第5話 儀式の日
魔法は日常に根ざし、生活の様々な場面で役立てられていた。
魔石を基盤とする生活魔法は人を選ばず、誰が使ってもまったく同じ効果が期待できる。
対して、儀式を経て習得する固有魔法は人によって千差万別で、その効果もピンからキリまである。
魔法文明社会では当然、固有魔法の希少価値や有用性が人の評価に直結する。
「社会的地位=生まれ×魔法」と考えるとわかりやすいかもしれない。
貴族の子女が固有魔法で当たりを引けば、これは鬼に金棒だ。成功しないほうが難しい。
食うに困るレベルの貧民でも、魔法の適性によっては一発逆転を狙える。
逆もまた然り。貴族でも外れを引いたら人生設計に支障が出るし、貧民だったらそれこそ目も当てられない。
魔法適性に外れは多い。
だが「最悪」は一つしかなく、滅多に引かれることはない。
それこそが「呪われた火」であり、ラディの宿命だった。
一六歳の誕生日。ミスカリアに生まれた者にとって、自身の運命を知ることになる儀式の日だ。
フォーマルハウト家が屋敷を構える竜都アルカトニス、その中心部に建つ王立魔導協会の大聖堂に俺はやって来ていた。
中にはラディと同じく、今日で一六歳となった少年少女たちが集まっている。
全員が正装しており、数は五〇〇人少々。着席して整列し、順番を待っていた。
名前を呼ばれた者は祭壇に赴き、聖体である結晶体「竜涙」に手を触れさせる。
すると透明な「竜涙」内部に魔法反応が生じ、自身の適性が判明するという仕組だ。
俺はざっと周りを見渡す。
誰も彼も緊張し、期待と不安が綯い交ぜになった顔をしている。
とりわけ名門貴族の子女たちはプレッシャーが大きく、不安の色合いが強い様子だった。
それは二階バルコニーの観覧席から儀式を見守る家族たちも同様だ。
今日はラディの両親とエルも参観していた。
俺は小さく嘆息する。彼らがこれから味わう気持ちを考えると、他人事ながらいたたまれなかった。
儀式が進行していく。適性が判明した際の反応は十人十色だ。
歓喜の声を上げる者、ほっと胸をなでおろす者、落胆して肩を落とす者、どう受け止めたらいいか困惑する者――
「ラディスラフ・フィーリプ・ヘルフリート・デア・フォーマルハウト」
ついにラディの名が呼ばれたので、俺は返事をして席を立った。
(この方式、なんだか卒業式みたいだな)
祭壇へ移動する間ふと考え、言いえて妙だと皮肉に思った。
位置づけとしては魔法の世界に「入学」するための儀式だが、ことラディに関しては違う。
順風満帆な人生から「卒業」を意味する儀式となってしまうのだから。
俺は一度も立ち止まることなく祭壇に上がり、「竜涙」に手を伸ばした。
心の準備は必要ない。覚悟はとっくにできていた。
「竜涙」に触れ、意識を集中する。運命の歯車を自らの意思で回す。
直後、「竜涙」の中で赤々とした炎が燃え上がり――聖堂が悲鳴一色で満たされた。
呪われた火。
人々からどれほど忌避され嫌悪されているのか、俺は身を持って実感した。
「嘘でしょ、あれ……!」
「なんて禍々しいんだっ……!」
「な、なあ、あれってフォーマルハウト家の御曹司だよな……?」
「マジかよ、よりにもよって大貴族二十一家から出ちまうなんて……」
「み、みなさん静粛に! 大事な儀式の最中ですよ!」
注意をうながす協会員もまた動揺を隠しきれていなかった。
俺はそれらの声を受け止めつつ、右手に小さな炎を生み出し、すぐに握りつぶした。
やり直しは効かない。ひとたび確定した適性は生涯不変だ。
自身の一部として嫌でも付き合っていくしかない。
呪われていようがなんだろうが、俺の武器はこの火の魔法しかないのだから。
俺が祭壇から降りて椅子へ着席すると、今度は打って変わって静寂が満ちた。
次の者の名が呼ばれるまではしばしの時間を要するほどだった。
そうして異様な雰囲気の中、どうにか最後の一人まで進行して儀式は終了した。
大聖堂から退出する際も、もちろん俺は注目の的だった。
誰もが俺を避け、目を合わせようとせず、歩き出せば人波の中に道ができた。
その扱いは予想通りで気にならなかったが、貴族専用の控室でラディの家族と顔を合わせたときはさすがに居心地が悪かった。
父は深い失望をありありと浮かべ、母は恐怖の念を隠しきれていなかった。
だが二人とも根が善人で、なによりラディを心から愛していたのだろう。
負の感情を拭い去ると、俺にやさしく語りかけてくれた。
「これだけは言わせてくれ。この先なにがあっても私たちはラディの味方だ」
「ええ、そうよ。だってあなたは、かけがえのない大切な息子ですもの」
「父上、母上、感謝いたします……!」
心からの言葉に俺もまた真摯に応えた。
「ひっく、うぅっ、ラディ様ぁ……!」
エルはずっと泣きじゃくっていた。
「おいおい、どうしてエルが泣くんだ?」
「だって、だって、こんなのあんまりです! ひどすぎますっ! どうしてラディ様がこんな目に遭わなくちゃいけないんですかっ……!?」
「仕方ないんだ、エル。これが俺の運命だから、受け入れて先に進むしかない」
言いつつ俺は内心、意外の念に打たれていた。
まさか自分の口からこんな前向きな言葉が出てくるとは、ちょっと前までは想像もできないことだった。
「ラディ様は……おつらくないんですか?」
「それほどでもない。けど、泣いてるエルを見るのは正直言ってつらいな」
俺は胸ポケットからハンカチを差し出した。
「ラ、ラディ様、そんなっ……!」
エルは最初は固辞したが、俺に押し切られる形でハンカチを受け取った。
涙を拭いつつ、
「……申し訳、ありませんでした。侍従の身でありながら、お見苦しい姿をさらしてしまって。わたくしはもう、この件では二度と泣かないと誓います。それとラディ様、これだけは言わせてください」
泣き腫らした目で俺を真っ直ぐに見つめてエルは言った。
「たとえ呪われていたとしても、わたくしはこれからもずっとラディ様にお仕えいたします。お許しいただけますかっ……?」
「もちろんだ、エル。これからもどうか俺を支えてほしい」
俺はエルの頭をなでて言った。
希望はある。運命はきっと変えられる。
それがどれだけ辛く険しく困難な道でも、突き進むのみだ。
この呪われた火とともに。
◇◇◇
大聖堂からフォーマルハウト邸に戻った後、俺はさっそく魔法の訓練を開始した。
大貴族二十一家に数えられるフォーマルハウト邸は広大な敷地を有しており、適当な空き地は簡単に見つけられた。
噂が広まるのは早い。
魔法適性は人生を左右する一大イベント、という事情もあるのだろう。
帰宅した時点で、屋敷に勤める使用人たちの俺を見る目が変わっていた。もちろん悪い方面に。
以前の俺、現代日本にいたころなら耐え難い仕打ちだったが、自分でも奇妙に思えるほど心は平静だった。
人間、覚悟が決まると他人の目など気にならなくなるのだろう。
「まずは試してみるか」
火葬の死使徒ラディスラフを代表する技である『火走』の発動を試みる。
脳内にコントローラーを具現化し、そのボタンを押しながら右腕を振り上げる。
予想通り不発。手の平に小さな炎が出現するのみだった。
当然ながら、死使徒状態とは圧倒的な実力差がある。
今のラディの魔法は生まれたばかりの赤子同然だった。
それでいい。ラディを一から育て直すことが俺の計画の骨子なのだから。
魔法の鍛錬方法についてはラディの記憶から学習済みだった。
必要なのは日々の基礎的な反復練習。
それと同系統の魔法に関する文献――魔導書を読み漁ることだった。
残念ながら魔導書には頼れない。
ミスカリアに一冊たりとも存在していないからだ。
火の魔法は人々から忌み嫌われている上、希少性がとてつもなく高い。
適性を得る者は数十年に一人ととみに少なく、呪われた魔法をあえて極めようとする狂人にいたっては皆無だった。
「俺がその第一号ってわけだな」
無い物ねだりをしても仕方ない。
まずは地道に反復練習を重ね、基礎を固めていく。
そうして俺の試行錯誤の日々が始まった。




