第22話 火薬の発明
とはいえ、意気込みだけで勝てたら苦労はない。
必要なのは冷静な思考。それによる相手の能力の分析だった。
(どうやって射程を延長している――?)
まだ不明だが、連射速度がそれほどでもない点だけは救いだった。
前衛の暗殺者と斬り結びつつ、後衛にも気を配る。
意識配分は八対二。基本は目の前の敵に集中しつつも、視界の端に後衛を捉えつづける立ち回りをする。
樹上に動き有り。
魔法陣が展開され、つづけて暗青色の魔光が輝く。
発射。魔法陣を通過したとたん、魔光弾は急加速して俺へと迫りくる。
一部始終を観察した結果、敵の能力はだいたい解明できた。
(なんて言ったかな、たしか『澎湃』だったか――?)
すぐに見当がついたのは、地道な座学を重ねた成果だ。
固有魔法は人それぞれだが「カブる」ことは珍しくなく、唯一無二の能力は滅多にない。
数多の魔導書を読み漁れば大抵の魔法は過去に同系統の例が見つかった。
澎湃とは難しい言葉だが「水がみなぎり逆巻くさま」や「物事が盛んな勢いでわき起こるさま」を指す。
その意味通り『澎湃』の魔法陣を通過した魔光弾は、威力と速度を強化されていた。
もっとも弾速は銃弾ほどに速くはなく、肉眼で視認できる程度だ。
着弾までの時間から計算するに時速二五〇キロほど。
二〇〇メートルの距離を踏破するには、三秒という意外に長い時間を要した。
それだけの猶予があれば対処は容易に思えるかもしれない。
(こいつが目の前にいなければなっ……!)
一瞬でも気を抜けば殺られる。
いっぽうで魔光弾への対応を怠れば、致命的な隙が生じてやはり殺られる。
「――『土精の足踏』!」
敵ながら見事な連携だ。
前衛は魔光弾とタイミングを合わせ、逃れようのない状況で『吸着』の土石剣を使ってくる。
片方を防げばもう片方を食らう。将棋でいう詰みにも見た状況に追いこまれたが、
(っ――一か八かだッ!)
俺は全身の魔力を活性化し、限界まで瞬発力を高めた。
「――魔力剣技『鋼斬り』!」
ソウゲン直伝の技を上段から一直線に振り下ろす。
土石剣はその性質上、必ず下段からの斬り上げとなる。
また高所から狙ってくる性質上、魔光弾は前衛の頭を越えて上から俺へと迫る。
それら二つを一太刀でまとめて斬り落とす――!
ギュィイインッ! 一か八かの賭けは成功した。
俺は鋼杖の先端で魔光弾を、根元で土石剣を受け止めるという曲芸をやってのけた。
「馬鹿なっ……!」
前衛が驚きに目を見開いて声まで漏らす。
敵二人の連携が見事だったからこそ実現した芸当だった。
あとは二対一の力比べだが、さすがは瑞穂の国の剣聖と謳われるソウゲン直伝の技だ。
威力はむしろ俺が勝り、魔光弾と前衛の暗殺者をまとめて弾き飛ばした。
(今だっ!)
間髪いれず俺は攻め立てた。
魔光弾にはインターバルがあるため、攻勢に出るチャンスは今しかない。
片手で打ちかかり、相手に受け止めさせる。
ほぼ密着の状態。そこから俺は素早く左腕を振るった。
「――『火走』!」
最速の火炎を叩きこもうとするが、
「――『風精の息吹』!」
相手もまた機敏に反応し、空気の盾で『火走』を防ぎきった。
(なるほどな、だから土石剣をすぐに解除したのか)
今の攻防で一つ納得がいった。敵の固有魔法の使い方に関してだ。
魔力剣技は威力こそ絶大だが、一〇〇メートルを全力疾走するようなもので基本的に連発はできない。
できるとしても、とどめを刺すときの最後の畳み掛けくらいのもの。
しかし、固有魔法は違う。こちらは喩えるなら長距離のランニングであり、多少の連続使用や継続発動をしても支障はない。
それなのに、前衛はここぞという場面でしか土石剣を使わず、距離が空くとすぐに解除する運用を徹底していた。
理由には察しがつく。『吸着』できる物質は一度に一つきりなのだ。
土石剣の発動中は空気の盾を使用できず、俺の火の魔法に対して無防備となってしまう。
(前衛は攻撃担当と見せかけて、実際には防御担当ってわけか……!)
火の魔法を完封すること。それと俺を後衛に近づけさせないこと。
以上の二つが、前衛が自らに課した任務だろう。
ここに来て俺は戦略の変更を強いられた。
(後衛を先に倒す、それしかないっ!)
防御に徹している以上、全英は容易に倒せそうもない。
逆に、安全地帯から一方的に攻撃しているつもりの後衛こそ油断も隙もあるはずだ。
攻撃が届きさえすれば一発で無力化できる可能性は高い。
その算段はついており、アイディアも閃いていた。
最大の効果を発揮するには一回での成功が求められたが、
(やれるのか、俺に? いや、やらなきゃここで死んで終わりだ――!)
それに、迷っている暇もない。
遠方の樹上で『澎湃』の魔法陣が展開され、暗青色の魔光弾が放たれた。
俺は前衛から大きく距離を取って後退する。
相手は逃がすまいと追いすがってくるが、構わず目的地である小川へと足を踏み入れた。
「――『火球』!」
そこで魔法を撃ちこむ。敵ではなく、足元の水面へと。
ジュワゥッ! 水蒸気が噴出し、あたりは深い霧に包まれたようにホワイトアウトした。
魔光弾は主として「視線誘導」で目標を追尾する。
これでひとまずの安全を確保できた。
(前衛は――やっぱり慎重だな)
水蒸気をシミターに『吸着』させれば視界の確保は早まるはずだが、その行動はとらない。
あくまでも防御重視。空気の盾というカードを不用意に手放すことはない。
だが問題はない。水蒸気を発生させた意図は純粋に時間稼ぎのためだった。
欲しかったのは数秒間の猶予。
それだけあれば、ぶっつけ本番で新たな魔法を構築し発動まで持っていける自信があった。
(逆転の一手をここで指す――!)
果たして水蒸気が晴れたとき、俺の頭上には火の矢が生成されていた。
「っ――!」
前衛は火の魔法を最大限に警戒している。
思った通り守勢を固め、即座に空気の盾で受ける構えを見せた。
間違っても攻めてはこない。俺はその心理的な死角をついた。
火の矢を逆手で握り、狙いを定めて投擲態勢に入る。
樹上の後衛の位置は『澎湃』の魔法陣と残光反応で、二〇〇メートル離れていても丸わかりだった。
これは火の矢だが『火矢』ではない。
その証拠に、全体のサイズが一回り以上も大きくなっている。
魔力剣技の術理である『瞬発』を応用した新たな長距離射撃魔法。
「――『焼火箭』ッ!」
俺は標的めがけて火の矢を投擲した。
魔力の瞬発は「燃焼」そのものに作用する。
矢の内部で高速燃焼が起きた結果、急激なガス圧が発生して推進力に転換される。
これは「爆燃」と呼ばれる現象だった。
原理としてはロケット花火や、原始的な火器である中国の「火槍」に近い。
『焼火箭』の矢は白い噴煙をたなびかせながら、魔光弾とは比較にならない速度で目標に迫る。
着弾。直撃はせず、火の矢は後衛からわずかにそれて樹の幹に当たった。
それでいい。狙い通りだ。
幹に着火した炎はたちまち枝葉へと燃え広がった。
「ッッ――!?」
後衛が激しく狼狽した気配がここまで伝わってくる。
炎上した樹に居座ることはできず、最低でも場所変えの必要に迫られる。
さらに、運良く火の粉が後衛の魔石杖に接触すれば――
パキッ……! 音は聞こえなかったが、残光反応の消失で俺は作戦の成功を確信した。
(これで後衛は無力化できた! あとはッ――!)
前衛との一騎打ちを制するのみだ。
「な、なんだとっ……!?」
こちらもまた驚愕し、炎上した樹のほうに気を取られている。
俺が先に動き、接近戦を仕掛ける。
「魔力剣技――」
「――『土精』の足踏』ッ!」
前衛は一瞬遅れたものの、土石剣の発動をぎりぎりで間に合わせた。
「――『鐵払い』!」
奇しくも互いに左下段からの斜め斬り上げ。
ガッギュィインッ! 鋼杖とシミターが交錯し激突する。
万全の態勢ならば、技の威力で俺が大幅に上回る。
刀身に『吸着』した土石を半分以上砕きつつ、前衛を大きく弾き飛ばした。
すかさず追撃に移行しとどめを刺しにいく。
「――魔力剣技『鋼斬り』!」
「くッ!」
敵は半壊した土石剣で俺の斬り下ろしを受け止めた。
再度の激突。俺が圧倒的優勢で押しこんでいく。
土石がひび割れ、シミターの刀身が前衛の頭部へと肉薄する。
俺はあと一歩のところまで追い詰めていたが――
ベギンッ……! 次の瞬間、破壊音とともに俺の鋼杖は中ほどで折れてしまった。
(っ――!? 所詮は杖ってことか……!)
最大限、頑丈に作ってほしいと注文したが、打撃武器として使用することは想定外だったらしい。
俺の武器が折れたことで、九死に一生を得た形の前衛。
勝利を確信して瞳に歓喜の色が宿った。
しかし――俺の魔力剣技をガードした時点で、敵は詰んでいたようなものだった。
「――『火走』ッ!」
俺は下段から左手を振り上げ、至近距離から最速の火炎を浴びせた。
前衛は反射的に空気の盾を発動しようとして――そのまま炎に全身を焼かれた。
「がッ――!? ぁぅあッ! ぁがぐぁぅッ……!」
「やっぱり、一度に『吸着』できる物質は一つだったみたいだな!」
予測した通り、土石剣を発動している状態では空気の盾は使用不可となる。
最初から俺は二の矢をつがえていた。
魔力剣技で仕留められればそれで良し。
受け切られても『火走』の直撃がほぼ確定する状況だった。
「ぁあっ……! ぅぁあああっ……!」
火だるまになった前衛は小川に倒れこみ、転がって消火を試みていた。
まもなく火は消えたが、全身に火傷を追っており、自力で起き上がることも難しそうだ。
「はぁっ、はぁっ……ふぅ」
いっぽう俺のほうも、魔力剣技二連発からの『火走』の使用で著しく消耗していた。
本当にぎりぎりの、自身の力を出し尽くした末の勝利だった。




