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雨の日にだけ現れるキミ

作者: 天月瞳
掲載日:2026/03/07

彼女に初めて会ったのは、激しい雨が降るバス停だった。

世界は雨のカーテンに覆われ、少し離れた景色さえも曖昧にぼやけている。


僕はため息をつき、傘についた滴を振り払った。

地面に落ちた水滴は、すぐに小さな水溜まりを作る。


揺れる水面には、隣に座る整った横顔が映り込んでいた。

僕は無意識に顔を向ける。



彼女は、そこにいた。


ベンチに座り、どこか憂いを帯びた表情で遠くを見つめている。

真っ白な肌と、深い藍色の制服の対比が鮮やかだった。


その光景があまりに美しくて、僕は一瞬、呼吸を忘れた。



「急にこんなに降るなんて、困っちゃいますね」

話しかけるきっかけを作るため、僕は少しぎこちない挨拶を絞り出した。


彼女は視線を戻し、僕を見た。

一瞬驚いたような顔をした後、ふわりと微笑む。


「ええ、そうね。少し困っちゃうわ」


僕は必死に話題を探した。

誰かと話をするために、これほど努力したのは初めてのことだった。


「雨は好きですか?」


「雨音は好きよ。でも、濡れるのはあんまり好きじゃないかな」


「濡れるのが好きな人なんて、滅多にいないでしょうね」


彼女は小さく笑った。


「雨音って、聞いてるだけで落ち着くと思いませんか?」


「ええ。雨の音とか焚き火の音を、たまに寝る時のBGMにしてます」


「焚き火の音なんて、、普段なかなか聞く機会がありませんよね」


「でも雨の音なら、降るのを待てばいいだけですから」


「毎日降るわけじゃないけれどね」


「それもそうですね」


僕たちはそんな他愛もない話を、バスが来るまで続けた。


一度きりの短い出会いだと思っていた。

けれど、二度目があるなんて思いもしなかった。




同じバス停で。

そして、やはり雨の日だった。


「こんにちは」


探りを入れるように声をかける。


彼女は僕を一度見つめ、少し考えるような仕草を見せた。


「あなたは……この前の?」


それから、笑みを浮かべる。


「今日も雨ですね」


「そうですね」

僕も笑って返した。


「そのおかげで、また会えました」


バスが来るまでの間、僕たちはまたしばらく語り合った。

お互いの趣味や、最近あったちょっとした出来事について。


これは偶然の出会いなのだと言い聞かせ、僕は彼女の名前を聞かなかった。

彼女もまた、どこか暗黙の了解のように、僕の名前を聞かなかった。


ただ今この瞬間、同じバス停に座っている。

それだけで十分だというように。




ただ、彼女に会うときはいつも雨だった。

だから僕は、心の中で彼女にあだ名をつけた。



——雨さん。


高校時代に始まったその出会いから、雨が降る日には、

僕は決まってあのバス停で雨さんを見かけるようになった。


いつからか、空から雨が落ち始めると、

自然と足取りが軽くなるようになった。

天気予報で「明日は雨」と聞くと、つい気にしてしまう。


ただ、一つだけ気になることがあった。


そのあだ名の通り——

僕は晴れた日に彼女を見たことが一度もなかったのだ。


もちろん、雨の日は自転車に乗りにくいとか、

そういう理由なのかもしれない。


僕は深く考えなかった。

ただ純粋に、雨のバス停で彼女と過ごす時間を楽しんでいた。


大学生になるまでは。


大学は場所が離れ、あのバス停を通ることも少なくなった。

忙しく充実した大学生活の中で、それでも時折、あの雨の時間を思い出した。


ある日、ふと思い立って、

休日にかつての時間に合わせてあのバス停へ戻ってみた。


夕暮れ時の陽光が、街全体を優しく包み込んでいる。

僕はベンチに座り、遠くの街並みを眺めていた。


彼女は来なかった。


その後も何度か足を運んでみたけれど、

雨さんの姿を再び目にすることはなかった。


きっと僕たちの縁は、それだけだったのだろう。


会えるときに出会い、

別れるときに別れる。


そう自分に言い聞かせた。


それでも、ほんの少しの期待が残っていた。

たまに時間ができると、僕は今でもあのバス停に座り、少しだけ時間を過ごす。


誰かとの再会を待つように。




「ふぅ、こんなに激しい雨は久しぶりだな」


僕は傘を閉じ、ベンチに腰を下ろして長く息を吐いた。


傘から滴る水が、すぐに足元で小さな水溜まりを作る。


僕の視線は、その水面に落ちた。


そして、止まった。


水面が微かに揺れる。

その映り込みの中に、ずっと恋しかったあの横顔があった。


僕は目を閉じ、

そしてゆっくりと開いた。


倒影はまだそこにある。


幻でも、夢でもなかった。


口角が自然と上がる。


僕は顔を上げ、隣に座る彼女を見た。


「……お久しぶりです」


静かに声をかける。


彼女は顔を上げ、僕を見た。


そして、優しく微笑んだ。


「ええ」


「また、雨ですね」



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

感想や見たいもの、誤字などがあればぜひ教えてください!

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