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9◇あやかし

9◇あやかし

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その日の夕刻、あやめは浅田家の裏戸からこっそり入り、井戸の水で手足と顔を洗った。

布袋に入れた狸は小屋にあった土甕に入れて蓋をしておき、自分の部屋に足音を忍ばせて戻る。

暫くすると用心棒4人と山守の2人が浅田邸に帰って来た。

山守別邸で用心棒の応急手当をし、一休みしてから戻って来た様だ。

山守の2人は用心棒を送り届ける為に浅田邸に寄って与三郎に簡単に報告した。


「浅田殿。今日の愛鷹山調査は大いに異変と呼べる事が起きたぞ。とりあえず用心棒の4人は非常に役に立った。彼らが居なかった我ら山守は帰って来られなかったかもしれぬ。詳しくは明日藩庁で報告するので昼までに用心棒殿達と来て欲しい。それと用心棒殿達にはご苦労であったと労って欲しい。」


山守はそう言って藩庁に戻って行った。

与三郎は用心棒の4人を邸内の三和土に案内し、桶に湯を汲んで汚れを落とさせた。

着物にはオオカミの返り血も着いていたので新しいものに着替えさせ、軽く手当されていた傷も再度湯で洗って傷に効く軟膏を付け、きれいな包帯を巻いておく。

いずれも医者に診せるまでもないと用心棒達は断ったので、飯を食べさせて旅籠まで送って行く。

明日の昼までには再度藩庁に報告に行く必要があるので迎えに行くと言い、その日は終わった。


あやめは暫く悩んでいたが、事が事だけに秘密にすると今後反って被害が大きくなると判断し、父、与三郎に全てを話すことにした。

これによりあやめの平凡な生活は一変するが、上を目指すからには目立つことが出来ると割り切った。


「お父様、いえ父上、少しお話が。」


「あやめ、呼び方を変えるということはかなり重要なことか。」


「はい。私の進退も含めて浅田家の立場も変わるかと。」


「叔父貴と吉右衛門も関わっておるのなら呼んでも良いか。」


「はい、私が呼んで来ます。」


あやめはそう言い、別室で今日の愛鷹山の事をあれこれ言っていた五郎左衛門と吉右衛門を呼びに行った。

山守がそのまま帰ってしまい、傷だらけで帰って来た用心棒も誰一人として語らなかったので、愛鷹山で何が起こったのかが全く分からなかったからである。


「大伯父様。吉右衛門様。父が呼んでおりますのでご同行願えますでしょうか。」


父与三郎の部屋に3人で戻り、輪になって座る。

与三郎があやめに目配せする。


「お呼びしたのは今日の愛鷹山での出来事です。」


「何故行かなかったあやめ殿がそれを話す。」


「実は、今朝夜が明ける前に私は愛鷹山の山麓の山守別邸まで行き、山守様と用心棒が出て来るのを陰に隠れて待ちました。半刻くらいして出て来られたので距離を空けて着いて行きました。」


「いやいや、言っていることが全く理解出来ない。あやめ殿は何故そんなことを。」


「はい。私には奇妙な力があり、今までは誰にも悟られぬ様に隠していました。実は遠くの気配を感じてその方角と数と種類も分かります。そして獣の後ろから気取られずに近づくことが出来る力があります。」


「ううむ。それが本当だとするとそれで今回の探索に関わったということか。」


「はい、そうなります。結論から申しますと、昨今の少人数で山中に入った者が帰って来ない原因はあやかしの狸のせいになります。」


「いやいやいや、それこそ気が触れたかと思うぞ。」


「詳しくお話しします。証拠の狸も一匹持って帰っておりますので後でお見せします。」


あやめはそう言い、持って来た矢立の筆で紙の束に簡単な地図を書き出した。

山守別邸から始まり、愛鷹山に至る曲がりくねった道を書き、途中で分岐を書いてその先に丸を付ける。


「まず山守様達はこの地図にある道を進み、この隠れた枝道を見ずにまっすぐ登って行きました。暫くすると急に山霧がかかり、この日は方角が分からないからと思われたのでしょう、引き返されて来ました。私は鉢合わせするのを避ける為に枝道の下まで下がっていましたが、山守様達は途中で地図には無い枝道の方に進んでおられました。私はそれを感じて後を着いて行くと、行く先にオオカミの大きい集団が待ち伏せしていることが分かったので、それの原因を探るとあやかしである狸の化かしであることが分かりました。ええ、何故それが私に分かったかは私自身にも説明が出来ませんので。そしてその化け狸を後ろから忍んで捕まえ、くびり殺しました。すると今まで濃くかかっていた山霧が急に晴れました。その後はそれに気付いたオオカミの群れが山守様達に襲いかかって行ったので、用心棒が立ち回りをしている後ろで首領と覚しき大きなオオカミを峰打ちで首の骨を折って殺し、その周辺のオオカミも同様に数匹殺しました。そうこうしていると用心棒達もあらかたオオカミを退治し、数匹が逃げて行くのが見えました。」


そこまであやめが一気に説明すると、3人は腕を組んで目を瞑り、暫し唸っていた。

暫くするとようやく五郎左衛門があやめに問いかける。


「それが本当だとする証拠はあるのか。」


「はい。その後山守様達は来た道を引き返されて行き、先ほど到着したと思います。私はそれから暫く山中に居て化け狸の気配を探ったところ、あと3匹居たので全てくびり殺しておきました。最後の1匹はその場で血抜きをし、布袋に入れて持って帰っております。裏の小屋の土甕に入れて蓋をしてありますので後でご覧に入れます。」


「その狸だけでは証拠とは言えまい。死んでおるのなら化かすかどうかも分からんし。」


「そうですね。こればっかりは山で化け狸を生きたまま捕まえてみないと分かりません。ただ、たとえ捕まえても人の手の内にある時に化かしをするかどうかは分かりかねますが。」


「ううむ。そしたらどうして山守殿や上役を納得させるのだ。」


「化け狸はあの4匹だけではないと思います。他の道筋沿いにも居ると思いますので、私を含めた今回と同じ様な人員で再度山に登り、山霧が出て来たら私が説明をしながら化け狸を処してみせましょう。」


「それしか証明する方法はないか。だが、お前はそれで良いのか。一旦知られてしまうと今のお前の立場一変するぞ。」


「それも含めて承知しております。反って、上を目指す武器として使えないかと思うぐらいで。」


「相わかった。その方向で進めよう。明日は少しずつ小出しにて藩庁で説明してみよう。全く分かって貰えるとは思えんが。」


「そこで一計を案じたいと思います。明日私も同席し、私を紹介していただくときに小さい頃から霊感が強くて幽霊を良く見ると。そして犬猫の幽霊も見えるが、触ろうとしても突き抜けてしまうなど。但し、突き抜けると消えてしまうのでそれ以降は出て来なくなるということにしていただけないでしょうか。」


「あやめは幽霊が見えるのか?」


「見えはしませんが、なんとなくの雰囲気は感じることが出来ます。それが愛鷹山の化け狸はかなりはっきりと普通の狸とは違う気配を出しておりましたので、感じる範囲での場所はすぐに分かりました。」


「そうか、分かった。明日はその方向であやめの事を山守様に話そう。」


その後、4人は屋敷裏の小屋に行き、土甕の中の袋を取り出して三和土の明かりの下で見てみたが、普通の狸との見かけ上の違いは全く分からなかった。


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