第3話 救済措置
大方針は決まった。あとは個別具体的な方法の検討だ。
まさに雲を掴むような話だが、俺には不思議な確信があった。
(世界と運命を書き換える――)
その言葉じたいに重大なヒントが含まれているという確信だ。
俺は『ダムドファントム』に関する知識を総動員し、利用できそうな要素を探し求めた。
ひと口にバグといっても、その内容は多岐に渡る。
グラフィックがおかしくなる軽微なバグや、ゲームが進行不能になる重大なバグ。
大抵のバグはプレイヤーにデメリットしかもたらさないが、例外もある。
たとえばショートカットバグ。これはゲームの進行上、まだ行けない場所へ無理やり移動するというもので、RTAで大幅なタイムの短縮に利用されていた。
(ショートカット……行けない場所へ行く……)
もう少しでなにかを掴めそうな気がする。
手を伸ばせば届く距離に答えが近づいていると感じる。
それゆえにもどかしいが、焦りは禁物だ。
しっかりと見極めなくてはならない。そのための時間は十分に――
(時間……時間だッ――!)
閃いた瞬間、俺は自分の発想にもかかわらず驚きを隠せなかった。
まさか、そんなことが、本当に……?
俺の中の常識を司る部分は半信半疑のまま。
だが、常識を離脱した思考は次々とピースをかき集め、あっという間に大きな計画の絵を完成させていた。
思わず自画自賛したくなる。我ながらとんでもないことを思いついたものだ。
この計画が成就したあかつきには、本当に世界と運命を書き換えることができるかもしれない。
(成功確率は……やってみるだけだな)
俺は頭の中でミスカリアの地図を広げた。
主要なロケーション、重要なアイテムの在処はすべて暗記している。
もちろんそこへ至る経路もだ。
行動を開始する。俺はダンジョンを後にしてフィールドに出た。
実際に見るのは初めてだが、勝手知ったる世界の風景が眼前にひろがる。
『ダムドファントム』のフィールドマップでいうところの、グウィネット地方。
地面に植物はほとんど生えておらず、荒涼とした景観が見渡す限りつづいている。
空は白い瘴気で覆われ、日中だというのに陰鬱な薄暗さが立ちこめていた。
ゲームよろしくファストトラベルが使えれば楽なのだが、頭の中の地図で試してみても出来そうにない。
仕方ないので俺は徒歩で移動を始めた。
目指すは南東の方角にある廃墟となった村だ。
道順は記憶している。
が、ゲームのフィールドと地理は同じでも、縮尺がまったく違った。
この世界のほうが比較にならないほど広い。
ミスカリアは公式設定上、最低でもグレートブリテン島ほどの面積があるという話だ。
その通りの広さがあるとすれば、目的地の廃村は何十キロも離れていることになる。
俺はラディスラフを全力疾走に移行させた。
死使徒化によって身体能力が強化されているため、速度は常人の何倍も速い。
さらにどれだけ走っても息は上がらず、体力も消耗しなかった。
見覚えのあるロケーションや地形をいくつも通り過ぎ、俺は何時間かかけて目的地にたどり着いた。
村としての機能を失って久しい廃墟。
ゲーム内では半壊した家屋が数軒建ち並ぶ程度だったが、ここも現実のスケールに合わせて規模が大幅に拡大していた。
少なく見積もっても、面積も家屋の数も一〇倍以上あるだろう。
廃村内では屍人と化した元村人たちがそこかしこに見受けられた。
徘徊する者、立ち尽くす者、地面にうずくまる者と様々だが、生きているまともな人間は一人も見当たらなかった。
規模が拡大したとはいえ、重要な施設の位置関係は変わらない。
俺は村の中心部、かつては役場だったとおぼしき廃墟に足を踏み入れた。
めざすは地下室。そこに置かれた宝箱だ。
(あった……!)
近づいて蓋に手をかけ、勢い良く開ける。
中身は空。代わりに宝箱の底には魔法陣が描かれており、蓋を開けると同時に起動する仕掛けとなっていた。
開けると罠が発動する宝箱。言っておくが、間違えたわけじゃない。
俺の狙いは最初からこの罠を利用し、ショートカットを図ることだった。
宝箱内の魔法陣によって発動するのは転送魔法。
魔法陣が放つ光が俺の全身を包み――
数秒後、俺はまったく異なる場所に転送されていた。
ダンジョン『水没遺跡』。ここが俺の真の目的地だった。
(第一関門は突破できたな)
転送魔法がラディスラフを対象としない可能性もあったが、杞憂で助かった。
ここまで徒歩で来るとなると、相当な労力と根気を必要としたはず。
『水没遺跡』はその名の通り、大河の底にある遺跡だった。
ダンジョン全体が水没しているが、内部は魔法の作用で浸水を免れている。
俺は遺跡の奥に向かって足を進める。当然このダンジョンも幾度となく踏破済みだ。
攻略ルートは仔細漏らさず頭に入っていた。
ここに出現するモブ敵は主に魚人系。
ゲーム内のグラフィックでもそうだったが、生で見るとグロテスクさがいっそう際立っていた。
例によって敵対関係にないので、戦闘することなく横を通り抜けていく。
ダンジョン内には貴重なアイテムがいくつもあるが、すべて無視して最短ルートでボスルームを目指す。
俺が欲しいアイテムはボスの撃破報酬、それ一つのみだった。
ボスルームの目印である「瘴気の門」の前までたどり着く。
俺は直前で立ち止まって、ボスの攻略情報を頭の中で再確認した。
大丈夫、負ける要素はない。普段通りやれば必ず勝てる。
俺は脳内でコントローラーを握ると、瘴気の門をくぐり抜けた。
『水没遺跡』のボス「腐敗した竜擬き」と対面する。
ボスはエリアの中央で寝そべっていたが、俺の侵入を感知して起き上がり、複数本ある首をもたげた。
本来七つあったはずの首は、腐敗によって欠損し四本に減っている。
全長二〇メートル、翼長は三〇メートルにも達するだろう。
背中に翼はなく、四肢を地面につけていた。
竜擬きは全身が腐敗し、各部が水疱のごとく膨れ上がっている。
その質感は水に浸けた湿布薬を思わせる、ブヨブヨした気色悪いものだった。
このボスの撃破が第二関門だ。
巨躯を誇るわりに動きも鈍重ではなく、特に複数の首を使った連続攻撃には要注意だった。
モーションはすべて見切っているが、油断はできない。
竜擬きの攻撃がラディスラフにどれほどダメージを与えるのか、俺にもまったく未知数だからだ。
一発の被弾も許さない超安全策、過剰なまでのチキン戦法でいく。
長期戦は必至。というのも、竜擬きは火属性に対して高い耐性を持つからだ。
検証によるとダメージカット率は八〇パーセント。炎の魔法以外に攻撃手段を持たないラディスラフにとって天敵ともいえる相手だった。
だが、計画のためには戦って倒すしかない。
俺が欲しいアイテムをドロップするのは、全ゲーム中でこのボスだけだった。
竜擬きは頭の一つから白い体液をウォーターカッターのごとく噴射してくる。
威力は高いが隙の大きい攻撃。俺は横移動で確実に回避すると『火走』を一発だけ頭部に撃ちこんで離脱した。
あとはこの繰り返し。ミスをしないことがなによりも重要だった。
馴染んできたせいか、先の不死者戦よりラディスラフを自由に動かせるようになっていた。
ゲーム内のモーションのみならず、俺の意図した細かい動作も再現してくれた。
回避、攻撃。竜擬きが暴れ出したら手を出さずに様子を見る。
突進攻撃を余裕を持って回避すれば、その後の隙は反撃の大きなチャンスだ。
竜擬きのHPを少しずつ、着実に削っていく。
やがてボスの攻撃パターンに変化が生じた。
全身の水疱がひときわ巨大に膨張すると、そこから全方位に圧縮水流が放たれた。
見た目通り、接近していると回避困難な攻撃。
ただしある程度離れていれば脅威にはならない。
この全方位攻撃はボスのHPが半分を切り、第二形態へと移行した合図だった。
あと半分。しかしやることはなにも変わらない。
確実に被弾しない隙のみに攻撃を差し込み、あとは回避に徹する。
その繰り返し、繰り返し、繰り返し。
最後まで気を抜かず、俺は水の竜擬きのHPを削り切った。
ザシュッという撃破音が鳴り響き、ボスの巨体が地に倒れ伏す。
体の中心部が爆発し、瘴気とファントマがあふれ出す。
竜擬きはそのまま消滅し、あとには肉片一つ残らなかった。
(ふぅ……!)
これで第二関門も突破した。
俺の頭上にファントマが集まり、一つのアイテムを具現化させた。
腐っていようが擬きだろうが竜は竜。その格に見合ったレアアイテムである。
それは古びた金色の懐中時計だった。
俺はゆっくりと落下してきた懐中時計を手で掴み取る。
――特殊アイテム『海中時計』。
これを使うと「過去へ戻る」ことが可能だった。




