第21話 前衛と後衛
一つ、確かなことがある。
暗殺者は以前から俺を監視していて、アルカトニスから付けて来たに違いない。
そうでなければこんな場所で襲われるはずがなかった。
(馬は――逃げたみたいだな)
暗殺者に縄を解かれたのか、戦闘音を耳にしたとたんどこかへ駆け出していた。
後で戻って来てくれることを祈るしかない。
俺は鍔迫り合いの形になった暗殺者へと意識を集中する。
(武器は「シミター」か。剣術の心得もあるようだ)
一太刀で読み取れるのはそれくらいだが、油断ならぬ力量であることは間違いない。
――武器も武術も蛮族の獲物であり、文明人は魔法でもって戦うもの。
というのはミスカリアの常識であり、他国ではまた事情が異なる。
統計的に見ても、ミスカリア人は魔法の才に優れた者の比率が優位に高い。
そうではない、持たざる者である砂漠の民や瑞穂人は、必然的に武器や武術を研鑽してきた歴史があった。
「っ!?」
不意打ちの一撃を受け止められたことで、暗殺者の目元には動揺が浮かんでいた。
当然の反応だろう。ミスカリア人の俺が剣術を使うとは夢にも思っていなかったはずだ。
魔導師に対しては暗殺がもっとも有効な手段である。
理由は単純で、魔力による魔法防御力を物理攻撃ならば無視できるからだ。
今の俺みたく魔力で身体強化を施せば物理防御力も上げられるが、非戦闘時にそんなことをしている魔導師はまずいないと思われる。
そんな事情もあり、砂漠の民たちの国――イルーラン帝国では暗殺者の養成を国策としていた。
それは強大な魔法戦力を持つミスカリアへの対抗策であると同時に、外貨獲得の手段でもあった。
暗殺者たちの一番のお得意様は、なにを隠そうミスカリア人だ。
たとえば政治的な権力闘争や、貴族間の怨恨。
そういった問題を「解決」するため、暗殺者はたびたび雇われて仕事をこなしてきた。
特に竜王が不在となる「空位の八年間」は、暗殺事件が顕著に増加することで有名だった。
「せいっ!」
暗殺者を押し返す。
敵はいったん距離を取ると、その場で指笛を吹いた。
意図は不明だが隙は見逃さない。
「――『火球』!」
得意の魔法で仕掛ける。
火の玉の生成・圧縮・発射までもはや〇.一秒もかからない。
ボゥッ! 『火球』は一直線に暗殺者へと飛んでいくが、
「――『風精の息吹』!」
敵は避けるどころか、魔法を発動しつつ前に出た。
突き出した左手と『火球』が接触する。
ゴォゥッ! 暗殺者は炎に包まれたかに見えたが、無傷のまま突っ切ってくる。
「なっ――!」
まさか無効化されるとは思わず、今度は俺が動揺して隙を作る番だった。
暗殺者はむろん見逃さない。
「――『土精の足踏』!」
走りつつ体勢を傾げ、シミターで地面をえぐるような動作をする。
ズゴゴゴッ! たちまち刀身が土石の塊でコーティングされ、無骨な金棒のごとき様相となった。
下段からの振り上げが襲いかかる。
「っ魔力剣技――」
発動が遅れたぶん、俺の技は十全たる力を発揮できなかった。
バギイィンッ! 力負けして一方的に弾き飛ばされる。
(身体強化は当然してくるかっ……!)
イルーランの暗殺者ならば、そのくらいは出来て当たり前だ。
(それにしても、やつの能力は一体なんだ――?)
盾と矛。風系と思われる魔法と土系と思われる魔法。
(二つの固有魔法を持っている? いや、そんなわけはない)
一人につき固有魔法は一つきり。その絶対的なルールは世界中のどこでも不変だ。
片方が魔石由来の魔法という線もない。それにしては出力が大きすぎる。
となれば、導き出される結論は――
「あんたの固有魔法は『吸着』ってとこか?」
体勢を立て直しつつ、俺はあえて声に出して言った。
返事はないが、目元の仕草や眼球の動きは時として口よりもはるかに雄弁だ。
俺は自身の推理が正鵠を射ていたとを確信した。
攻撃に使用した能力は見たまんまで解りやすい。
地面の土石を『吸着』してシミターにまとわせたのだ。
魔法の影響を受けた物質は自動的に魔力を帯びる。それがあの破壊力を生み出していた。
(盾のほうは――おそらく空気だな)
俺の『火球』は不可視の盾に防がれたようにしか見えなかった。
肉眼では見えず、火や熱に対して強いもの。となると空気しかありえない。
ふだん生活していて意識することはないが、空気は極めて熱伝導率の低い物質だ。
たとえば二〇〇〇度近くまで熱せられた溶鉱炉に近づいても、人は焼け死ぬことなく作業ができる。
それは空気が熱の大半を遮断してくれるからだ。
その空気を魔法で『吸着』させ盾として活用している。
いうまでもなく相性は最悪。そして即席のアイディアとはとうてい思えなかった。
(俺が火の魔法を使うと知って対策を立ててきたか……!)
火に対してのみ鉄壁の効果を発揮する盾。
空気の供給を絶つ術などなく、発動の阻止はとうてい望めない。
この敵とは魔力剣技で戦うしかなさそうだ。
幸い、剣の腕前は伯仲しているとみた。強敵だが勝てない相手では決してない。
俺は一歩を踏み出して攻めこもうとして、
「ッ――!?」
直後、自分の顔面に迫りくる魔光弾を認識し、即座に回避と防御をおこなった。
バシュッ! 側頭部に直撃。魔力を集中して頭部の魔法防御力を高めたが、急所なこともあってダメージは小さくない。
軽い脳震盪が起き、体が大きくよろめいた。
(い、今の魔光弾はっ……!)
完全に意識の死角から狙い撃たれた。
目の前の暗殺者の仕業ではない。
最初から敵は前衛と後衛の二人組だったのだ。
『――『土精の足踏』!』
前衛の暗殺者がすかさず追い撃ちしてくる。
土石の『吸着』による重打撃。
しかもここぞとばかりに、シミターに埋めこんだ魔石で増幅をかけていた。
バギュイィンッ! 俺はどうにか鋼杖で防御したが、受け止めきれない。
「ぐぅッ!」
派手に吹き飛ばされ、一〇メートル近くも転がった。
側頭部から血が流れてたが気にしてはいられない。
(もう一人はどこだっ!)
ただちに起き上がり、最優先で後衛の暗殺者を捜す。
見つけた。約二〇〇メートル離れた樹上に、魔光弾の特徴的な残光反応があった。
ミスカリア式の魔光弾は淡い緑色だが、イルーラン式の魔光弾は暗い青色をしていた。
「あんな遠くから撃ってきたのか……!」
俺は愕然とし、思わず舌打ちが漏れそうになった。
魔光弾は射撃型の魔法だが、射程はせいぜい三〇メートルが限度だと習った。
つまり敵は魔光弾と固有魔法の組み合わせを会得している。
なんらかの能力で射程を延長し、二〇〇メートル先の俺を狙い撃ったのだ。
しかも前衛と後衛の連携は相当に高い練度だった。
「一人だけでも厄介だってのにっ……!」
俺の魔法の中で最大の射程を誇る『火矢』でも二〇〇メートルなんてとても届かない。
撃つだけ無駄で隙をさらすだけだった。
後衛の暗殺者に対しては距離を詰めるしか手はないが、
「当然、そうくるよな!」
前衛の暗殺者が先回りする形で進路を塞いだ。
この場所を襲撃地点に選んだのは敵の側。地の利の向こうにある。
あたりは開けた草原で、近くに身を隠せるような場所はなにもない。
高い樹木はまばらに生えているのみで、あとは低木と茂みくらいしかなかった。
また、周囲に人の気配はなく救援も望めそうにない。
(竜卵守衛隊が物音を聞きつけて来るって線は……期待薄だな)
丘を挟んでいるため、来るにしても時間を要するだろう。
結論。自分一人の力で切り抜けるしかない。
暗殺者二人を無力化し、生きてアルカトニスに帰還する。
(できるさ。絶対に攻略してやるッ……!)
俺は覚悟を決めて気合を入れ直した。




