第6話
牢-
総司は牢番から神崎のいるところを教えてもらうと、そのまま入っていった。
奉行所に神崎との面会を頼んだのであった。せめて処刑される前に、もう一度会いたいと思ったのである。
神崎は、あらわれた総司を見て驚いていた。
二人は格子を挟んで、しばらくお互い見つめ合っていた。
神崎「…よお…」
神崎が目を見開いたまま、そう言った。
総司は少し微笑んで「どうも」と答えた。
神崎「沖田総司が面会に来てくれるとはな。」
総司「…私が、死神に見えるでしょう。」
神崎は乾いた声で笑った。
神崎「死神にしちゃ、人がよすぎるな。」
総司「ふふふ」
総司はそう笑って、格子の前であぐらをかいて座った。
総司「…なんとか助けたいと思いましたが…やはり私の様な者ではどうにもなりませんでした。申し訳ない。」
神崎「わざわざ謝りに来てくれたのかい。…そりゃ、こちらが申し訳ないな。」
神崎は、ぼさぼさの頭を掻きながら言った。
総司「処刑されるのをわかっていても、相変わらずなんですね。」
神崎「あんたに会った時から覚悟はできていたさ。…でも、まさかあの「沖田総司」が来るとは思っていなかったんだ。俺らのような雑魚のためによ…。」
総司「雑魚の割には、手を焼きました。」
総司がそう言って笑うと、神崎も笑った。
神崎「…あんたには感服したよ。」
総司「?」
神崎「部下をあんな風に自慢する人間は初めてだった…。「自分の部下に正面からかかって助かる人はいない。」なんてな…。普通、言えないぜ。その言葉で、どうあがいたって勝てないと思ったんだ。」
総司「それだけのことで…?」
神崎「そうだ。…あんたのような男になら斬られても後悔はないかな…って思った。」
総司「…それは言いすぎだ。」
神崎は笑った。
神崎「わかったか。…実はそこまで考えていなかった。…でも、あんたを斬ることはできないとは思ったよ。そして…あんたに会えてよかったと思った。…これは本当だ。」
総司「…私もです。…何か、昔の友人に久しぶりに会えたような気持ちがします。」
神崎「沖田総司の友人かぁ。いいかもなぁ。」
そう言って笑う神崎に、総司は真面目な顔で言った。
総司「その言葉に甘えて言います。今からでも間に合うかも知れません。…新選組に来ませんか?あなたの統率力ならば、きっといい地位にもつけます。…どうせ死ぬ気なら同じでしょう?」
神崎「!!」
神埼はしばらく目を見開いていたが、やがて下を向いて「ふふっ」と笑った。
神崎「勘弁してくれ。幕府の犬になるなんて…死んだ方がましよ。」
総司はため息をついた。
総司「…そう言うと思いました。」
神崎「…ありがとう。…気持ちは本当に嬉しいよ。」
神崎は今まで見せたことのない笑顔を見せた。
総司は驚いたが、やがて笑顔を返した。
…2日後、神崎は処刑された。
風が強い日だった。
……
総司は、文机にひじをついて外を見ていた。処刑された神崎のことを思い出している。
総司「…死んで欲しくなかったなぁ…。」
処刑後、神崎の首は三条河原にさらされた。
総司はその首を見に行ったのだった。苦しんだ様子はない。覚悟を決めて死んだいさぎよささえ感じた。
総司「…どうしてだろう…。話した時間は少ないのに、今でも忘れられないな…。」
そう呟いて、仰向けになって寝転んだ。
『勘弁してくれ。幕府の犬になるなんて…死んだ方がましよ。』
総司(あの、こだわりはなんだろう。…どうしてそこまで思想を貫こうとするんだろう。)
総司自身は、近藤や土方の行くところならどこへでもついていきたい…とは思っているが、幕府のために…という気持ちはあまりない。
だから、近藤が幕府を裏切る時は自分も従うだろう。…そんなことはないとは思うが。
総司(土方さんはもしかすると違うかな。)
土方は確固たる思想を持っているように見える。それが総司には恐ろしかった。
総司(近藤さんと土方さんが離れてしまったら…私は…?)
総司は起き上がった。そして再び空を見上げた。
『でも、まさかあの「沖田総司」が来るとは思っていなかったんだ。俺らのような雑魚のためによ…。』
ふと空を横切る鳥を目で追いながら、その言葉を思い出した。
総司(中條君も…)
『…「沖田総司」だからです。…遊ばれて終わるのだと思っていました。』
総司(名前が一人歩きしてしまっている。…それもたくさん尾ひれをつけて…)
総司はそう思って苦笑した。その時、また鳥が空を横切った。
総司(鳥はいいなぁ…。名前もないし、自由だし…。)
「沖田総司」の名を棄てて、どこかへ行きたい…。一瞬そんな思いがよぎった。