財布を片手で開けてお金を取り出す。
それをテーブルに置いたところで、私の腕が解放された。
「今日は、うちに来てくれるよね?」
睨むように見上げてくるアイヴィーに、私はやれやれと溜め息。
「……行くよ。いつもそうしてるでしょ」
私の返答に、アイヴィーの目がキラキラと輝く。
「ホント? やったー!」
行くって言わなきゃいつまでも膨れっ面のままだし、仕方ない。
「じゃあ、私行くからね。あなたの分も、お金置いとくから」
「うん。ありがとね~」
手を振って私を見送る彼女に手を振り返し、カフェを出て傭兵学校へ。
私が担当官を務め、今は新人傭兵として働いている2人の少女がいる。
名前は、レティーシャとクラリス。
2人が傭兵になって、もう2ヶ月くらいになるのかな。
私が教官として勤める傭兵学校は、彼女たちの母校でもある。
昼休みを終えて戻ると、今は新人傭兵として働いている彼女たちから手紙が届いていた。
もちろん、私宛てに。
手紙の内容は、2人が現在、オルトリンデ北部で活動していることを伝えるものだった。
わざわざ、そんなことを伝えるために手紙なんか書かなくてもいいのにって思ったけど、それはただの前置きだということが、手紙を読み進めるにつれてわかってきた。
「……ラベドラ?」
それは、オルトリンデ北部にある街の名。
忘れもしない、思い出深い街だ。いろんな意味で。
レティーシャたちは、ラベドラを拠点に仕事をしているようで、その仕事振りでいろんな人に気に入られているらしい。
……まぁ、あの子たちは真面目だし物覚えもいいから、雇う側としては使いやすいんだろう。
……それはさておき。
手紙には、懐かしい名前が並んでいた。
昔ラベドラで出会った、3人の高級娼婦。
今では3人共、若手を育てる側に回っているらしい。
彼女らとは仕事で出会ったと書いてあるけど、一体何の仕事をしたら出会えるんだろうか。
レティーシャたちを育てたのが私だと知り、3人共驚き、昔を懐かしんだらしい。
内1人に聞かれて、私の居場所を教えたようなので、近々来るかもしれないな。
……やっぱり、相変わらずなんだろうなぁ、あの人。
あの3人との流れで、ある医者とも知り合ったようだ。
もちろん、それも私の知っている人物だ。
出会った頃は1人で診療所をやっていたけど、今は妻と娘と一緒に暮らしているあの人。
レティーシャたちは、彼の娘とも友達になったらしい。
それから、ラベドラ警察に勤める2人の警官。
記憶の中にある姿は、恰幅のいいおじさんと、細い顔の細い青年。
今は2人共昇進して、それぞれ副署長と警部として、平和なあの街でのんびり過ごしているようだ。
懐かしい気持ちになるその手紙の最後は、こう締めくくられていた。
――傭兵の仕事は大変だけど楽しいです。これからも頑張ります!――と。
思わず、笑みがこぼれた。
……楽しい、ね。あの子たちらしいと言えば、らしいかな。
まぁ、その内そんなこと言ってられなくなるんだけどね。
読み終えた手紙を畳み、デスクの引き出しにしまう。
「さてと」
そろそろ午後の授業の時間だ。
職員室を出て、生徒たちが待つグラウンドへ。
さぁて、私も頑張るかな。
これで、「マーセナリーガール -冥府の女編-」は終わりです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
次回作は、秋頃開始を予定しています。
これからもよろしくお願いします。
【追記】
2014/10/19/Sun:全話書き直しました。




