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06-B

 ラベドラの東にあるフェンテスから汽車に乗り、カランカに向けて南下。


 汽車の中、私の隣にはヴェルノ、真向かいにはサイラス、斜向かいにはイルマが座っている。


 窓側に座っているヴェルノは外の景色を鼻歌混じりに楽しみ、サイラスは腕組みして目を閉じて沈黙を守り、そしてイルマはじっと私を見据え続けていた。


 ……この子は、まだ私に殺意を抱いているのだろうか。非常に居心地が悪い。


 カランカまではまだまだあるし、着くまでずっと見られているなんてとても耐えられないので、仕方なく文句を言うことにした。



「あのさぁ。あなた、まだ私のこと殺したいの?」

 イルマは眉根を寄せただけだ。


 すると、隣でいつの間にか私の方を見ていたヴェルノが、代わりに口を開く。


「あー、こいつはさ、あんたに謝りたいんだと思うんだ。なぁ、イルマ」

 謝る? 今更というか、謝られたってそんなに簡単には許せないよ。


「まだ謝らない」

 しかしイルマは、はっきりとそう言った。


 ヴェルノは「はぁ?」と頬を歪め、「まだってなんだよ、まだって」と彼女に顔を近付ける。


「私はまだ納得してない。キースが利用されてたなんて信じられない」

 彼女の眼光に鋭さが増していく。


「はいはい、わかったわかった。信じないのは勝手だけどな、とりあえずこんなとこで暴れんなよ? いいな!」

 若干強めに釘を刺され、イルマは「わかった」と素直に頷いた。



 ……なんかこの子、妙に子供っぽくなる時があるな。

 見たとこ、歳は私と同じくらいっぽいんだけど。

 わざとそうやっているようには見えないし……。


 ヴェルノたちと接している時の彼女は、普通の女の子だ。

 顔立ちは綺麗だし、私に殺意を向ける時のような怖い顔をしなければ、美少女と評しても言い過ぎではないだろう。



「人の顔、ジロジロ見ないで」

「! ……」

 イルマは口を引き結び、プイッと私から顔を背ける。


 それはこっちのセリフだ。




 数時間後、オルトリンデ王国の首都カランカに到着。


 遥か遠くにはオルトリンデ城が望め、そして目の前には、途切れることを知らないんじゃないかと思うほどの人込みと、見上げるほどの高い建物が建ち並んでいる。


 人が多ければ馬車も多い。そんな馬車たちが両脇を行き来する広い通りの中央には、電気で動く路面電車という物が走っている。

 馬車よりも速く、多くの人を一度に運べる、一両編成の汽車のような乗り物だ。


 毎回、ここに来ると目まいがする。

 あっちへこっちへ人の波が蠢き、その中へ身を投じれば、右も左もわからなくなる。


 だから私は、人込みが嫌いだ。まぁ、こんなの好きな人はいないだろうけど。




 駅前広場から路面電車に乗って北東へ。


 しばらくして着いたのは、見るからに高級そうな店が並ぶ通り。

 服やらバッグやら装飾品やら、とにかくどの店もなんだかキラキラしてて眩しかった。

 客も、ひと目でお金持ちとわかる風貌の人ばかりだ。


 ……私には、絶対に縁の無い場所だな。


 サイラスたちは、その通りを進んだ先に佇む、これまた高そうな三階建ての宿へと入っていく。


 えっ、ここ? 慌てて彼らの後を追う。


「ボスは三階に宿泊されている」

 それだけ言って階段を上っていくサイラスにヴェルノとイルマが続き、私もそれに続いた。




 三階に上がり、淡い飴色の照明が並ぶ長く綺麗な廊下を進み、あるドアの前でサイラスたちは足を止めた。


「ここだ」

 そう私に伝え、ドアをノックするサイラス。


「サイラスです。只今戻りました」

 するとドアのロックが解除され、わずかに開く。じろりとこちらを覗くのは、男の顔だ。


 ……この人が社長かな。強面で、身体が大きい。視線は見上げるほど上から。

 確かに、ボスって感じがするな。


「遅かったな」

「ああ、イルマを探すのに手間取った」

「入れ。ボスがお待ちだ」


 あれ? この人が社長じゃないんだ。


「そいつは誰だ」

 男は私をギロリと見て、低い声に警戒心を含ませる。


「ああ、この子があの手紙に書いてあった、ティナ・ロンベルクだよ」

 ヴェルノが答えると、男は「……ああ」と納得した様子でドアを開く。


 サイラス、ヴェルノ、イルマの順に部屋に入り、私もその後に続く。

 横を通る時、その強面の巨漢は私をジロジロと観察していた。




「ボス、只今戻りました。お待たせして申し訳ありません」


 広いリビングにあるテーブルを、囲むようにして置かれたソファ4脚の内の1脚に、高そうな黒のスーツに身を包んだ1人の女性が座っているのが見えた。


 え? この人がヘルヘイムの社長なの?


「ご苦労様。……そしてお帰りなさい、イルマ」

 女性はそう言って、イルマが少し俯くのを首を傾げながら見つめた後、私へと視線を移した。


 さらりと艶のある、胸の下辺りまである長いその髪の色は、……白金色というやつだろうか。白いけど真っ白ではなく、金色が混ざっているように見える。

 照明の光を反射するように輝くその綺麗な髪に、私は見とれていた。


「あなたが、ティナ・ロンベルクね」

「!」

 その声に、我に返る。


「あ、はい。そうです」

 答えると、社長はおかしそうに笑った。


「照れちゃうわ。そんなに熱い視線を送られたら」

「えっ」

 ドキッとする私の方へ、イルマがちらっと振り返って目を細める。


「私の髪が、そんなに珍しい?」

「えっと、その、……はい」

 私は正直に答えた。


 そんな私を、社長は翡翠色の瞳で見つめ、口角を上げる。


「この子を連れてきたということは、やっぱりイルマが迷惑をかけていたってことなのかしら」

 すると、イルマの肩がビクッとなる。


「ごめんなさい。ボス……」

 イルマは声を震わせて謝った。


 社長はゆっくりとソファから立ち上がり、うなだれているイルマに歩み寄る。

 背は私やイルマよりは少し低いけど、スラッとしていて脚が長い。


 それと、近くに来てわかったけど、顔立ちはもちろん肌もすごく綺麗だ。

 社長っていうくらいだからそれなりの年齢のはずだけど、見た目は20代と言っても充分に通る。


 いや、実際20代なのかもしれないけど。


 社長は細く綺麗な白い手で、イルマの頬を包み込んだ。

 そっと顔を上げるイルマに、社長はにっこり微笑みかける。


「謝りなさい」


 ……ん?


「え?」


 私の心の声とイルマの声が重なった。


「あなた、まだティナに謝っていないんでしょ? 何をしたのか知らないけど、謝りなさい」

 社長は微笑んだままだ。それはとても綺麗で優しい笑み。


 だけど、その口調はかなり厳しかった。


「……も、もう謝りました」

 何、その嘘。ヴェルノが噴き出す。


「どうしてそんな嘘をつくの?」

 笑いながら首を傾げるその様は、ちょっと、いや、だいぶ怖かった。


「だ、だって、まだ信じられないんだもん。キースが、利用されてたなんて」

 社長の笑みが消えた。いや、口はまだ笑っているけど、目が全然笑ってない。


「……なら、全部終わった後でいいから、しっかり謝りなさいね」

 そう言ってイルマの顔から手を離すと、社長は私の前に移動した。


 そして、その綺麗で厚めの唇が動き、「じゃあ、改めて……」と紡ぐ。


「初めまして、ティナ。私はハイディマリー・ロットナー。もう聞いていると思うけど、ヘルヘイムの社長よ」

 そして差し出された右手を握り返したら、左手も出てきて包まれた。


 その手は、ちょっとひんやりとしていた。


「ふふ、温かくて厚い手のひらね。それに、女の子にしてはちょっと大きいかな」

「ええ、まぁ」

「あらいけない。女の子にこんなこと言ったらダメよね。ごめんなさい」

「あ、いえ……」


 別にいいけど。事実だし。


「サイラス、ヴェルノ、今日のところは部屋に戻って休みなさい。長旅で疲れているでしょう」

 そう言われて、「別に疲れてないけど」と言い返すヴェルノを、肘で小突くサイラス。


「お心遣い感謝します。では、我々はこれで」

 サイラスはヴェルノに「行くぞ」と言って従わせ、ドアの方へ歩いていく。


「ロナルドもご苦労様。私はこの子たちと話があるから、休んでちょうだい」

 すると、ドアの近くに立っている強面の男が、「わかりました。失礼します」と言って、ドアを開けて出て行く。


 そのすぐ後にサイラスとヴェルノが続き、ドアが閉まる小さな音が部屋に響いた。




「さて。じゃあ、座って話しましょうか」

 そう言って、ハイディマリーはさっきまで自分が座っていたソファを手で示して、「どうぞ、かけて」と促す。


「イルマも座りなさい。2人共、紅茶でいいかしら」

「はい!」

 イルマは元気よく返事をして、ハイディマリーが座っていた場所にどさっと無遠慮に座り、背もたれに気持ちよさそうに身体を預けた。


 その様子を横目で見ながら「ありがとうございます」と言って、私はイルマの向かいにあるソファに腰掛ける。

 ベルトから外した剣はソファの横に立てかけ、肩に下げていたバッグと荷物が入ったバッグは、自分の横に置く。


 そして、室内を見渡す。



 さすが高級宿と言うべきか、その広さは宿の一室とは思えないほどで、室内に置かれているソファやテーブル、天井から吊り下げられている照明までも妙に大きく感じる。


 天井も高く、部屋に二つある両開きの窓は、どちらも私の身長より遥かに高い。

 室内は全体的に淡いクリーム色で統一されており、優しい暖かみを醸し出している。


 ハイディマリーが入っていったのはキッチンかな。

 その隣に二つドアが並んでいる。たぶん、浴室と寝室かな。


 ……広すぎて落ち着かない。

 私には、普通の小さな宿の方が合ってるみたいだ。



「ティナも、どうぞ」

 イルマの前に置いたのと同じティーカップが、私の前にも置かれる。


 嬉しそうに身体を起こしたイルマがカップに口をつけるのを見ながら、私も「いただきます」とソーサーに置かれたカップを持ち上げ、琥珀色の中身を音を立てないように啜る。


「……とても美味しいです」

 たぶん、この紅茶も高級な物なんだろう。私には、普通の紅茶との違いはわからなかったけど。


「ふふ、よかった」

 微笑むハイディマリーの横で、イルマも「おいしー」と言ってカップを置いた。どうやら、一気に飲み干してしまったようだ。


 私もカップを置き、ハイディマリーの顔を見る。


「あの、それで、私に話って何でしょうか」

 イルマが迷惑をかけたことに対してお詫びをしたいってことらしいけど……。


「実はね、私は前からあなたに会ってみたかったのよ」

 ……そういえば、ヴェルノがそんなこと言ってったっけ。




 そして、ハイディマリーといくつか言葉を交わした後、身体の異変に気付く。


「?」

 あれ……? なんか、身体が……。


「あら、どうしたのティナ。具合でも悪いの?」


「あ、……いえ、……だいじょぶ……れす……」


 視界がぐらりと傾き…………

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