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第8話 火と水の関係

「コンラート兄さん? どうしてここに」


 ラディの二つ年上の実兄であるコンラート。

 髪の色こそ違うが、顔立ちはひと目で兄弟とわかるほどよく似ていた。


 ただし、全体から受ける印象は正反対だ。

 生来の「陽」の雰囲気を持つラディに対し、コンラートは鬱屈した「陰」の気配をただよわせていた。


「父上も母上もお優しい方で、そこのメイドもお前に従順だからな。兄として俺がはっきり言ってやろうと思ってな」


 コンラートは勝ち誇った笑みを作って言った。


「呪われた火の魔法の訓練なんかしてどうするつもりだ? まさか外で披露するつもりじゃないよな? そんな真似をしでかしたら、ただでさえ傷がついたフォーマルハウトの家名がいよいよ地に落ちる。聡明なお前が思い至らないわけはないよなぁ?」

「言いたいことがあるならはっきり言ってくれないか、兄さん」

「いいぜ、言ってやるよ! お前の人生はもう終わりなんだよ、ラディスラフ! いいかげん現実を受け入れて大人しくしていろよな! それが『呪われし者』にできる唯一の善行だろっ!」


 一気にまくし立てて高笑いする。

 その口ぶりと態度には、ラディに対する積年の嫉妬と怨念が十二分にこめられていた。


 コンラートとラディスラフ。この兄弟がまともな会話を交わしたのは、実に数年ぶりのことだった。

 典型的な、不出来な兄と優秀な弟の関係。

 勉強全般は当然として、ラディは真面目さ、勤勉さ、社交性、コミュニケーション能力、要領の良さ、乗馬や狩猟といった趣味の分野に至るまで、ありとあらゆる要素で兄を圧倒する優秀さを誇っていた。


 ただし、兄弟の関係は険悪とは少し違う。

 コンラートは劣等感が刺激されるため極力ラディとの関わりを避け、ラディもまたコンラートを歯牙にもかけず気にも留めなかったのが実情だ。


 儀式の日、大聖堂に参観を欠席したのもそのためだ。

 日陰者の兄に対し、日の光を一身に浴びる弟。

 フォーマルハウト家の跡取りにしても、早い段階で事実上ラディに内定していた。


 しかし、先の儀式の日を境にすべては一変してしまった。

 口にも態度にも決して出さないが、父も祖父も一族の有力者たちも「次期当主はコンラートでやむなし」という考えに切り替えたことは明らかだった。

 屋敷で働く使用人たちもその空気を敏感に感じ取り、同様の噂話に花を咲かせている。

 コンラートが息を吹き返したように増長するのも無理からぬことだった。


「言いたいことはそれだけか?」


 俺はため息をついて言った。


「……なに?」

「訓練の邪魔をしないでくれ。兄さんと違って俺にはやるべきことがあるんだ」

「お前っ……! 話を聞いていたのか! 迷惑だからやめろと言っているんだっ!」


 いきり立つコンラートに対し、俺はつとめて冷静に言い返した。


「あんたの迷惑なんて知ったことか。これ以上話しても時間の無駄だし、いいかげん失せてくれないか」

「ああ、そうかよ。よくわかった。そんなに訓練がしたいんならこの俺が付き合ってやる!」

「なんだって……?」


 思いがけない展開だった。


「魔法戦だよ。ほら、実戦に勝る訓練はないってよく言うだろ?」


 俺の魔法はまだ未熟もいいところで、とても実戦投入できるレベルにない。

 だがコンラートを黙らせるには勝負に付き合うしかなさそうだ。


 それに、言っていることも一理あった。

 実戦に勝る訓練はない。多くの魔導書に定型文のごとく書かれている文言だった。


「いいぜ、やろう」


 決断して、答える。


「俺が勝ったら、二度と邪魔をしないと誓ってもらうぞ」

「もちろんだ。俺が勝ったら、二度と魔法を使わないと誓うのと――」


 コンラートはにたりと笑って、俺の傍らに立つエルを指さした。


「そこのメイドをもらうからな」

「なっ……! 待てっ、エルは関係ない――」

「構いませんよ」


 従者としての立場をわきまえ黙していたエルが、いっさいの躊躇なく答えた。


「お、おいっ、エル!」

「大丈夫です。ラディ様が必ず勝つと信じていますから」


 とびきりの笑顔で言うが、目がまったく笑っていない。

 ラディの記憶によると、これはエルがガチギレしているときの顔だった。

 よってその判断は、売られた喧嘩を買ったにも等しかった。


 エルは総じて非凡なメイドだが、いかんせん直情径行なのが玉に瑕だった。

 加えてラディを過大評価しすぎているし、コンラートを過小評価しすぎている。

 いずれにせよ、これで俺は勝つしかなくなった。


「いいね、それじゃさっそく始めようか!」


 コンラートが喜び勇んで言う。


「ルールは?」

「まさか兄弟で殺し合いをするわけにもいかないからな。降参したほうが負け、でいいだろう」

「ああ、それで構わない」


 同意すると、エルが俺たちのあいだに立って言った。


「ラディスラフ様、コンラート様。お二方の勝負、僭越ながらわたくしが立会人を務めさせていただきます」


 一礼して身を引く。

 俺とコンラートは五メートルほどの距離を空けて向かい合った。


 コンラートは先端に魔石をはめこんだ杖を携えている。

 魔道具店で売っている既製品ではなく、職人に発注して作らせた華美な造形のオーダーメイド品だった。


「よろしいですね? 魔法戦、開始でございます!」


 エルの号令と同時に、俺は右の掌に炎を生み出した。

 対するコンラートは棒立ちしたまま行動を起こそうとしない。


「はっ! 本当に火が出るんだな。我が弟ながらまったくもっておぞましい限りだ」

「構えないのか、兄さん? 魔法戦はもう始まっているぞ」

「先に撃たせてやるよ。魔法じゃ俺のほうが圧倒的に上だってことを教えてやる」


 見えすいた安い挑発だが、俺はあえて誘いに乗った。


「――『ファイア』!」


 一歩踏みこみ、ただ一つ修得している直線上に炎を放射する魔法を発動する。

 それを見てコンラートも杖を突き出し、短く唱えた。


「――『水流』よ!」


 ズオッ! 掌の前に水球が現れたかと思うや、かなりの勢いで噴射された。

 水流は俺の火炎と正面衝突し――ジュッという音を立てて一方的にかき消した。


「っぅ……!」


 そのまま俺に直撃。

 とっさに腕で防御したが、水流は俺をよろめかせるほどの威力があった。

 魔力ではなく、水の質量と運動エネルギーによる物理的なダメージが大半だ。


 この世界の人間は生まれながらにして魔力を持ち、他者の魔法に対する抵抗力を備えている。 

 ゲームでいうところの「魔法防御力」であり、これは各人の魔力量に比例する。


 いっぽう魔法攻撃力のほうは、魔力量よりも技術や発想による影響を大きく受ける。

 そういった仕組システムがあるため、人を殺傷せしめる威力の魔法はそう簡単には習得できない。


 ただし、属性魔法だけは話が別だ。

 水や風、土石や雷といった自然物を生成して操るという性質上、自動的に物理ダメージが発生する利点を持っている。


 熟練者が使えば容易に人を死に至らしめ――未熟者が使ってもそれなりの攻撃力を発揮できる。

 コンラートはまさにその恩恵を享受していた。


「はははっ、ずぶ濡れだなラディ。いいざまじゃないかっ!」


 余裕の笑みでコンラートはつづける。


「それにしても、運命なんてものがあるとしたらよく出来ているよな。俺がこの『水』の魔法を授かったのは、身内に現れる呪われた火を鎮めるためだった。お前もそう思わないかっ?」

「……たしかに、これも『運命』なのかもな」

「ふんっ、だったら潔く受け入れろよ」

「とっくに受け入れてるさ。その上で乗り越えてやるつもりだからなっ!」


 気合を入れ直し、再び右手に火を生み出そうとする。

 が、上手くいかない。

 掌が濡れているせいか、着火したと思ったとたんに消えてしまう。


「――『水流』よ!」


 その隙にコンラートの第二撃が放たれ、俺はまたもや直撃を被る。

 今度は衝撃に片膝をつくはめになってしまった。


「火は水をかけたら消えるし、いちど湿気ったらそう簡単には点火しない。知らなかったのか? だったら少し賢くなれたな! あっはっはっは!」


 現代日本であれば小学校低学年レベルの知識。

 だが、火が日常から徹底的に排除されているミスカリアでは、意外と知られていないことだった。


 おそらくコンラートはラディが呪われた火の適性を得たと聞き、ここ数日で色々と調べたのだろう。

 そして気づいた。水属性の適性を持つ自分は万が一にも負けることはない、と。

 だから今日、積年の鬱憤晴らしを企図して意気揚々と現れたに違いない。


「……意外と大したことはないな」


 立ち上がりながら俺は言った。


「二年も先行してるくせにこの程度なんて、まともに訓練してなかっただろ、兄さん」

「黙れよッ!」


 水流がみたび俺を撃った。

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