村の長老と、古の呪い
「ふぅ、ようやく着いたな」
長旅の疲れがどっと押し寄せ、俺は大きく息を吐き出した。目の前に広がるのは、見渡す限り緑に覆われた、のどかな田園風景。風が心地よく頬を撫で、遠くで鳥のさえずりが聞こえる。ようやく、俺の求めていた静かな場所へ辿り着いたのだ。
「村長さん、いらっしゃいますか?」
人影を見つけ、声をかける。屈強な体格の男が、訝しげな表情でこちらを見た。
「あんた、誰だ?この村に用事か?」
「はい、アキトと申します。この村で、農業をさせてもらいたく参りました」
「農業? ふん、都会から来たにしては随分と呑気なもんだな」
村長と呼ばれた男は、俺の姿をじろじろと見ながら言った。F級冒険者なんて、ここで働くには場違いもいいところだろう。
「まあ、いいだろう。だが、すぐに楽ができると思うなよ」
村長はそう言うと、俺を村の中へと案内してくれた。素朴な家々が並び、子供たちの元気な声が響いている。平和な光景に、俺の心は満たされていく。
「しかし、最近はそうも言ってられないんだ」
村長は、どこか沈んだ声で言った。
「どうかなさいましたか?」
「いや、実はな……」
村長は、溜め息をつきながら、村で起きている奇妙な出来事について語り始めた。
「最近、村の者たちが、原因不明の病にかかってしまってな。最初はただの風邪かと思っていたんだが、どうも様子がおかしい。熱が数日続くだけならまだしも、体が急に冷えたり、幻覚を見たりする者もいる。医者に見せても、原因が分からず、ただ薬を出すだけだ」
「それは……大変ですね」
村長の顔には、深い悩みが刻まれていた。村人たちの健康を預かる長としての責任感だろう。俺も、かつてはデータアナリストとして、人々の健康に関わるプロジェクトに携わったことがある。原因不明の病というのは、なんとも厄介な問題だ。
「何か、心当たりは?」
「さあな……。ただ、この病にかかるのは、決まって村の古くからの家系なんだ。新しく村に来た者や、よそ者には、今のところ誰もかかっていない」
「古くからの家系、ですか……」
俺は、村長の言葉を反芻した。何か、特別な要因があるのかもしれない。
「もし、何かできることがあれば、遠慮なく言ってくれ。俺にできることなら、何でも」
村長は、俺の申し出に少しだけ顔を和らげた。
「ありがとう。だが、君に何ができるというんだ。我々も、もう打つ手がなくなってきているんだ」
その言葉に、俺は少しばかりの罪悪感を覚えた。俺のスキル、《看破》は、確かにステータスを見ることはできる。だが、それが病の原因を突き止めるのに役立つとは、俺自身も思っていなかった。
(まあ、せっかく頼ってくれたんだ。何か、データとして拾えるものがあるかもしれない)
俺は、内心でそう呟き、村長に村を案内してもらうことにした。村を歩きながら、俺は無意識のうちに《看破》を発動させていた。
(ふむ、村人たちの健康状態は、確かに全体的に低下している。だが、特筆すべき異常は見られないな。ただ……)
俺の視界に映るステータスウィンドウは、いつものように数値や単語の羅列だ。しかし、それだけではない。そこには、数値化できない「気配」や「波動」といった情報も含まれている。
(この「気配」……なんだ? 病気とは違う、もっと根源的な、淀んだような……)
俺は、病にかかっている村人たちの「気配」に、強い違和感を覚えた。それは、病魔のようなものではなく、もっと古く、そして悪意に満ちた何かだった。
「どうした? 急に立ち止まって」
村長の声に、俺はハッとした。
「いえ、なんでもありません。ただ、少し気になることがあって」
俺は、病にかかっている村人を数人見かけた。彼らのステータスウィンドウは、他の村人たちと比べて、健康状態の数値が著しく低い。しかし、それだけでは説明がつかない。
(この「淀み」……これは、病気というよりは、何らかの「呪い」に近い。しかも、ただの呪いではない。この村の歴史、あるいは、もっと古い時代から根付いているような……)
俺の頭の中で、データアナリストとしての分析癖が、自然と動き出す。古の呪い……。そして、村長が言っていた「古くからの家系」という言葉が、脳裏で繋がった。
(呪い……そして、それを操る「誰か」がいる、ということか)
俺は、さらに《看破》の精度を上げた。村人たちの「気配」を、より詳細に分析していく。すると、病にかかっている村人たちの「気配」の奥底に、共通する、微弱ながらも確かな「操作」の痕跡を見つけた。
(これは……。あの「淀み」は、自然発生したものではない。誰かが、意図的に、この村に呪いをかけている……!)
俺は、思わず息を呑んだ。まさか、こんな辺境の村で、そんな陰惨なことが行われているとは。しかも、それは単なる悪戯や個人的な怨恨ではない。村全体を蝕むほどの、強力な呪い。
(この村に、呪いをかけている人がいる……?)
俺は、静かに辺りを見回した。穏やかな田園風景の中に、不穏な空気が漂っているように感じられた。村長も、俺の突然の沈黙に、不安そうな顔でこちらを見ている。
(この村に、一体何が起きているんだ……?)
俺は、静かに暮らしたいと願っていた。しかし、どうやら、この村は俺が想像していたよりも、ずっと複雑で、そして危険な場所のようだった。




