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序幕


もう賞の結果も出たということで、投稿してみました。

二次落ち作品なので、後半部分はかなり修正してアップするつもりです。

序幕はほとんど修正してません。


原稿用紙換算105枚前後の短い小説になりますが、どうぞお付き合いください!




 閃光が少女の視力を奪ってしまえばどんなに良かったか。

「父さん、母さん」

 スーザン・アルファースは父と母に突き刺さっている白い大剣に触れる。石のような冷たさは有機物を無機物へと一瞬で変えた。

「こんな時代、仕方がないのです」

 スーザンへ悲しみを含ませた声が落ちる。

 彼女が横を向けば、そこには街でも有名な富豪地域に住む女がいた。女は街の中でもちょっとした有名人である。領主であるサンアット公爵に正面切って意見した下流貴族の妻なのだ。

 だから、スーザンのような一般市民でも女のことは知っている。

 憎悪に満ち満ちた顔で、街から外れた丘の上にある黒き城を見据える女もまた、一ヶ月前に夫を領主から殺された。彼女の夫は、領主に圧政をやめるよう意見するという勇気ある行動が災いし、悲劇的な死を享受したのだ。彼が公開処刑された際に使われた処刑具は〝鉄の乙女〟。鉄の乙女が用いられた処刑を見た者は老若男女問わず悪夢に苛まれるらしい。処刑台に木霊した下級貴族の絶叫は、今も語り草となっている。

 レースの日傘を畳み、女はスーザンの両頬に手を添える。涙を湛えたその顔は下流と云えども貴族であるに相応しく、美しい。

「貴女のお父様とお母様は何ら罪なき方々。その二人が何故殺されねばならなかったか――貴女はおわかり?」

 スーザンは首を横に振る。栗毛の長い髪がふわふわと舞った。

 女の顔が悪魔のような形相になる。

「サンアット公爵は、自らの弟が犯した窃盗の罪を貴女の両親に被せたの。王族秘伝の宝石よ。社交界ではその噂で持ちきりだわ。でも、誰もそれを咎めようとしない」

 スーザンは顔色一つ変えずに両親の死体を黒い瞳で見つめた。

 動かない。動かない者は笑わない。笑わない者は泣かない。泣かない者は憎まない。

 そこまで考えて、スーザンは澄み渡った淡い空を仰いだ。

「カトレア夫人、わたしは父さんと母さんが濡れ衣を着せられたことに気付かないまま天に召されたので……良かったと思う」

「…………何を言っているの。殺されたのよ、貴女の両親は」

「けれど、汚名を背負い、生き恥を晒して屈辱にまみれた生涯を遂げるよりはいっそ――」

 平手が飛んだ。小気味良い音と同時に女は身を翻した。

 一人残されたスーザンは街の中心部に設営された処刑台の上でうずくまる。血の染み込んだ板の上に、水滴が落ちて吸い込まれていった。


 時間は刻々と過ぎ、やがて辺りは暗くなる。

 スーザンはようやく立ち上がると、自分の背丈の倍以上ある両親を背負ってハンミルの丘を目指した。

 ハンミルの丘は、サンアット公爵の住む城の反対に座す。そこは一面十字架で埋め尽くされており、墓主の大半は公爵によって殺された者達である。

 ――――いつか、サンアット公爵に復讐を。

 街人達はそのような思いを込めて、ハンミルの丘へ死者を埋葬している。

 一人で行けば数十分の距離を、二つの命の重さを背負って三時間かけて歩いた。途中何度も転び、かすり傷は痺れを生んだ。

 ようやく丘の天辺まで辿り着き、大きな木に立て掛けてあるショベルを手に取った。

 木の根が這っている硬い地面を懸命に掘る。

 月明かりがスーザンを照らし、星々が勇気を与えてくれた。遠くに見える海は静かに波立ち、見守っている。少しずつだが穴は深まり、大きさも出てくる。スーザンは休むことなく掘り続けた。

 血豆が潰れて小さな両手が血に塗れた頃、空は白み始めていた。

 スーザンが見事に掘り上げた穴の中には両親の亡骸が横たわっている。スーザンは痛む両手で彼らに土を被せる。

 何度か近所の人々の埋葬を手伝ったことがある。皆立派な棺に入れられており、最後には神父が弔いの言葉と共に十字架を突き刺していた。しかし、そのようなことをスーザンがしてやれるはずもない。もうすぐやっと十になるばかりの己の身が呪わしかった。

 スーザンに出来るのは、祈りを捧げることだけだ。

「泣かないんだな」

 風のいななきかと思った。

 丘に一本だけ根差している樹木の枝に、青年が座っていた。心底詰まらなそうにだらりと手足を宙にぶらつかせている。

「僕と似ている」

 スーザンは黙っていた。

 黒髪赤目など、これまで出会ったこともない。もしかしたら、人外かもしれないと思った。

 青年は木の枝より滑り落ちるかのように降り立ち、スーザンの目の前に佇んだ。燕尾服に身を包んだ彼は、指を鳴らして口角を吊り上げた。

「可哀想な女の子にプレゼントをあげよう。ほら」

 スーザンへ差し出されたのは小さな花を束ねたブーケであった。これは死者に捧げる物ではないと直感的に気付いた彼女は、いらないと突き返す。

 青年は心外とばかりに片眉を跳ねた。

「死は安らぎ。醒めることなき夢への扉。神を信じる君達には信じられないかもしれないが、死は幸せなんだよ」

「悪魔の言葉に惑わされる程、わたしは弱ってない」

 凛とした態度で言い返すスーザンを、青年はさもおかしげに見つめる。

「スーザン・アルファース。君はまだ幼いが、〝目〟を持っているね。ヒトなのが惜しいくらいだ」

「どこかへ行ってよ。わたしは父さんと母さんを天国へ見送らなくちゃいけないんだから。悪魔がいたら、二人共天国へ行けない」

 スーザンの棘のある言葉を受けて、悪魔と呼ばれた青年は昇り来る朝日を眺めながら答えた。

「それは無理な話だな。この丘の主人は僕だから」

 スーザンは双眸を瞬かせる。

 青年は突き返されたブーケをスーザンの両親が眠る土の上に投げた。そこから銀色の十字架が生える。十字架には、〝アルファース夫妻、安らかなる眠りを〟と刻まれていた。目を丸くするスーザンを余所に、青年は言葉を紡ぎ始めた。

「――元よりこの地はハンミル公爵家が治めていた。だが、五十年くらい前に、突然現れたサンアット公爵家に無実の罪を着せられて断罪されたんだ」

 状況が呑み込めていないスーザンへ彼は手を伸ばした。

「僕はドラクロア・ハンミル。難を逃れたハンミル一族傍流の末裔。一族の強い残留思念によって、よもや人間と呼べる者ではないけれど、狂ってはいない。スーザン・アルファース、僕は君が気に入った。憎しみも何も生じていない綺麗な心は、とても貴重だ」

 僕が守ってあげる、と耳許で囁かれる。

 スーザンはなおも無表情のまま、血塗れの――土まみれの掌を握りしめた。

「守ってなんてくれなくていい。墓守りは墓の守りだけしておけばいい。子守りなんてしなくていい」

 ドラクロアは笑みを零し、スーザンの両手をそっと自分の手で包み込んだ。昼間にカトレア夫人から同じように頬を包まれ、その後、叩かれたことを思い出して微かに身が震えた。

 スーザンの頬にはカトレア夫人が頬を張った時についた赤い引っ掻き傷があった。夫人の長い爪がそれを作ったのだ。意外と深く傷付いており、放っておけば化膿してしまうだろう。

「じゃあ、せめて痛々しいこの傷だけ治そう」

 言うが早いか、冷たい風と共に痛みは消滅した。

「…………ありがとう」

 小さな感謝の言葉は確かにドラクロアへ届いたようで、彼は赤い目を細める。

「サンアット公爵を憎んでは駄目だよ、スーザン。復讐は災いを生むだけ。周囲に流されては駄目だ」

 スーザンは何度も頷いた。

 眩い朝の光が二人を照らし出す。ドラクロアは鬱陶しいとばかりにマントで顔を覆う。

「太陽光は嫌いだ」

 それを捨て台詞にして、ドラクロアは姿を消した。

 彼が生やした十字架は朝日を浴びて煌めき、消えることなくその場所にあった。



 憎むくらいならばいっそ、その相手を殺してしまえ。根絶やしにしてしまえ。

 そうして人は初めて気付くのだろう。憎い人を片っ端から消して行けば、最後に残るは自分一人だと。




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