第26話 死神ビルド
機先を制して不死者に近接攻撃を繰り出す。
と見せかけて、俺の狙いは別にあった。
「――『焼火箭』!」
急制動をかけて火の矢を生成し、上空めがけて即座に発射する。
狙いは不死者ではなく魔女だ。
(こういう場合、召喚された敵じゃなくて召喚した敵を倒すのが鉄則だからな――!)
完全な不意打ちで『焼火箭』は中央の魔女を捉えていたが、
「なっ……!」
火の矢は魔女をすり抜け、そのまま空へと飛んで行ってしまった。
「無駄よ。霊体の魔女に通常の魔法はいっさい効かないわ」
キアラが本から目を離さずに解説する。
「そういうことは先に言ってくれよっ!」
「聞かれていたら答えていたわよ」
キアラは悪びれるもせず言った。
不死者は動き出したもののすぐには攻めてこない。
前後左右に小さく移動しつつ、俺の出方をうかがっている。
実に『ダムドファントム』のプレイヤーらしい挙動。とりわけ対人戦特有のムーブだった。
おかげでまだ先制のチャンスはある。
この戦いは先手必勝、というより後手必敗だった。
俺は再び地を蹴って剣戟の間合いに飛びこんだ。
「――魔力剣技『鋼斬り』!」
瞬発の魔力を乗せてシミターを振り下ろす。
ガギィッ! 不死者は難なくその一撃を受け止めた。
右手の大鎌ではなく、左手に瞬時に出現した盾によって。
(くそっ、やっぱり盾持ちか! 死神ビルドなら当然だよなっ!)
盾のサイズは中型で、表面には赤い蜥蜴が描かれている。
(おまけに『火蜥蜴の盾』って最悪すぎるだろっ……!)
俺は心中で悪態をつきつつ、すぐさま魔法へとつなげた。
「――『火走』!」
左手を振り上げて不死者に火炎を浴びせるが、これまた盾で防御された。
物理攻撃と違って完全には防ぎきれず、血濡れのローブが炎上する。
しかしダメージは目に見えて小さくすぐに鎮火してしまう。
不死者の装備する『火蜥蜴の盾』が火属性カット率八五%を誇っているためだった。
『ダムドファントム』は盾が非常に強いゲームバランスである。
特に対人戦で勝つには相手の盾を崩す手段が必須とされていた。
盾攻略の代表格は属性攻撃、すなわち魔法だ。
中型以上の盾は大半が物理攻撃カット率一〇〇%の性能を持つが、属性攻撃に対しては良くてカット率五〇%がせいぜいだ。
そんな中『火蜥蜴の盾』だけは例外的に高いカット率を有し、特に火葬の死使徒戦では「持っているだけで勝ち確」とまで言われるほどの特効装備だった。
「――『火球』!」
俺は後退しつつ矢継ぎ早に魔法を放つ。
効果は薄いと解っていても他に手はない。
一五%しか通らないとはいえ、完全に防がれる魔力剣技よりはまだましだった。
(これがゲームだったら魔法の使い分けで対応できるのになっ……!)
無い物ねだりをしても始まらない。
俺の持っている手札で切り抜けるしかない。
この不死者に対する最適解は、ひたすら距離をとっての魔法攻撃。これしかなかった。
(死神ビルドなら飛び道具は持っていないはず)
敵は俺の魔法を盾で防御するのみで反撃はしてこない。
右手の鎌は沈黙を保ちつづけ、戦闘開始から一度も振られていなかった。
良い兆候とはいえない。むやみに武器を振り回さないのはリーチを完全に把握している証左だった。
俺の記憶をどう読み取ったのかは不明だが、相当に手練れのプレイヤーとして再現されていた。
(くっ……ここまでか)
後退して魔法を撃つ、という戦法が手詰まりとなる。
後ろに下がりつづけた結果、円形の台座の縁が迫っていたからだ。
この場所の高度は不明ながら、落下は疑いの余地なく即死だろう。
好機と見て不死者が盾をしまい、鎌の両手持ちへと切り替えた。
(不味い、この構えはッ――!)
敵は体勢を低くし、鎌を左下段に構える。
ノコギリ状の刃から鮮血が噴出し、一瞬で血の刃を形成した。
――ノコギリ鎌固有の魔力武技『血刃弧月』。
「――魔力剣技『鐵払い』!」
俺も技を放って対抗する。
ガギュインッ! シミターと鎌の刃が激突し、激しく魔力をぶつけ合う。
「ぐぐっ……!」
重く鋭い、敵ながら見事な一撃だ。
さすがは不死者、幻像とはいえ俺以上に魔力武技を使いこなしている。
威力で勝った不死者の鎌に押し切られ、俺の足は後方へと地を滑った。
かかとが台座の縁に触れる。あと一歩で俺を落下死に追いこめる状況だ。
セオリー通りなら不死者はここで、えげつない「二択」を迫ってくるはずだった。
縦振りの鎌による通常攻撃か、はたまた――
次の瞬間、不死者の左手には忽然と魔石杖が握られていた。
(やっぱりそうくるよなっ――!)
この場面で相手が使ってくる魔法は解りきっていた。
――振動系魔法『グノームの叫喚』。
バォムッ! 不死者が杖の石突で地面を打つと、そこを起点に衝撃波が同心円状に発生した。
この大地を伝う衝撃波はダメージこそ微々たるものだが、範囲内の敵を怯ませた上に強制的に押し飛ばす効果を持つ。
おまけに発生が早く、ガードしてもノックバックは防げず、ローリングやステップでも回避不能という凶悪な性質を備えていた。
つまりは詰みの状況?
いや違う。『グノームの叫喚』に唯一勝てる行動があった。
(俺の読み勝ちだッ!)
俺は先読みで地を蹴って跳躍していた。
そう、地を伝うという性質上、ジャンプだけが有効な回避手段だった。
ただしこれはぎりぎりの危うい綱渡りを成功させたに過ぎない。
不死者が俺に仕掛けたのは二択の強制。仮に魔法ではなく縦振りの攻撃がきていたら、先読みのジャンプは撃墜されそのまま連続攻撃が確定していた。
だが、そうはならなかった。そしてこの機会は最大限に活用する。
魔法発動後の硬直状態になっている不死者に対し、俺はジャンプ攻撃を見舞った。
落下の勢いを乗せた真っ向振り下ろし。
シミターの刃は遮るものなく不死者の脳天に直撃し――
するりと、異常なほど抵抗なく股下まで斬り抜けた。
不死者から大量の血液が噴き出し、俺は返り血を浴びた。
ただし体は切断されておらず、衣服も含めて外的な損傷はいっさい見られなかった。
(ここはゲームの再現か。だが――!)
大きなダメージは与えた上、攻撃を受けたことで怯みも発生していた。
その隙に、俺は追撃ではなく移動を選択。
不死者を中心に回りこむように位置を変え、落下死の崖っぷちから脱出した。
今しがたの攻防で判明したことがある。
この不死者は姿形や能力のみならず「ゲーム的な現象」も可能な限り再現されているようだ。
物理的外傷を負わない点もそうだが、装備の瞬間的な持ち替えも実にゲーム的だった。
(ここは精神世界。だったらその「現象」は俺にも伝播するはず――)
これまでの戦況は、俺が奇跡的に被弾ゼロでノーダメージ。
対して不死者は、魔法による削りとジャンプ攻撃で、おそらく体力の半分近くを失ったはずだ。
とはいえ、一瞬でも気を抜けばいともたやすく死ねる。
死神ビルドはまだ本領を発揮してすらいなかった。
(やってやる! このまま完封してやるぞっ――!)
俺は意気を奮い立たせて不死者に斬りかかった。
敵は盾を構えず、両手持ちの鎌で斬撃を返してくる。
カッ! キンッ! キィンッ! シミターとノコギリ鎌の刃が幾度も斬り結ぶ。
速さ、鋭さ、重さ、威力。どれをとっても不死者の攻撃が俺を上回っている。
先ほど発動した魔力武技『血刃弧月』の効果によって、一定時間攻撃力アップのバフが付与されたせいだ。
ノコギリ鎌が血の刃を纏っている限り効果は持続する。
それでもなんとか食らいついていけるのは、
(モーションを全部覚えてるおかげだな……!)
ゲーム的な要素や現象は俺に有利に働くこともある。
不死者の攻撃パターンは『ダムドファントム』のノコギリ鎌の動作と寸分違わず同じで、アレンジやアドリブは頑なにしてこなかった。
また一方で、ゲームを再現しきれていない部分にも俺は救われていた。
なにかといえば現在進行系で「斬り結んでいる」ことそれ自体だ。
『ダムドファントム』の戦闘には「弾き」や「鍔迫り合い」といった要素はなく、攻撃判定が同時に発生した場合は「相打ち」として処理され双方にダメージが発生する。
もしそうなっていたら、痛み分けではなく俺は圧倒的不利を背負わされていた。
(あとは隙を作ることさえできれば――)
勝ち筋が見出だせる。俺の中ではすでに死神ビルド攻略のプランが固まっていた。
最優先すべきは攻撃を喰らわないこと。
このまま剣激戦を続行し、不死者が行動パターンを変化させるのを待つしかない――
ガギィンッ! 十数度目の刃の衝突が起こり、互いの武器が弾かれる。
その直後のことだった。
――ブシュッ……! 激痛が走ったかと思うと、俺の体の正面から盛大に血が噴き出した。




