第25話 魔女の勧誘
「ここは……?」
地に足は着いているが、それ以外は悪い夢でも見ているような状況だった。
俺とキアラが立っているのは、直径五〇メートルあまりの円形の台座。
天井も壁もなく、この場所に通じている通路や階段の類も見当たらない。
あたりには白い霧か靄が立ちこめており、台座を取り囲むように塔らしき建造物が何本も立っていた。
特に風が強いわけでも酸素が薄いわけでもないが、俺の直感はここが相当な高所だと告げていた。
「空間転移したのか……?」
俺が周囲を見渡しながら言うと、
「違うわ。ここは現実の空間じゃない。魔女たちの住処、精神領域の外縁よ」
キアラが正面を見つめたまま答えた。
「魔女だって?」
その単語を耳にしたとたん「何故?」という疑問符が頭の中を占めた。
誰もが魔法を使えるミスカリアにおいては「魔女」という言葉の意味も自ずと変わってくる。
魔女とは、魔法を極めんとするためすべてを捨てた者たちと定義される。
家族を捨て、友人を捨て、仕事も役割も捨て、ついには己の肉体すら捨てた魔女は、例外なく霊体の存在である。
その在り方は瘴気発生後の崩壊した世界でも揺るぎない。
『ダムドファントム』のゲーム内に登場する魔女は、不死者に協力するにせよ敵対するにせよ、目的は終始一貫して「己の魔法を極めること」だった。
「だとしたら解せないな。魔法以外のすべてを捨て去ったあの連中が、どうして俺たちにこんな干渉をするんだ?」
「あなた、どうして魔女のことを知っているの?」
キアラの声にかすかな怪訝の色が混じる。
そうだ、失念していた。
ラディが魔女に詳しいのはどう考えても不自然だった。
ミスカリアにおける「魔女を見た」という話は、現代日本における「幽霊を見た」という話とおおむね近しい。
言葉と概念は誰しも周知しているが、現実ではなく空想上の存在として認知されていた。
真に受けるのは年少の子供くらいで、基本的には与太話としか受け止められない。
事実、目撃談のほぼすべてが見間違いや思いこみによるものとされていた。
しかし――幽霊の実在はいまだ証明されていないが、魔女はたしかに存在していた。
「そ、そういうキアラこそ詳しいんじゃないのか?」
「当然よ。わたしは何度も執拗に勧誘されているのだから」
「勧誘……?」
そのとき、俺たちの目の前に一人の魔女が現れた。
見た目は若く美しい、二十歳そこそこの女性だ。
とんがり帽子と丈長のローブという、実にわかりやすい恰好をしている。
霊体である魔女は衣服も含めて半透明で、背景が透けて見えていた。
「御無沙汰いたしております、キアラ様」
魔女は目をつむったまま恭しく言う。
「あらためてお願い申し上げます。どうか我ら魔女連盟の『核』になっていただけないでしょうか」
その口調と態度には、嘘偽りなき敬意と尊崇の念がこもっている。
あたかも女王にかしづく侍従のごとしだった。
「答えは変わらないわ。興味がないと言っているでしょう」
「お労しや。いまだ肉の身に囚われ、人間の糸を断ち切れないのですね。僭越ながら我らに介錯をお任せを」
「無意味だと言っても聞かないのでしょうね。いいわ、勝手になさい」
「恐悦至極」
魔女は一礼すると、いったん消えて上空に再出現した。
「――『紫電の羽衣を纏い給え』」
呪文を唱えて魔法を発動する。
対象は俺ではなくキアラ。
彼女の体が透明な球体に包まれ、ふわりと宙に浮かんだ。
「キアラっ!」
迂闊に手は出せない。球体は明らかに帯電していた。
(一種の電磁バリアか――?)
内部に閉じこめられたキアラはなんの痛痒も感じていない様子だ。
一連の魔女の言動から判断するに、キアラに危害を加えるとは考えづらい。
彼女のもそれを理解しているのか、眉一つ動かさず完全に落ち着き払っていた。
「あなたは自分の心配をするべきだわ」
「なあキアラ、心当たりがあるなら説明してくれないか? 魔女の目的は一体なんだ?」
「あなたを殺すつもりよ」
先日、暗殺者に命を狙われたばかりの俺にさしたる驚きはなかった。
「それは、俺が呪われた存在だからか?」
「違うわ。問題はあなたの性質ではなく行動よ。私と親しい人間だと魔女に認識されたから、殺されるの」
「は……? ま、待ってくれ、意味が解らないんだが。だって、俺が一方的に話しかけてるだけで、親しいどころか相手にもされてないじゃないか」
「そうね。でも、そんな理屈は魔女には通用しないの。あなたは私にとって親しい人かもしれない。そんなあなたを殺そうとすれば私の心が動くかもしれない。だから可能性が限りなくゼロに近くても、魔女は躊躇なく実行するわ」
「な、なんだよそれ! そんな理由で人を殺すなんて……魔女は頭がおかしいのかっ!」
「当然でしょう。そうでなければ人の身を捨てたりなんかしないわ」
俺はぐうの音も出なかった。
「それと、私を説得しようとしても無意味よ。私にとってあなたの命は無価値だから」
「なら、そう言って魔女を説得してもらえないか?」
「それが通じるなら、最初からあなたをここへ招いていないわ」
「……だろうな」
俺は短く呼気を吐き出して覚悟を固めた。
「もし俺が生き残れたら、そのときは少しくらい興味を持ってくれるか?」
「なぜ? 関係性が解らないわ」
キアラはすげなく言って、鞄から一冊の本を取り出す。
そしてロッキングチェアでくつろぐように読書を始めてしまった。
本当に、心底、いっそ笑えてくるくらい俺という存在に興味がないのだ。
気にしてはいられない。上空の魔女に新たな動きがあった。
突如、映像がブレたように霊体が三重に見えた。
目の錯覚? それとも分身した?
違う。新たに二体の魔女が出現したのだ。
(魔女は『個』であると同時に『全』でもある――)
肉体を捨てるとは、一個の存在であることを捨てるのとほぼ同意義だ。
魔女は個体ではなく群体であり、完全ではないがその精神は融合している。
魔法とは人間の精神に根ざす力。
であれば、精神を融合させれば魔法もまた融合するのが道理だった。
「――『鬼胎の幻像を映し給え』」
「――『此方と彼方を翻し給え』」
左右の二体の魔女が、まったく異なる呪文を唱和する。
ズズズッ……! 俺の心臓のあたりから黒い靄が流出し、数メートル前方に集まって滞留する。
「な、なんだっ……?」
痛みやダメージはいっさいなく、黒い靄は幻のように俺の手をすり抜けた。
集まった黒い靄は人型を形成し、しだいに実体化していく。
「貴殿の『恐怖』を読み取る魔法と、想像した事物を『具現化』する魔法の融合にございます」
真ん中の魔女がご丁寧に説明する。
「貴殿が最も恐れてやまない存在、それすなわち貴殿の『天敵』でございましょう」
黒い靄が実体化を完了し、明確な人間の形となって現れた。
俺が最も恐れる相手。絶対に戦いたくない天敵。
そんなものは不死者に決まっているが――
「よりにもよって、ノコギリ出血ビルドかよッ……!」
不死者は不死者でも、この世界に転生した直後に遭遇した鉄の鎧姿とはまったく異なる外見だった。
右手に装備したギザギザ刃の大鎌と、血に汚れて黒ずんだフード付きのロングローブ。
そして頭部に装着した髑髏を象った仮面。
その特徴的な風貌とあまりの凶悪さから「死神ビルド」の異名を持つ。
数多ある『ダムドファントム』のビルドの中でも「最強」の呼び声が高い装備構成だ。
どれくらい最強かといえば、発売当初に発見されるや攻略・対人戦ともに猛威を振るいすぎて緊急アップデートで即座に修正されるほどの「ぶっ壊れ」だった。
なにを隠そう俺はこの死神ビルドが嫌いすぎて、マルチプレイで遭遇した際は敵は当然として味方にいた場合でも即回線を切断したものである。
そういう意味では最大の恐怖の対象といえなくもないが――
(まさかこんな形で戦わされることになるなんてな……!)
逃げ場はない。殺らなければ殺られるだけだ。
ここは精神世界だから死んでも平気、なんていう甘い話は万に一つもないだろう。
俺は左腰からシミターを抜刀し、不死者が動き出す前に先制攻撃を仕掛けた。




