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3◇旅立ち

3◇旅立ち

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仕込み杖を手に入れたあやめは武家道場に出向いて扱いの練習を始めた。

秘密にしたいので他の門下生が帰った後に振る。

師範も仕込み杖は扱ったことが無いらしく、あやめと共にあれこれ試して半月ほどで自然に扱える様になった。

自然というのは杖として扱えるということである。

あやめの体力にまかせて、本来なら歩行の助けにする杖をまるで重量が遙かに軽いが如く扱う。

端部を地面に着ける時はそっと着け、鞘が割れない様にする。

端部は皮で補強はしてあるが、あまり地面に着けると擦り切れるだろう。


同時にあやめは出立の準備をしていた。

旅装束、行李、履き物。

特に履き物は拘った。

草鞋は足に密着して歩きやすいがすぐに切れる。

草履は丈夫だが歩きにくく立ち回りには向かない。

そこで草履を改造し、草鞋と似た固定方法にした。

雪駄止めと一般には言われているが、更にそれより強固な固定方法にした。

これは道場で色々動き回って改良し、師範もそれを見て真似をしていた。


一月後、あやめは出立する。

父親の与三郎が仕事休みの日の朝、旅立ちの挨拶をする。

母親のつばき、弟の昌之輔も見送る。

10歳になった弟はあやめによく懐いており、別れに際して目に涙を浮かべていた。


「こーら、昌之輔。男なら泣くんじゃない。姉は旅立つけどいつかまた戻って来る。それまで父上と母上を大事にね。」


「あやめ、くれぐれも立ち回らない様にな。叔父貴にもよろしく伝えてくれ。」


「あやめ、くれぐれも女らしいことを忘れない様にね。あなたが強いことは分かっているけど女らしさを忘れたら駄目よ。」


「お父様、お母様、ご心配をおかけしない様に頑張ります。ではお達者で。昌之輔も元気でね。」


そう言い、あやめは17年過ごした生家を後にした。

享保元年(1716年)長月(9月)、徳川吉宗将軍即位の年であった。


―――――――――――――――――――――――――――――


あやめの旅路はいたく順調であった。

長月(9月)という季節も丁度良く、まだ少し汗ばむが日照りで体に堪えることもなかった。

沼津から江戸までの距離は約33里(約130km)、歩いて5日もあれば到着する。

東海道の途中で箱根の山を越え、ゆっくり歩いたので足ズレもせず5日目の昼に江戸の沼津藩邸に到着した。

関所は父親が関所手形を用意してくれていたので何事もなく通れた。

仕込み杖については怪しまれることもなく、軽い杖と思われた様であった。


沼津藩邸の近くの町屋で大叔父の浅田五郎左衛門宅を聞き、途中の蕎麦屋で一杯食べてから向かう。

到着したのはまだ日も高い内だったので大叔父宅の奉公人に取り次ぎを頼む。

暫くして出て来たのは五郎左衛門の妻のときであった。


「まぁま、あなたがあやめちゃんね。甚五郎さんからのお手紙にしょっ中書いてあったわよ。よく来たわね。」


「大叔母様、初めまして。父の与三郎からこちらにごやっかいになる様に言われております。何でもしますからお役目を頂けたらと思います。」


「そんなに遠慮することはないわよ。孫だと思うから存分に甘えてちょうだい。」


そう言って、ときはあやめを屋敷に上げて茶を出した。

奥には大叔父の息子の吉右衛門の妻のたつも居たので挨拶を交わす。

大叔父の五郎左衛門は正職はもう離れているが、後進の教育の為に臨時として藩邸通いをしているとのことだ。

仕事は息子の吉右衛門が既に引き継いでおり、孫の与次郎も見習いとして同伴していた。

与次郎は17歳であやめと同年齢になる。

与次郎の3歳下の妹のさよは町中の塾に通っているとのことだ。


夕方になり、出ていた者が帰宅すると俄然にぎやかになる。

大叔父の五郎左衛門はあやめを歓迎し、甚五郎の話に暫し昔を懐かしむ。

その後、従叔父に当たる吉右衛門とその息子の与次郎、娘のさよとも挨拶をする。


「浅田与三郎の娘のあやめと申します。暫くの間、お世話になります。至らない所もあるかと思いますが、よろしくお願いします。」


あやめは五郎左衛門に父与三郎からの添状を渡す。

暫く読んでいたが、顔を上げると信じられないものを見る目であやめを見た。


「これは本当か。にわかには信じられないが、我が家なら何とか出来ようぞ。うむ。急な話だがあい分かった。」


五郎左衛門は振り返り、家族にあやめの目的を話す。


「このあやめは文武両道を熟し、幕府要職を目指しているらしい。実力を見てやってくれと与三郎の文に書いてあった。」


「それなら私が相手をしましょう。年も同じだし、実力も負けるとは思いません。」


与三郎があやめの目標を聞き、しかも同年齢であると聞いて俄然負けん気を出した。

自身も父吉右衛門に付いて藩邸通いをし、学問もそれなりに熟してきたつもりだ。

剣技も藩邸に併設されている道場でかなり鍛えられている。

あやめは女にしては背が高いが、それほど筋力がある様には思えない体格に与三郎は負ける気はしなかった。


「今日はもう遅い。これから夕飯を食べると外は真っ暗だ。試合をするなら明日藩邸に一緒に行って、向こうの道場でやりなさい。」


祖父の五郎左衛門がそう言い、この日はあやめの歓迎として少しおかずが多めの夕餉となった。

食後にあやめは邸内の空き部屋に案内され、ここに居る間は自室として使う様に言われる。

その後風呂に案内され、部屋に戻ると奉公人が布団と枕を持って来て敷いてくれた。

明日は五郎左衛門、吉右衛門、与次郎と共に沼津藩邸に行く。

故郷では父与三郎には藩の仕事場には連れて行って貰ったことはない。

もっぱら父が借りて来てくれる本だけが藩との接点だった。

それが明日は藩邸とは言え、仕事場に入れるのだ。

あやめは少し興奮していた。

「私」はいつまでも寝ないあやめの神経をなだめ、眠りに着ける。

「私」は甚五郎の記憶もあるので藩仕事も十分に分かる。

明日はどれくらいそれを出してみようかと思い、私も興奮という概念が少しだけ分かった。


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