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第4話 セカンドプランとマスタープラン

 それらに対する救済措置がこの海中時計というわけだ。


 ゲーム内で不死者が使用した場合、特定の過去にしか戻れない。

 だが俺が着目したのは「強く念じることで望んだ過去が実体化する」という説明だった。


 不死者=プレイヤーは、アイテムやイベントを回収することを強く念じて海中時計を使う。

 ならば俺はなにを念じ、なにを望むのか? 

 答えは「再ビルド」だ。


 俺は手にした海中時計をラディスラフの額に触れさせる。

 強く念じると、海中時計の流体の針がゆっくりと逆回転を始めた。


 しだいに周囲の景色がゆらぎ、時間の感覚が曖昧になる。

 時計の針が加速する。一分、一時間、一日と、時の流れが逆行していく。

 そして俺の意識は「どこか」へと――いや「いつか」へと流されていった。


        ◇◇◇


 ビルド、という言葉について説明しておこう。

『ダムドファントム』ではレベルアップ時、上昇させる能力値をプレイヤーが任意に選択できる。

 もちろん均一に割り振ることも可能だが、特定の能力に特化させたほうが強くなる。


 たとえば筋力に特化させ、巨大な武器を両手持ちで振るう重戦士。

 たとえば技量に特化させ、軽量な武器を二刀流で振るう軽戦士。

 たとえば知力に特化させ、様々な魔法を駆使して戦う魔導師。


 ビルドとはこういった育成方針と最終的な装備構成を指す。

 つまり再ビルドとは「一からやり直す」という理解で正しい。


「はッ――!?」


 突如、俺は目覚めた。

 投げ出されるような衝撃をともなった覚醒。それは急ブレーキをかけた時の感覚に酷似していた。


 視界に映ったのは、いかにも金をかけていそうな立派な天井。

 俺が仰向けになって寝ていたのはこれまた豪華なベッドだった。

 寝室は広々としていて、家具や調度類はひと目で高級と分かるものばかりだ。


「成功……したのか?」


 服装も変わっているが、右手には海中時計がしかと握り締められていた。

 俺はベッドから跳ね起き、最寄りの窓に駆け寄ると、カーテンを払って窓を開け放った。


 やわらかな朝の日差しと、澄み切った青空。

 吹きつけるさわやかな風と、鼻腔を満たす清浄な空気。

 色とりどりの草花と、耳朶を打つ心地いい小鳥のさえずり。

 眼下の庭で朝から働く、屍人でも半霊体でもない生きている普通の人たち。


 どれもこれも『ダムドファントム』の世界からは失われたもの。

 それらが復活した? 違う、失われる前に戻ったのだ。


「成功だッ……!」


 俺は喝采の声を上げ、今度は室内の姿見の前に移動した。

 見慣れない、初めて目にする姿が鏡に映った。

 金髪で、整った顔立ちの少年。

 身につけているのは仕立ての良い、おそらく絹製のナイトウェアだ。

 もはや疑いの余地はなかった。


「はじめましてだな、ラディスラフ」


 鏡に映る顔に向かって俺は呼びかけた。

 ここは――今は、ラディスラフが死使徒化する以前の過去の世界だ。

 そう確信した直後、脳内に情報が洪水のごとく流れこんできた。


「っぅ……!?」


 額を抑えて俺は呻く。情報の正体はラディスラフの記憶だった。

 彼の一六年ぶんの人生が圧縮され脳内に焼きつけられる。


 あらためて鏡を見る。死使徒化する前のため、肌の色も質感も人間の範疇を逸脱していない。

 顔立ちは俺の知るラディスラフよりも何歳か幼かった。


 死使徒化すれば肉体の成長および老化は停止する。

 そこから逆算すると、今はミスカリアが瘴気に覆い尽くされる三、四年前だと考えられた。

 正確な年代は分からない。『ダムドファントム』の作中で年表が明示されることはないためだ。


 ともかく俺は賭けに勝った。これで「再ビルド」計画を進められる。

 まず手をつけるべきはラディスラフの育成。一から鍛え直し、従来とは比較にならないほど強化して不死者との決戦に備える。


 もちろん、いくら強くなろうと不死者の復活までは阻止できない。

 単純な強さだけでは運命システムの壁は超えられまい。

 だが、何百何千回と返り討ちにしてやれば――どれだけ装備やビルドを変えても勝ち筋が見出だせなければ、いずれ心が折れるはずだ。


 ゲームは必ずクリアできるように、プレイヤーが勝てるように設計されている。

 ただしプレイヤーが「こんなクソゲーやってられるか!」とコントローラーをぶん投げたら話は別だ。

 ハードの電源を切り、ソフトをアンインストールし、不快な思い出とともに記憶の奥底に封印する。


 そうなればラディスラフは討伐されずに終わり、俺は死の運命を回避することができる。

 以上が次善の計画(セカンドプラン)の概要だ。


 それとは別にもう一つ、本命の計画(マスタープラン)を考えてある。

 その詳細は――

 コンコンとノックの音が鳴り、つづいてドアがゆっくりと開けられた。


「おはようございます、ラディ様――あらっ、もう起きていらしたんですね」


 現れたのはアッシュブロンドの髪のメイドだった。


「おはよう、エル」


 俺は振り返って笑顔で挨拶を返した。自然な対応ができたのはラディスラフの記憶のおかげだ。

 ラディスラフの世話係であるエルネスティーネ。愛称はエル。

 溌剌とした印象の美少女で、歳はラディスラフよりも一つ上だった。


 ちなみにゲームには登場せず、存在が示唆されることもない。

 俺にとっては完全に初見のキャラクター――いや、人物だった。

 豪華な屋敷住まいに個人付のメイドと、ご覧の通りラディスラフは貴族の生まれ。それも名門貴族であるフォーマルハウト家の御曹司だった。


 この頃は家族関係も良好で友人にも恵まれ、本人も含めて誰もが順風満帆な人生を送ると疑っていなかった。

 しかしある出来事をきっかけに彼は転落し、絶望の果てに死使徒へと至ってしまう。


「ラディ様、どうかなさいましたか?」

「えっ?」

「わたくしの顔をじっと見つめておいででしたけど」

「い、いや、なんでもない。気にしないでくれ」


 俺は慌てて取り繕った。

 綺麗だなと思って見惚れていた、などとは冗談でも口にしない。

 そんなのは俺のキャラでもなかったし、ラディの性格からも逸脱していた。


 会話はなんの支障もなくスムーズに話せ、相手の言っていることも理解できた。

 エルの口の動きは日本語とは明らかに違うが、俺の脳に伝わってくるのは純然たる日本語だ。


 まあ『ダムドファントム』のゲーム内でも英語音声に日本語字幕を付けるスタイルだったし、それに準じた仕組(システム)が働いているのかもしれない。


「それはとうと、ラディ様」


 エルが居住まいを正し、スカートの両端をつまみ上げるポーズを取った。


「一六歳のお誕生日、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」


 この先の未来を知る俺は複雑な心境になった。

 今日はラディの一六歳の誕生日。

 そしてミスカリアに生まれた者は、一六歳の誕生日に「魔法適性の儀」に臨む決まりだ。


 運命の日、人生の分岐点である。

 今日を境に、ラディの人生は一気に転がり落ちていく。

 なぜなら彼が適性を持つのは、ミスカリアで忌み嫌われる「呪われた火の魔法」だからだ。


「楽しみですね、ラディ様にどんな魔法の適性が現れるのか。わたくし期待と興奮で胸がはち切れそうですっ」


 未来を知らないエルは天真爛漫に言う。


「ラディ様は魔法の力でどんなことがしたいですか?」

「おいおい、まだどんな適性かもわからないんだぞ。でもまあ、あえて答えるなら――」


 俺は静かに息をついてから言った。


「俺は世界を変えるつもりだ」

「は……い?」

「ちなみに、冗談じゃなくて本気で言っているからな」


 それはエルに対する返答のみならず、世界に対する宣言でもあった。

 冗談でも比喩でもない。文字通り世界を、歴史を、運命を変える。

 それこそが俺の本命の計画(マスタープラン)だった。


 先に解説した次善の計画(セカンドプラン)、ラディの再ビルドだけでは不確定要素があまりに大きい。

 なにより成功の可否を自分ではなく、敵である不死者に委ねてしまうのが大問題だった。


 相手が何百何千回と瞬殺しても決して諦めない不屈の精神の持ち主だったなら、計画はあっさり破綻してしまう。

 そうなった場合、最終的に折れるのは俺の心のほうだろう。


 そこで本命の計画(マスタープラン)の出番だ。

 こちらは対処療法ではなく根本治療である。


『ダムドファントム』のストーリー、公式サイトにも掲載されているプロローグでは以下のように語られる。


 ――いまや世界は終わりかけ、瘴気がすべてを覆い尽くしている。

 ――ゆえに、ミスカリアは欲しているのだ。

 ――終わりかけた世界に、真なる終わりをもたらす者を。

 ――来たれ、不死者よ! 死を超克せし稀人よ!


 つまり現時点、過去の時間軸において不死者はまだミスカリアに現れていない。

 このあと瘴気が発生し世界が変容することで、はじめて出現フラグが立つ。

 ならば瘴気の発生さえ阻止できたなら、不死者は永遠にミスカリアに現れないはずだ。


 出現フラグをへし折って存在を絶つ。

 生まれる前に母胎となる世界に干渉し、生まれなくする。

 これこそが唯一にして真なる不死者殺し。俺の本命の計画(マスタープラン)だった。


「よ、予想外の回答ですね……」


 エルがぽかんとしてつぶやく。

 無理もない。端から見たら急に大言壮語したとしか映らないだろう。


「今のミスカリアが抱えている種々の問題を解決して、誰もが安心して生きられるようにしたい。そういう意味で言ったんだけどな」

「もぉっ、ラディ様ったら! わたくしをからかいましたねっ!」

「はは、ごめんごめん。でも、エルが無茶振りな質問で俺を困らせたんだから、お互い様だろ?」

「むぅぅっ……!」

 

 俺はラディの記憶に従い、ふくれっ面になったエルの頭を二度三度なでてやった。

 この自然なスキンシップからもうかがえるように、ラディとエルは主従の関係に留まらない特別な信頼を築き上げていた。


 しかし「正史」のラディは狂気と絶望に支配され、おそらくは彼女も手にかけてしまった。

 家族もろとも呪われた火で焼き尽くし、人間性を喪失して最後は死使徒と成り果てた。


 もちろん、そんなことはさせない。エルは殺さないし、家族も皆殺しになどしない。

 この時間軸のラディスラフには、悲劇と惨劇の道を歩ませはしない。

 そのために俺はここにいる。

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