第1話
総司の部屋 夜-
総司は、文机にひじをついて、ぼんやりと月を見上げていた。
疲れているはずなのに、何故か眠れないのである。
朝は剣の稽古をし、昼過ぎから巡察に出た。特に何もなく帰ってきたあと、着替えて土方の部屋に行った。
行く理由があったわけではない。ただ、いつものように、からかいに行っただけである。
しかし、それは疲れのうちに入らないが…。
総司「…元気かなぁ…可憐殿は…」
思わずそうつぶやいた。ずっと会えないでいる。
三日に一度は休みがあるが、結局その日も助勤の会合だの、出動だのと呼び出されることが多い。
このところ、休みの前の日に会う約束をしていても、会えなかった日が続いたため、約束をすることも控えていた。
総司(会いたいなぁ…)
月に想い人の顔を映しながら、総司はそう思った。
…その時である。何か、びゅっびゅっという強い風が吹くような音がした。
総司(?…なんだろう?)
総司は障子を大きく開けて顔を出し、音のする方を見た。すると、遠く中庭で竹刀を振っている男がいる。
総司「誰だろう?こんな夜中に稽古だなんて…」
そう呟き、頭を入れて障子をしめると、着流しのまま部屋を出た。夜中に一人稽古をしている奇特な人間の顔を見たくなったのである。
総司「大部屋の方だな。新人隊士かな?」
総司は足音を立てないようにゆっくりと歩きながら、最近入ってきた隊士の顔を思い浮かべた。
総司(木田君…畑野君…うーん…あと誰だっけ?)
今回の入隊試験では、三人入った。三人とも総司が相手をしたのであった。入隊試験で総司が相手をするのは、剣に自信があるという人間と決まっている。
ただ、一人だけ例外がいた。中條である。
たまたまその日は、総司が入隊試験を覗いただけだったのだが、その時の中條は目つきがするどく、人とは違う何かを持っているように見えた。
そして総司は「あの人とさせてください」と中條を指差して、土方に頼んだのだった。
それが、中條の人生を変えたことになる。もし、他の人間が相手をしていたら、たぶん落とされていただろう。
総司(彼にとって…新選組に入ってよかったのかなぁ。)
時々悩むことがある。中條に対してだけではない。他にも総司が入れた人間が何人かいる。
しかし、出動や「士道不覚悟」による切腹で、命を落とすものも多かった。
もし新選組に入っていなければ、彼らは今でも生きていられたのに…。そう思ったことが何度もある。
ふと気がつくと、中庭に面する廊下まで来ていた。
そして、中庭では一人の隊士が、こちらに背を向けて竹刀を振っていた。
総司(…いや、よく見ると木刀だな…。)
総司はその隊士を見て苦笑した。後姿でもすぐにわかる人間だったからである。