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第三話

 しばらく歩くと、舗装された道に入りました。ここからがスベニアです。町の中では人々や車が行きかっています。二人は斉藤さんにいわれたように車や自転車には気をつけて、歩道を歩きます。イベルトに行くにはどの交差点も曲がらずにまっすぐ進めば辿りつけるので、あとはまっすぐ進むだけです。

 二人の前にはおじいさんが歩いていました。おじいさんは腰の後ろに組んだ手に、手提げ袋を持っています。二人は手提げ袋がゆらりゆらりと揺れるのを見て、楽しくなっておじいさんの後ろを歩いていました。すると、ぬっと後ろから若い男が追い抜いて、おじいさんの後ろを歩きはじめました。手提げ袋が見えなくなったのでがっかりしていると、男はふと体をかがめて手提げ袋の中から何かを取り、自分のジャケットのポケットに突っ込みました。

「あっ」とまりちゃんが声をあげます。男にその声は聞こえていませんでしたが、ゆうたくんがその声に気づきました。

「どうしたの?」

「あの人、おじいちゃんの財布盗った」

 まりちゃんには、男が何をしたのか見えていました。そして、まりちゃんは財布がどれくらい大事なものなのか、わかっていました。何が起こっているのかわからないと顔に書いてあるゆうたくんに、まりちゃんは教えてあげました。

「財布がないと、食べ物とか買えなくなっちゃうんだよ」

「それじゃあ、あの人は悪い人なんだ」

 するとゆうたくんはキッと男の背中を見て、大声で叫びました。

「おじいちゃんの財布盗ったー!」

 男は驚きの表情を浮かべて、ハッと振り向きました。おじいちゃんや近くを歩いていた人たちもゆうたくんに注目して、すぐに男へと視線を移します。注目された男は慌てて、ゆうたくんの方へと駆け出しました。ゆうたくんは斉藤さんの、悪い人は魔法でやられちゃう、という言葉を思い出していました。ですが男はゆうたくんを抱えて、隠し持っていたナイフをゆうたくんの首に突きつけます。その光景を見ていた人々が、足を止めてざわつき始めました。ゆうたくんは恐怖でまったく動けなくなってしまいました。まりちゃんは動いてはいけないことがわかっています。ですが、動きたい気持ちが足や胸をざわざわさせました。

 そのとき、男の持っていたナイフが宙に浮かびました。その光景を見ていた人々から小さな歓声が沸きます。男は唖然としてナイフを見上げるしかないのでした。人々の中から、一人のお兄さんが前に出ます。

「ぼくの包丁さばきは料理にしか使わないんだけどね。きみも料理されてみるかい?」

 お兄さんの言葉と魔法に、男は観念してゆうたくんをおろし、両手を上にあげました。誰かが警察に通報したようで、すぐに警察が来て男を連れて行きました。

「大丈夫かい?」

 お兄さんがゆうたくんに声をかけます。ゆうたくんはお兄さんの顔を見ると、声をあげて泣きはじめました。どうやら、ホッとしたみたいです。それまで呆然としていたまりちゃんの泣き声も重なります。ここにいる誰よりもゆうたくんを心配していたのは、まりちゃんです。

「そうかそうか、怖かったね。いいものをあげるから、元気出して」

 するとお兄さんは二人の手をとって、近くの店に入りました。お兄さんが経営する小さな料理店のようです。お兄さんは二人をカウンター席に座らせると、料理をし始めました。お兄さんは包丁を手に触れず操って、食材を切ります。その間にも盛り付けの準備が終わって、すぐに二人分の料理ができました。薄い肉を中心にして、それを際立てるように野菜で彩った料理でした。

 お兄さんが「どうぞ」というと二人は元気になって料理を食べ始めました。まりちゃんは家から持ってきたお金を払おうとしましたが、お兄さんは「いいんだよ」といって止めました。

「二人はどこから来たの?」

「モンストだよ」

「へぇ、その袋は?」

「神様に届けるんだよ」

「えらいんだね。神様もきっと喜ぶよ」

 そんな会話をして温かい時間を過ごしていると、ふっとお兄さんの表情がなくなって、店の隅にあるテレビのほうに視線が向けられました。

 自殺を図ったと見られる男性遺体は、この家に住む持田健治さんのものと判明しました。動機は不明で、警察は遺書などがないか、捜索中です。……最近、自殺が特に多いですが、桜田さん、原因は一体なんでしょうか……。

 プツッ、とテレビの画面が消えました。お兄さんがリモコンを使って消したのでした。

「健治……」

 お兄さんは下を向いたまま、黙り込んでしまいました。ゆうたくんとまりちゃんは心配そうな顔でお兄さんを見上げます。

「お兄さん、どうしたの?」とゆうたくんが尋ねます。

「今テレビでいってた持田健治は、お兄さんの友達なんだ……。健治も魔法が使えるんだ、肉を魔法で生み出せる……。この間相談を受けてな、魔法で作った肉を使うのは今まで使ってきた肉、命への冒涜なんじゃないかって、料理人としても人間としてもあってはいけないんじゃないかって……。違うよ、結果的に健治の魔法は動物たちを生かしたんだよ……。そう答えたけど、健治はそう思ってたけどってうつむいて……。じ、自殺……」

 お兄さんの声はどんどん震え、弱弱しくなっていきました。お兄さんの周りの空気も震えているようで、二人も悲しくなってくるのでした。

「……自殺は"悪いこと"?」

 悲しんでいるお兄さんを見て、ゆうたくんが尋ねました。お兄さんはうるんだ目でゆうたくんを見て、また下を向きました。

「ぼくには何もいえないよ」

 お兄さんは、厨房の奥へと歩き始めました。

「その肉、健治の作った肉だから食べて……」

 お兄さんは後ろを向いたまま、そういって厨房の奥に消えました。それと同時に、お兄さんのすすり泣く声が二人に聞こえました。

 二人は胸がいっぱいになって肉を食べられそうにありませんでしたが、なんとか二人とも食べ切って、ゆっくりとお兄さんの声から遠ざかるように店を出ました。



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