言葉にしたことが、現実になるマイク
久しぶりの投稿です。ちょっと今までとは気色を変えて。
それから、主人公の言動にご注目。
「言葉にしたことが、現実になるマイク?」
そんなのあり得ない、と思って、私は圭佑の持っている「それ」をしみじみ眺めた。
「だって、商品名にそうやって書いてあるし」
圭佑自身も、あり得ないと思っているようで、首を傾げて困惑したように頭を悩ませている。
私は圭佑の持っていた「それ」を受け取って、改めてじっくりと観察する。
――随分古ぼけた、私の顔の大きさぐらいある箱だった。圭佑がひいおじいちゃんの倉庫から引っ張りだしたもので、ほこりをたくさん被っている。くり抜かれたように一部分が透明になっていて、中に入っているマイクの姿を見せていた。マイクは持ち手が赤色の、いたって普通の『おもちゃ』のマイクだ。箱の商品名は、さっきも圭佑が言ったとおり、「言葉にしたことが、現実になるマイク」だ。箱に印刷されているイラストには、マイクに話しかけた男性の後ろに、宇宙人の乗ったUFOが現れている。これはつまり、男がマイクで宇宙人を呼び出した、ってことなのだろうか。
「ふん、馬鹿馬鹿しい」
私は鼻を鳴らして、そのイラストを睨みつけた。
「何にもギミックが無いから、せめてもインパクトのある商品名にして、ちったでも小銭を稼ごうって算段なんでしょ」
日本人ってほんと昔から小賢しい――私は嘲笑してやりたい気分になった。
圭佑は少し考え込んだように、私の持っていた箱を眺めて、
「姉ちゃん、それ貸して」
と、私が持っていた箱を取り上げた。
私はまだ何も返事をしていないのに! と少々憤慨してしまうけれど、ここで文句を言ってしまうと、その箱に未練があるように思われる気がして、私は何も言わなかった。
圭佑はしばらく箱を弄んで、何かを探しているようだった。やがて箱に貼られていたセロハンを見つけた圭佑は、唐突にそれを剥がしに掛かった。
「ちょっとアンタ、まさかそれ使う気じゃないでしょうね?」
私が言い咎めると、
「ちょっと試してみるだけだよ。ちょっとだけ、ね」
圭佑はそう言いながらセロハンを剥がし、箱を開けて、中のマイクを取り出した。箱の中には他にも、取り扱い説明書らしきものと、小さな、マイクロSDカードみたいなチップが入っていた。
圭佑はその取扱説明書とチップを見比べて、しばらくすると取り扱い説明書を放り出して、マイクとチップをもって何やらカチャカチャやりだした。
私は圭佑が放った取り扱い説明書を拾い、途端にうげえ、と苦々しい表情になってしまう。
そこには大真面目な感じで、言葉にしたことが現実になる、という仕組みについて解説が書かれていた。しかも私が想像した以上に専門用語のオンパレードで、一行目からとても読めたもんじゃない。日本人なら日本語を使って欲しいと切に思う。
「よし、出来た!」
圭佑が快哉の声を上げて、私は取扱説明書から顔を上げた。
「あとはこのスイッチを上に押し上げれば、言葉にしたことが、現実になるんだ!」
圭佑はマイクを感嘆の思いで見ている。――相変わらず純粋で、疑うという事を知らない。これは私が、現実の厳しさというものを教えてやるべきだろう。
圭佑はマイクのスイッチを押し上げると、小さく息を吸った。そこを私が横から、
「地球に隕石を落とせ!」
と言って邪魔した。
「な、何言うんだよ、姉ちゃん!」
圭佑が悲痛な声をあげる。まさかとは思うが、本当に隕石が落ちて来るなんて思ってないだろうな。私はマイクを持った圭佑に近づいて、こう言った。
「大丈夫よ、こんなマイクに話しかけたって、絶対に何も実現しないから。これまでも、そしてこれからも――ね」
圭佑はぶんぶんと首を振って、マイクに話しかけた。
「お菓子をたぁーくさん、出して!」
そして数秒。いち、に、さん。
……やはりというかなんというか、何も起きなかった。
「そんなあ……」
圭佑はすっかり脱力したように、マイクを見下ろした。小学三年生にもなって、今だにサンタの存在を疑った事のないような奴だから、多分本気で落胆しているんだろう。私はふん、と鼻を鳴らした。
「さあ、こいつはひいじいちゃんの倉庫に片付けるわよ!」
私はマイクを圭佑の手からかっさらうと、電源を落として、丁寧に箱に戻した。
「はあい……」
圭佑は奇妙にしょんぼりしながら、箱を持って倉庫に戻っていく。
「まあまあ、一つベンキョウになったでしょ」
私は半ば勝ち誇ったような気持ちになりながら、圭佑の肩を叩き続けた。
***
その夜、地球の真横を、月の半分位の大きさの隕石が、通り過ぎていった事は、二人の知る由がない。






