第23話 竜都への帰還
「さてと」
俺は折れて用済みになった魔石杖を放棄し、代わりに前衛が落としたシミターを拾った。
その切っ先を倒れ伏す暗殺者の頭に突きつけ、大声を張り上げる。
「出てこいよ、樹の上から俺を狙ってたやつ! 話し合いをしようぜ!」
応じるかどうかは五分五分だと俺はみていた。
相手はプロの暗殺者。任務失敗だと見切りをつけ、早々に撤退している可能性はある。
しかし――
(砂漠の民の暗殺者は、幼いころから同じ施設で育てられるって話だからな)
それゆえに仲間意識が強いという設定が『ダムドファントム』では語られていた。
ほどなくして、後衛の暗殺者は俺の前に姿を現した。
前衛と同じく顔を「タゲルムスト」で覆っているため、露出しているのは目元のみだ。
予備の魔石杖を携えて俺を警戒はしているが、交戦の意思はなさそうだった。
「出てきたな。こいつはあんたの友人なのか?」
俺が前衛を指し示すと、
「……いや。彼は私の兄だ」
後衛は観念したようにつぶやいた。
(なるほどな。それならなおのこと見捨てるわけにはいかない、か)
戦闘中に見せた抜群に息の合った連携も、血のつながりの成せる業だったわけだ。
後衛あらため弟は魔石杖を捨てると、その場に膝をついて降伏の意を示した。
「兄を置いて、一人でおめおめと逃げ帰ることなどできない。ここで共に果てるのが私の使命であり、宿命だ」
弟は完全に死ぬ覚悟を固めている様子だった。
(殺す気なんてさらさら無いんだけどな……)
とはいえ、交渉を優位に進めるためにも本音は口に出さない。
「条件しだいでは見逃してやってもいい。もちろん兄弟二人ともな」
「な、なんだって……!?」
信じがたいという目つき。まあ当然だが、俺は鷹揚な態度を崩さずにつづけた。
「一つ目の条件だ。仕事をこなしただけのあんたらに恨みはない。だから教えてくれないか? 俺の暗殺を依頼したやつの名前を」
「……悪いが、知らない。依頼は組織を通じておこなわれ、我ら末端の暗殺者は任務を請け負うのみだからだ」
「ふん、やっぱりそうか」
顧客の秘密を守る仕組が確立しているからこそ、ミスカリア人たちは安心して暗殺の依頼ができるのだろう。
「なら、二つ目の条件だ。俺の杖は折れて使い物にならなくなったから、このシミターを代わりにもらうぞ」
言いつつ俺は、兄の腰にあった鞘も回収した。
「もちろん構わない。物でいいならいくらでも差し出そう」
そうは言っても、ほかに目ぼしい物は特になかったが。
「で、三つ目の条件だが――逃げた馬を一緒に捜してくれないか」
「は? 馬……?」
「でないとアルカトニスまで歩いて帰るはめになるからな。あんた、望遠系の魔石杖も持ってるよな?」
「あ、ああ、所持しているが……」
「条件は以上だ。馬が見つかったらあんたらのことは見逃してやる」
「りょ、了解したっ……!」
弟は狐につままれたような様子だったが、機敏に動き出して馬の捜索を開始した。
俺はどうしようもないお人好しだろうか。
違う。無益な殺生を避けるのは人として当たり前だ。
この世界はゲームではなく、紛れもない現実なのだから。
◇◇◇
弟の協力によって馬は無事に見つかり、俺は帰還の足を取り戻した。
約束通り兄弟の暗殺者を見逃し、二人は何処かへと去っていった。
翌朝、俺はアルカトニス目指して出発した。
(次にここに来るのは――竜王を倒しに来る時かもな)
残された三年半で、必ず達成してみせる。
決意を新たにすると、あとはもう振り返らずに竜都へと馬を走らせた。
まずはソウゲンの屋敷に向かい、馬を返却して帰還を報告する。
「ようラディスラフ、無事に帰ったようだな」
「ただいま、先生。まあ、昨夜は暗殺者に襲撃されたりしたけどな」
「はあ? なんでまたそんなことに?」
「アルカトニスから付けられてたらしい。依頼主は残念ながらわからずじまいだ」
「まったく、お前さんってやつは。どこへ行っても『火種』にならなきゃ気がすまねえタチときてやがる」
ソウゲンは呆れてため息をついた。
「なあ先生、暗殺を確実に防ぐ方法ってないのか?」
「そりゃあ、誰からも殺されねえような生き方を心がける、だろ」
「そうじゃなくて、物理的に殺されない方法を聞いてるんだ」
「だろうな」
ソウゲンは再度、ため息をこぼして、
「なら、身体強化を常時やりつづけるしかねえな」
「常時だって? さすがにそれはきついんじゃ……」
「そりゃ最初はな。だから少しずつ強化度合いを高めていくんだ。こいつは魔力剣技の鍛錬にもなるし、ちょうどそろそろ教える頃合いだと思ってたところだ」
「起きている間、ずっと強化をしつづけるのか……」
今の段階では正直できる気がしなかったが、
「慣れてくりゃあ、寝てる間も無意識にできるようになる。儂がそうだし、ミスカリアの魔導師でも上位の連中は当たり前にやってることだぜ。つうわけで教えてやるからさっさと始めてみな」
「って、今からかよ?」
「そりゃそうだろ。だってお前さん、ここに来たのは稽古のためだったよな?」
どうやらソウゲンは、偽装工作の片棒を担がせたことを根に持っているらしかった。
「……わかった。ご指導賜ります、ソウゲン先生」
稽古をしていけば完全な嘘ではなくなるし、一石二鳥と考えることにした。
◇◇◇
週明けの翌日、俺は何事もなかったように学院へと通学した。
(俺を見て幽霊を目にしたような顔になったやつがいたら、そいつが依頼主ってことになりそうだが)
残念ながら、教師を含めてそんな反応を示す相手はいなかった。
直接関わったことのない人間であれば、永遠に判明しない可能性も十分に考えられた。
なんだか釈然としないが、黒幕は今ごろ暗殺失敗の報を聞いて地団駄を踏んでいるだろう。
その想像でもって俺は溜飲を下げることにした。
それはそうと、今日の学院はいつもとは微妙に雰囲気が異なっている。
とりわけ俺と同じ一回生が顕著で、明らかにそわそわして浮足立っていた。
校内の掲示板に大々的に貼られた告知を見て、俺はその理由に納得がいった。
「定例の魔法武闘会、か」
アルカトニス王立魔導学院の伝統行事で、二ヶ月ごとに年六回開催される大会。
要はトーナメント形式の魔法戦で、学年ごとに優勝を競い合う。
参加は自由。しかも大会出場者には生徒証と同機能の選手証が与えられ、敗北しても停学のペナルティを追わなくて済む。
だがこれは、高校の球技大会などとは違って純然たる本気の真剣勝負だ。
優勝者は高く評価され、卒業後の進路にも大きくプラスになるという。
俺にとっては願ってもないイベンドだった。
もちろん参加するし、参加する以上は優勝を狙いにいく。
同期生たちの中にどれほどの実力者がいるのか、身を持って知る絶好の機会だった。
(正直言って、まったく把握できてないからな)
大したことのないやつはひと目でわかるが、能ある鷹は爪を隠すという言葉の通り、優れた魔導師ほど強さを隠す能力に長けていた。
魔法武闘会ではその秘密のベールが剥がされる。
どんな強者と戦うことになるのか、今から俺は楽しみだった。
さっそく参加登録用紙に必要事項を記入し、指定されたの提出窓口へと持って行った。
「き、君は――」
担当の教師は俺の顔を確認するや、あからさまに困惑を浮かべた。
この学院では珍しくもない「呪われた火」に偏見を持つ手合いだった。
「魔法武闘会への参加を希望します。まさか呪われた火だから出場できない、なんて規定はないですよね?」
「……そんな規定はない。わかった、受理しよう」
「ついでに聞いときますけど、大会では反則に該当する物や行為はありますか?」
「反則? いや、そんなものはない。通常の魔法戦と同じと考えてもらっていい」
俺は知っていてあえて質問した。
魔法戦は地球のスポーツや格闘技とは異なり、細かいルールや反則規定などはない。
たとえば高価で高性能な魔法杖を用意したとして、それも魔導師の「実力」の一部と判断されるのが普通だ。
「良かった。だったらこいつを使っても問題なさそうだ」
俺は左腰に下げた鞘入りのシミターを示して言った。
教師がぎょっとして目を見開く。
「そ、それは剣か? そんなものを学院に持ちこむとは――」
「別に、校則では禁じられてないですよね」
それも当然。魔導学院の歴史上、帯剣して登校してきた学生は俺が初だろう。
そして新たに禁じることもまず考えられない。
ミスカリア中から才能ある魔導師が集まるこの学院が、たかかが剣一本を恐れて危険視するなど、それこそあってはならないことだからだ。
教師が反論に詰まったので、俺は満足してその場を後にした。




