第20話 ラストダンジョンの下見
ミスカリアでは「8」の数字が神聖視されており、一週間も八日間で構成されている。
基本は週休二日制で、七日目と八日目は学院も休校となる。
その週末、俺はかねてからの計画を実行に移すことにした。
「エル、週末はソウゲン先生のところに泊まりこみで稽古をするから」
「左様でございますか」
鋭いエルのことだから、俺の言葉や態度から嘘のにおいを感じ取ったのかもしれない。
「ラディ様、どうぞお気をつけて」
しかし詮索はせず、黙って俺を送り出してくれた。
まずはフォーマルハウト邸を出てソウゲンの屋敷へと徒歩で向かう。
「それじゃ先生、事前に話した通りに頼む」
「ったく、しょうがねえな。しっかしまあ、お前さんもつくづく物好きなもんだよな」
計画の「共犯者」であるソウゲンは頭を掻きながらぼやいた。
預けていた荷物一式を受け取ると、俺は屋敷から駿馬を一頭借りて裏口から出発した。
泊まりこみの稽古というのは偽装工作であり、本当の目的は一泊二日の遠出だった。
ソウゲン以外の誰にも、両親にもエルにも秘密にしたのは理由がある。
(行く場所が場所だからな)
俺が目指す場所は、今のところの最終目的地。
竜卵の麓だった。
◇◇◇
竜卵は竜都アルカトニスの東、約三〇キロ離れた草原の只中に位置している。
俺は途中で馬の休憩がてら、持ってきた旅装に着替えていた。
使いこまれてところどころが擦り切れた旅人の装束。
これを身に着けている限り、誰も俺を貴族の御曹司とは思わないはずだ。
ソウゲンから借りた馬は文句のつけようのない優駿で、半日かからずに俺を目的地まで運んでくれた。
ちなみに馬術に関しては、ラディの経験と技術を大いに活用させてもらった。
(近くで見ると、ありえないくらい大きいな……)
重力に逆らって空中に静止する、星型正八面体の巨大構造物。
光沢を帯びた黒色の結晶体。
その大きさを喩えるにはいかなる建造物も役者不足で、もはや山を持ち出すほかない。
目視では正確な数値など測りようもないが、高さ、幅、奥行きのいずれも優に一キロメートルは超えているだろう。
そこから導き出される質量や体積は、それこそ気の遠くなる数字だ。
これほどの超巨大構造物は、いかにして造られたのか?
結論を言えば、竜卵とは先代の竜王が肉体と魂を犠牲に捧げて召喚した、超々高密度の魔力結晶体である。
その莫大な魔力を用いてこの世界の「神」たる八首の竜を降臨させ、新たな王の器へと宿す。
竜卵とはすなわち、神降ろしの儀式の祭場である。
もっとも神たる竜は精神生命体であり、人間が肉眼で見ることは決して叶わないと聞く。
ともあれ、あの竜卵の中で新たな王は孵化の途上にある。
やがて時が満ちれば竜卵は割れて砕け、次代の竜王がこの世界に顕現する。
さらに竜王の新生は人々に大いなる恵みをもたらす。新たな魔石の供給源という形で。
そう、竜卵こそは魔石の源。割れて砕けた竜卵の残骸は大規模な魔石の鉱床と化し、長期間に渡って利用される。
以上がミスカリアにおける大きなサイクル。
誰しもが永遠につづくと信じて疑わない世界の根幹を成す仕組だ。
しかし、俺だけが知っている。
そのサイクルは今回を持って終焉を迎えてしまうことを。
(警備体制は万全、蟻の子一匹通さないって感じだ)
それも当然、王の新生は掛け値なしにミスカリア全体の最重要事項なのだから。
竜卵は二重の囲いによって守護されている。
外壁は比較的簡素な木の柵で、さほど厳重という印象は受けない。
警護に当たっている衛士の数こそ多いものの、警戒レベルはせいぜい中程度だろう。
問題は内壁だ。
こちらは木の柵ではなく、竜卵と同じ黒い結晶体の防壁が築かれていた。
奥はまったく見通せないが、尋常ならざる気配が遠方まで伝わってくる。
それもそのはず、内壁の守護を司るのは竜王の側近たる竜騎士だ。
内壁の中に一般の衛士はおらず、竜騎士直轄の「直掩聖騎士団」のみが守護していた。
(――竜騎士エルメンガルト。『ダムドファントム』ではラスボス直前のボスだったな)
竜騎士は竜王から血を分け与えられており、直掩聖騎士団の面々はその竜騎士から血を分け与えられている。
程度の差はあれ、人外の力を振るう存在だ。
今の俺では竜騎士どころか、聖騎士団の一人相手にも瞬殺される力量差だろう。
そんな自殺行為には間違っても走らない。
俺は馬を操りながら、外壁の周りから偵察をおこなっていた。
特に怪しまれたりはしない。
というのも、竜卵の周囲一帯は観光名所と化しており、アルカトニスはもちろん各地から旅人や巡礼者がひっきりなしに訪れていたからだ。
(単に見に来るだけなら、偽装工作の必要もなかったんだけどな)
それこそエルや両親を伴っての旅行という線も可能だったかもしれない。
事実、観光客の中には貴族の一家らしき人たちも見受けられた。
日中はいい。問題は夜だ。
一晩野営して警護の様子をうかがうとなると、話はまったく違ってくる。
そんな真似をしでかすのは、邪な野望を抱いている者だけ。
俺が成そうとしていることは、残念ながら世界への叛逆にほかならなかった。
(それでもやるしかない。この偵察だってきっと無駄じゃないはずだ)
俺は馬を駆けさせ、竜卵から離れる進路をとった。
まもなく手頃な丘を見つけ、近くの小川のほとりで野営の準備を始めた。
◇◇◇
日が落ちて暗くなると、竜卵周辺の雰囲気は一変した。
あれだけいた観光客と巡礼者は蜘蛛の子を散らしたようにいなくなり、昼間の活気と喧騒が嘘のように周辺一帯が静まり返っていた。
丘の上から一望しても、行商などがぽつぽつと野営しているくらいだ。
巨大な竜卵が常時、淡い光を放っているため、あたりは満月の夜よりもなお明るかった。
「忍びこむなら夜陰に紛れて、なんて思ってたが……」
これなら日中のほうが、まだ見つかる可能性が低そうだ。
明るいだけでなく、夜間のほうが明らかに警戒レベルが高まっている。
この感じだと、外壁の柵に近づいただけでも連行される恐れがあった。
「潜入はほぼ無理。となると当初の計画通り、魔導学院を首席卒業でもして守衛隊に採用されるしかない、か?」
時間的な猶予はある。
王の器が竜卵に入り、新たな竜王となって出てくるまでの期間はきっかり八年。
そして今年は五年目。新王の誕生、すなわち瘴気の発生まであと三年半という計算だ。
ただし、申し分のない実力と実績を示したところで、果たして「呪われた火」を竜卵に近づけるかという問題はあったが。
いずれにせよ、今回の遠征であらためて思い知らされた。
竜王とは個人ではなく国家そのもの。
本気で竜王を殺すつもりなら、ミスカリアという国じたいを転覆させる必要があった。
(手段がないわけじゃないが……)
その手段とはずばり瘴気の発生だ。
『ダムドファントム』では瘴気によって国家機能を喪失し、実質的に崩壊したミスカリアが描かれていた。
ただしそれでは不死者の召喚フラグが立ってしまうため本末転倒だが。
「これくらいにしておくか」
これ以上、監視をつづけても目立った成果はなさそうだ。
決して無駄足ではなく、遠出したかいは十分にあったと思う。
今夜は早めに寝て、明日は朝早くに出立するとしよう。
俺は竜卵に背を向けて丘を下り始めた。
緊張感が緩んだせいか、脳裏にふと悪ふざけじみた考えがよぎる。
竜卵は魔石の源。であるならば――
「火の魔法を直接ぶつけたら、一体どうなるんだろうな」
魔石と同じように、一発で機能停止して砕けてしまうだろうか?
いやいや、莫大な魔力をたたえた竜卵がそんな脆いとは考えられない。
そもそも魔石と竜卵はまったく別の物だ。
構成因子が同じだとしても、鉛筆の芯とダイヤモンド以上に隔絶している。
「確かめるには実験が一番だけど――」
接近は事実上不可能、となれば長距離射撃の魔法を考案し修得するほかないが、
「でもなぁ、火の魔法って時点で俺だとバレちまうよなぁ」
なかなか楽しい思索だったが、実行可能性は限りなくゼロに近かった。
丘を下り終え、馬をつないである小川のほとりへと向かう。
と、俺の野営地には思いがけず人影があった。
馬の鬣を手慣れた仕草でなでている。
(行商人……砂漠の民か)
褐色の肌と独特の民族衣装から、ひと目でミスカリア人ではないとわかる。
砂漠の民は『ダムドファントム』にも異国人として登場する。
目元を残して頭部全体を覆っているのはターバンの一種で「タゲルムスト」という固有の名称を持っていた。
「……俺の馬になにか用でも?」
用心深く声をかける。
竜都アルカトニス周辺の治安は良く、強盗や殺人といった凶悪犯罪は滅多に起きないと聞くが、警戒するに越したことはなかった。
「フォーマルハウト家のラディスラフだな?」
相手は明らかに知っていて尋ねていた。
俺の警戒レベルは一段引き上がる。
「そうだけど、あんたは?」
「悪いが――仕事なのでな」
次の瞬間、いきなり腰の曲剣を抜いて俺の首に斬りつけてきた。
キィンッ! 俺は反射的に鋼の杖で受け止める。
「おいおい、マジかよっ……!」
警戒はしていたし、これは一悶着あるなと覚悟もしていた。
だが、最初から俺を狙っていたとはさすがに想定外だった。
(砂漠の民だからって、本物の暗殺者とはな……!)
標的にされる理由は――まあ、あるのだろう。色々と。
暗殺の依頼主は、これまで直接関わった相手とは限らない。
呪われた火。それが存在しているだけで許せないと考える人間が、アルカトニスにはごまんといるのだから。




