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10◇化け狸

10◇化け狸

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次の日の昼前に五郎左衛門、吉右衛門、あやめの3人は旅籠で用心棒の4人を連れて藩庁に出向き、山守の部署に行く。

山守には上役の北山、昨日愛鷹山に登った坂田と東山が居た。


「浅田殿。待っておりましたぞ。昨日のことを北山様の前で用心棒の方々から説明していただきたい。」


「分かり申した。佐伯殿、後藤殿、島本殿、新渡戸殿。昨日の出来事をあなた方の口から話してくだされ。」


「では、拙者から。昨日は山に登っていたら急に濃い霧がかかり、日の差す向きで方角が分からなくなると言われたので皆で引き返しておりましたらいつのまにか枝道に逸れておりました。その先に行くと更に濃い霧が立ちこめ、そこで急に霧が晴れました。そうすると道の先からオオカミの群れが襲いかかって来たので我ら用心棒が応戦しました。暫く応戦していると急にオオカミの群れが逃げ出したので我々全員が助かったという訳です。」


用心棒の佐伯が代表して話すと、他の3人も頷いた。

そして、昨日同伴した山守の坂田と東山も同意した。


「ふむ。坂田と東山の話とも符合するな。いかにも死の山と言われた不気味な出来事だ。そんなに都合良く霧が出たり消えたりするものか。」


山守上役の北山が愛鷹山の別称を言って疑問を投げかける。

そこで五郎左衛門が昔の言い伝えを語る。


「山守様、昔から愛鷹山には人を呼び寄せて喰ってしまうという怪異が居るという噂があります。ただ、大人数で行くと全くその様なことは起きないので、その怪異は少ない人数の時だけ喰らうとも。今回、6人でしたのでその少ない人数に当てはまり、襲われましたが腕の立つ用心棒のおかげで無事撃退出来たということでしょう。ただ、襲って来たのはその人を喰らうという怪異ではなく、オオカミの群れでしたので霧を出した怪異とオオカミは通じておるのやもしれません。」


「ふぅむ、人が帰って来ないのはオオカミの群れに喰われていたということか。ではその霧を自在に出し入れ出来る怪異とはどの様なものなのか。」


「化かすと言えば狸と狐が居りますが、ひょっとしたら狸がオオカミの縄張りで機嫌取りをして人を迷わせて食わせたのかもしれません。あいや、これは私の勝手な想像でござるが。」


「狸にそれほどの知恵があるのか?まぁあるから化かすのだろうが。」


「その件につきまして、ひとつ案が御座ります。私の孫であるこのあやめは小さい頃から霊感が強く、ときおり幽霊などを見ることがあるそうです。特にお盆辺りになるとその頻度も増えるとか。犬猫の幽霊というのも居るそうで、手で触れようとも突き抜けてしまうらしいです。」


「それが愛鷹山の怪異とどう繋がるのだ。」


「はい、愛鷹山にはもう何カ所か上れる道がありまする。そこに今回の6人に加え、あやめも同行するのはいかがでしょう。もし前回と同じ様なことが起きるなら、あやめがその化け狸の居場所を見つけて殺せば前回同様霧が晴れるやもしれません。」


「ん?あやめ殿が化け狸を殺すとな?」


「そうです。実はあやめは幼い頃から道場に通い、今では師範代を名乗れる程になっております。あやめにも刀を持たせておけば、化け狸の気配を察して切ることが出来ましょうぞ。」


「そういうことか。なるほど、いくら腕が達者でも見えなければ切れないか。相わかった。次はそうしてくれ。」


「承知致しました。ではc様と次の愛鷹山に向かう算段を致しまする。」


こうしてあやめの希望どおりの方向に話は進んで行った。

坂田と東山は用心棒の傷が癒えるのに10日ほど間を空け、次の愛鷹山深入りをすると言った。

その日は追って与三郎に伝えるとし、今日はこれで帰宅せよとのことだった。


10日後の早朝、傷の癒えた用心棒4人と共に山守の2人とあやめの姿が山守別邸前にあった。

あやめは旅装束に脚絆を付け、草履に紐掛けして足下を固めている。

腰には浅田家の予備の刀を差し、手甲も付けていた。

刀は少し短めの小太刀を選んでいた。

前回森の中で振り回すにはこれくらいが丁度良いと感じていた為である。


「では、参ろうか。」


坂田が声をかけ、一行は愛鷹山に登り始めた。

今回の道は前回より東よりの入り口から入る。

地図の上では前回の道とはかなり離れた所を通っている様に描かれていた。


暫く登ると、あやめは枝道に気がついた。


「坂田様。こちらの枝道が見えますでしょうか。」


「うむ、そう言われると枝道があるな。言われるまで気がつかなかった。皆の者はどうだ。」


坂田がそう振ると、他の同伴者は皆首を振った。


「私はこの枝道を気配で感じて見つけました。そういうことなら既に化け狸の配下にあるのやもしれません。この先霧が出ましたらそこで引き返しましょう。」


「うむ。それも前回と同じだな。あい分かった。あやめ殿の言うとおりにしよう。」


実はあやめはその枝道の先に化け狸とオオカミの群れを微かに察知していた。

しかし、今それを言うとあやめの能力がとんでもないものとされてしまうので、前回と同じ様な経路を辿らせる。

暫く登るとやはり霧がかかって来た。

そこで坂田はあやめに確認し、引き返すことにする。

先頭をあやめが歩き、枝道の所に着いた時点で皆に話す。


「この道、どう見えますでしょうか。元来た道が掠れて見え、枝道の方がくっきりと見えませんでしょうか。」


「そう言われるとなるほどはっきっり分かるな。ならば言われなかったら枝道の方に行くという訳か。そして、その先に化け狸とオオカミの群れが舞っていると。」


「おそらく。それを確認する為に山守様を真ん中に挟んで枝道を進んでみましょう。私が先行します。」


「大丈夫か。」


「はい、恐らく先に化け狸を先に処しませぬと霧が晴れませぬ。霧が晴れないままオオカミの群れに遭遇するとかなり不利になりますので、やはり私が先行します。」


坂田と東山は半信半疑のまま頷いた。

用心棒の4人もそれに従う。

あやめは先行し、ゆっくり進んで行く。

暫くすると後ろを振り返り、口に指を当てて静かにする様に示し、手を広げてここで待つ様に手振りする。

あやめが少し進むといきなり霧が濃くなり、後ろの6人からあやめの姿が見えなくなる。

化け狸の位置もオオカミの群れの位置もあやめには手に取るように分かる。

そこであやめは一気に化け狸の元に走り、前回同様無音でくびり殺した。

すると霧がすぐに晴れ、枝道の先にオオカミの群れの姿が見えた。

あやめは素早く枝道に戻り、用心棒に叫ぶ。


「オオカミの群れあり。用心されたし。」


次の瞬間、オオカミの群れはあやめの声のする方に走り出す。

きっかけを作った方が迎え撃ちやすいのであえて大声を出した。

用心棒は全員刀を抜き、山守の前後を固める。

あやめはオオカミの先陣の首筋にすれ違いざまに小太刀の峰を叩きつけて折り、すぐに枝道から逸れて首領を探す。用心棒の視界から消えてオオカミの群れの横に回る。

「私」がオオカミの感覚に干渉してあやめの姿は捉えられていない。

そうしてすぐにオオカミの首領の元に近寄って首の骨を叩き折った。

その周辺のオオカミも感覚干渉で易々と討っていく。

5匹ほど倒した後に用心棒の方に戻る。

用心棒は4匹のオオカミの相手をしていた。

あやめが後ろからオオカミを一匹倒すと残りの3匹は動揺し、その隙を突いて用心棒が一気に斬り殺した。

今回は用心棒は殆ど傷を負っていない。


「いやいやいや、信じられません。前回と全く同じことが起きるなんて。しかし今回はあやめ殿が加わっている。これはどうしたことなんでしょうかね。」


山守の2人はあやめに説明して欲しそうな笑みを向ける。

あやめも笑みを返し、今は説明出来ないと言う。

霧の晴れた枝道を全員で進むともっと説明に困ることがあった。

6匹のオオカミが首の骨を折られて倒れていたのである。

あやめは少し道を外れてすぐに戻る。

手には狸の死体を掴んでいた。


「これが化け狸です。最初にこれを見つけて後ろから忍び寄り、捕まえてくびり殺しました。するとすぐに霧が晴れたのでこれが化け狸で間違いないと思います。」


「いやー、なんでこんなことに。このオオカミはあやめ殿が倒したのですか。」


「はい、そうなります。私は山の生き物に対して気配を消せる力があります。これで正面から見えていなければ死角から容易に近づけ、刀の峰で首の骨を折ります。むやみに切りつけるよりも首の骨を狙って折る方が簡単ですね。」


このあやめの説明に全員顔が引きつっていた。

この様なことが出来る藩士がどれほど居るというのか。

それをこの若い女が一人でやってしまう。

あやめは皆の反応に少し恥ずかしそうにし、狸とオオカミは1頭ずつ持って帰るかと聞く。

山守は2人で相談し、用心棒に血抜きをして1匹づつ持って帰る様に指示した。


その後7人で藩庁に戻り、待ち構えていた上役の北山と中庭に行く。

五郎左衛門と吉右衛門も待っていたので一緒に行く。

そこで狸とオオカミの死体を並べ、坂田と東山が説明をする。


「いやー、起きたことは前回と同じなんですが、今回あやめ殿の存在がはっきりと浮かび上がりました。ひょっとして前回もあやめ殿が関わっていたのではないですか。」


あやめはついにこの時が来たかと五郎左衛門に目配せすると、頷き返されたので話しだす。


「実は前回も仰るとおり、私が関わっていました。前回は夜明け前に山守別邸の横で皆様が出られるのを待ち、後を着いて行きました。感づかれない様にかなり離れて行きましたので皆様気付かれていなかったと思います。その後、霧が出て引き返され、枝道の方に誘われて少し進んだところで霧が濃くなったと思います。その時私は枝道から外れた所に居た化け狸を忍び寄ってくびり殺し、同時に濃い霧が晴れました。後は姿を見せない様にオオカミの首を折って回っていました。」


そこで今度こそ全員が顔を引きつらせて絶句してしまい、暫くは誰も言葉を発しなかった。

その沈黙に耐えられなくなったあやめは言い訳めいたことを言う。


「前回は何も言わずに勝手なことをして申しわけありませんでした。あの後、父と大叔父に叱られてしまいまして。」


いやいやいや、それを知ってて今回のこの茶番をしたのかと山守の3人と用心棒の4人は五郎左衛門と吉右衛門を睨む。

五郎左衛門は慌てて言い訳をする。


「いやいや、こんなことを素直に言っても誰も信じてくれる訳はないでござろう。ならばあやめが言うとおりに違う道で皆様の目の前で再現すれが一番納得がし易いと思いまして。」


「まぁ、そういうことにしておこう。これで別段罰がある訳でもないしな。むしろ報償を与えねば鳴らぬが、題目をどうするかだな。」


「そうですね、まさか化け狸退治報償なんて出したら上の方から何と言われるか。」


山守の3人は暫し相談するから今日はこれでお開きと言って用心棒を旅籠に帰す。

帰す前に今回の事はくれぐれも口外無用と釘を刺す。

破れば報酬を全て引き上げると脅す。

用心棒の4人はあやめの方に視線を向けながら皆頷いた。


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