油田採掘せよ!
ここは魔界、魔王都から西に移動する事数万㎞
地平線の果てから果てまで駱駝色の砂に覆われている
「魔神の砂場に来るのは久しぶりだな……」
魔王は呟く
さて、何故こんな事になっているのかを説明するには、今から1時間前に遡るのが良いだろう
「油田を掘り起こせば良いんですよ!」
四天王の中でもトップランクの魔術を行使できる少女、メアが言った
「「……」」
魔王含め他の四天王は呆然
やがて
口々に狼狽える
「ほ、掘り起こすって……そりゃできたら良いけど大変だろ……」
「だいたい、誰が掘り起こしにいくんですか?」
「油田を見つけるのは大変だぞ?」
「そっちにもお金がかかりそうだけど……?」
不安を口にする四天王の三人と魔王を見つつ、メアはまたもや凄まじい提案をする
「え?わたしたちが掘れば良いじゃないですか」
「「…………」」
再びの停止
そして
「「はあああああああああああああああ!?」」
雷鳴の轟く魔界、その頂点たちの絶叫が、轟いた
空間転送魔術を使用して魔王都から西に移動した四天王——
「何故我まで……!」
——と、魔王もいる
現在、この灼熱の砂漠に魔界のトップ5が集結しているわけだ
ちなみに、現在魔王城に勇者が攻め込んできた場合は客間に通してお茶とせんべいでも出して待っていてもらうように、部下に伝えてある
準備は整った
「それにしても暑いな……」
ベリアルがツナギの袖で額の汗を拭いつつ呟く
ベリアルの手にはショベルが握られている
ショベルで油田を掘り起こすのか?と、聞きたくなるかも知れないけど、これくらいしか持って来れるものが無かったらしい
「魔神の砂漠では頻繁に勇者からの救難信号が来ますからね……昼間は灼熱の大地、夜になると極寒に冷え込みますし、ここまで広いと勇者でも大変なんでしょうね」
ハルドは感慨深げに言った
そうそう、RPGで主人公が敵とのバトル等で倒された場合、主人公はいつの間にかに宿やら王都やら教会やらに移動している
あの移動は全て、魔王軍が感知した『人間の救難信号』すなわち、『深層心理の救いを求める心』をたどって、絶命寸前の勇者をたすけて、応急処置を施した後に、各所に置いて来るのだ
魔王軍の仕事は、勇者を倒す事ではない
魔界を守る事だけが仕事だ
無為な殺生は魔界でも基本的には禁止
ましてや、人間界から送られてきた勇者を殺したら人間界との外交問題にも発展する
負ける事は無いだろうけど、魔界でも多くの魔族の血が流れる事が予測できるため、それはさけたい
「それより、早く掘り起こして帰らないと残業になりますよ?」
フランはいつも通りのレディースーツ姿にも関わらず顔色一つ変えずに暑さに耐えている
いや、実際のところべリアルも魔神なのでこの程度の暑さでどうってことではないのだが、魔王城の空調完備の施設内で仕事をしていたら気温変化に弱くなってしまってしかる事だ
「よし、ベリアルくん、ここ掘れワンワン!」
「……」
「なんでそんな冷たい目で見るの!?悪ノリだよ悪ノリ!」
慈悲に満ちあふれた目で見られたメアは慌てて自己弁護する
「はあ……だいたいここにあるって確証あるのか?」
空気になりかけていた魔王がメアにそもそもの疑問をぶつける
メアはその疑問も想定内の様にポケットの中からあるものを取り出す
「じゃじゃーん!ダウンジングマシンです!」
ダウンジングマシン
別名、ただの二本のL字の金属棒
両手で軽く持ち、棒の先端が向いた方向に探し物がある――
と、いう非科学的な代物だ
「ダウンジングマシンなんかで平気なのか……?」
「平気ですよー!たぶん!」
ダウンジングマシンは魔界でも嘘臭い代物程度にしか思われていない
特殊な魔法で、魔力の固まっているポイントや、遠くに奉納されている魔剣を関知することはできるのだが、ダウンジングマシンはそういった魔術的なものでもないので、必然、嘘臭い代物になる
「ほらほら!シュレにゃんこの箱の話みたいに掘ってみないとわからないでしょ!」
シュレディンガーの猫である
これは、いわゆる物理学の解釈の基盤だ
いろいろ拡大解釈はあるが、根本は簡単
箱のなかに猫を入れる
一緒にランダムの時間に噴射される毒ガスの入った容器を入れる
さて、10分後に猫は生きているか死んでいるか
答えは、『箱を開けないとわからない』
箱を開けなければ答えは見えないのだ
まぁ、簡単に言えば、可愛い中学生がいたとしてその子のつけている下着の色や模様は見るまでわからないと言うことだ
白かもしれないし黒かもしれないし、はたまたつけていないかもしれない
見るまで答えは不明。
見るまではどんな下着をつけているか勝手な妄想をすることは許される
話はそれたが、とにかくここを掘れば油田が有るかもしれないし、無いかもしれない。掘らなきゃわかんないってことだ
「はい!べリアルくん掘って!」
ショベルを持っているのはべリアルだけなので、メアはべリアルに指示をだす
すると、べリアルは渋々と言ったように地面にショベルを突き立て、砂を持ち上げる
サラサラサラ……
「……メア。見ろ」
「ん?」
べリアルが掘った穴は、周辺の砂が入ってきて形が若干崩れた
「このスコップで穴を掘ると、きれいな形のまま掘るには下向きの円錐型になる。そして、この穴が直径およそ60㎝で深さ40㎝なら、油田にあたる深さが1000m下だと仮定すると……あれ、なんだ?フラン計算頼む」
「直径1500mの円錐を掘る必要がありますね。体積は5000π立方メートルですかね」
実感はわきにくいが、とにかくアホな量だ
これをショベル一本で掘るなど四天王でも時間がかかる
誰でもいつかはできるかもしれないが、いつできるかはわからない。ということだ
「人間もパイルドライバっつうでっかい機械で油田掘ってんのに、俺らはこのショベル一本で掘るのか?無理に決まってんだろ。一度、魔王都に戻って建設機械取ってこようぜ」
「えー。そんなのやってたらまた来るの面倒じゃーん。適当にやっちゃおうよー」
「元を辿ればダウンジングマシンごときで適当に選んでなおかつ十分な装備も持ってこなかったのはお前だろ!?」
「過ぎたことは三途の川に流してさー。ほらほら、ショベル貸して」
メアはべリアルからショベルをかりて少し考える
「んー」
他の四天王と魔王は悟る。これがまともな思考でないことを
「よし、魔王様!飛行魔法で飛んでください。みんなも、少し飛んで」
そう言うなりメアは軽く跳ねて、なんとそのまま浮遊していく
魔界最強の魔法使いにとって、飛行や浮遊の魔法などは暇潰しに梱包材をプチプチやる程度の労力にもならない
「久々の飛行魔法だな……っと」
「魔王様は職務中は飛行しませんしね」
「僕は出勤のときに使いますよ」
「俺は出勤とか戦車だし、久しぶりだ」
各々重力に逆らうように浮遊して、メアを見やる
かなり高度をあげている
100メートルほど昇ったかと言うところでメアたちの浮遊は止まり、メアは口を開く
「えーと。このショベルにいくつかの魔法をかけて、穴を開けます」
言うなりメアはショベルを撫でるように手のひらを滑らして、ボソボソと何かを呟く
すると、ショベルは蒼白い輝きをもち、光を帯びる
聖剣か何かのようになったショベルをメアは――
「えいっ!」
地面に向かって投げた
鉛直投げ下ろし。当然だが魔界にも重力加速度はあり、偶然にも人間がすむ地球と同じ9.8メートル毎秒毎秒だったりする
さて、ショベルはそのまま重力加速度にそった等加速度直線運動を――
「グラビティア・レイズ!」
パンッ!
メアが言霊を唱えると同時、ショベルが一気に加速して――
「メテオ・ショベル!」
謎の技名をさらに叫ぶと、ショベルが一瞬にして閃光を放ち――
ズッガアアアアアアンッ!!
周辺に閃光が迸り、爆音が轟き、地面は一気に抉られた
「ん?うまくいったかな?」
ジュウウウウウウ……
メアと他一行は地面に近づき、見やる
確かにそこには地中深くまで伸びる巨大な鉢状の穴がある……が
「これ……溶けてるな」
魔王は口を開き、言葉を発する
魔王の視線の先には赤くなっている砂がある
砂の主成分は二酸化ケイ素
これはガラスの主成分と同じだ
だから冷えると……
「キラキラですね」
表面は高温によって高純度に溶かされたガラスに覆われる
「これで砂が漏れて入ってくるのをある程度防げるでしょ」
メアはそこも計算してやった
「でも、まだ深さ足りてないみたいだぞ?」
べリアルが言う通り
確かに巨大な鉢はできているが、まだ原油はでてないようだ
「そりゃそうだよー。ショベルを物質強化したり、重力操作しても埋まるのには限界あるし。あのスピードで届くようにすることもできたんだけど原油が爆発したら困るしね」
今のは手加減だ
一本のショベルが隕石のような威力になったが、四天王が本気をだせばこの地平線まで伸びる砂漠を一瞬で蒸発させることもできるのだから
ザザザ……
「ん?」
唐突に砂の崩れるような音がして四天王と魔王は見やる
「……あれ?」
そこには、何もなかった
だが、確かに音はした
何かが起きる……
五人の間に緊張感が漂う
メアは魔女装束の内側に入れておいた短めの杖を手に取り、ベリアルはツナギの袖をまくり、フランは手に羽ペンを持ち、ハルドは左手に拳銃、右手に軍刀を握る
「俺は戦力外だからなー?」
魔王は諸事情により敵が現れたときも戦闘には介入できないことになっているため、なにも構えない
だが、魔王も自分の身は自分で守るため、いつでも逃げれる準備をしている――
ギシャアアアアア!!
「……!」
突如何かの咆哮が轟き、四天王の目が見開かれる
戦闘、開始
おはようございまーーーす!!
永久院悠軌です!
四天王の仕事、油田採掘です
……が、いきなり問題発生!
立ち向かえ、四天王