第19話 魔法講座・序
アルカトニス魔導学院には登校初日から無遅刻無欠席で通いつづけている。
残念ながら友達は一人もできず、校内では始終ぼっちのまま。
相変わらずどの「教室」にも入ることは叶わず、それがいっそう孤立感を強めていた。
俺自身、友達を作りたいとは思っていないが、唯一キアラだけは見かけるたびにい根気強く話しかけていた。
まあ、一瞬たりとも相手にされていないのだが。
魔法戦を挑んでくるやつも初日のエドワール以降現れず、魔導学院の中にあって俺という存在はほぼ「いないもの」として扱われていた。
気にするほどのことでもない。現代日本での大学生活も似たようなものだった。
当時は週に何日も何時間も大学にいる意味が解らなくなり、なし崩し的に退学の道を選んでしまった。
状況はほぼ同等。しかし同じことの繰り返しにはならないと断言できる。
昔と違って今の俺には、学院に来て時間を過ごす明確な目的があるからだ。
魔法の勉強。座学。魔法とはひたすらに幅広くどこまでも奥深く、どれだけ学習して知見を得ても「足りる」ということはなかった。
本日の講義はとりわけ重要度が高い。
議題はミスカリアにおける一般攻撃魔法とも称される「魔光弾」についてだった。
「――であるからして、魔光弾は攻撃魔法の基礎中の基礎と言っていい」
階段状の大講義室、その最前列の席で俺は教師の話を熱心に聞いていた。
教師は二〇代後半の比較的若い女で、名はレオノーラ。
片眼鏡と淡々とした口調が特徴的だった。
「魔光弾のもっとも優れた点は魔力効率にある。最小の力で最大の効果を生み出せるということだ。さらに標準的な魔光弾の術式には『魔力追尾』と『視線誘導』が組みこまれており、高い命中率を誇る」
黒板に理論や術式の概要を書きつつ、説明をつづける。
「むろん、単体ではさほど脅威とはならない。魔光弾の真骨頂は固有魔法との組み合わせにある。覚えておけ、魔光弾を極めた者は必然的に大魔導師となるし、疎かにした者は必然的に落伍する」
レオノーラはそこでいったん話を区切った。
(基礎中の基礎か。『ダムドファントム』の設定と同じだな)
魔光弾の説明は、俺が知るゲーム中のものとほぼ同一だった。
普通にゲームを始めたなら、ほぼ確実に最初に修得して使用することになる魔法。
特筆すべきはMP消費量の少なさで、瞬間火力が求められるボス戦では厳しいものの、燃費の良さが重視される道中のザコ戦では序盤から終盤まで使っていける性能を持つ。
またバリエーションも豊富で、威力を高めた「大魔光弾」、誘導性能を強化した「魔光誘弾」、攻撃範囲を重視した「魔光散弾」などが実装されていた。
「ここまでで、なにか質問がある者はいるか?」
俺はさっそく挙手した。
「では、ラディスラフ」
「はい。固有魔法の組み合わせとは、具体的にどのように行うのですか?」
「ふむ。良い質問だな」
レオノーラは学院の教師の中では珍しく、俺に対しても偏見の目を向けてこなかった。
誰が相手でも平等に冷たく事務的に接している、というのがより正確な評価ではあるが。
レオノーラは口頭だけでなく、魔石杖を手にし実演を交えて解説した。
「このように、魔石に刻印した術式を使って魔光弾を生成し――」
右手の杖の先端に、淡い緑色の発光体が出現する。
さらにレオノーラは左の掌を上に向けて、
「同時に、自身の固有魔法を発動する」
水系の亜種である氷雪系の魔法により、極小の吹雪を生み出した。
「あとはこの二つを、最大限に効果的な形で合わせるだけだ。参考までに私の場合は、雪片の核に極小の魔光弾を埋めこむことで吹雪の威力を底上げしている」
そこまでの実演はせず、レオノーラは魔光弾と吹雪の双方を解除した。
しんと静まり返る講義室。
レオノーラはさらりとやってのけたが、俺を含めてそのレベルの高さを理解できない者は一人としていなかった。
「むろん、現在の諸君らにとっては高度な技術だ。やってみれば解るが、最初は同時に使おうとしても固有魔法が優先されてしまう。これは脳内の『詠唱域』が固有魔法の術式によって占有されていること、そして全身の『魔力回路』が『詠唱域』と直結していることが原因だ。汎用魔法を使うためには回路を閉じる必要があるが、それでは固有魔法が使えなくなる。この矛盾を解消しない限り同時発動は成し得ない」
だが、決して不可能ではない。レオノーラはすでに証明していた。
「先生、魔石杖なしで魔光弾を使う方法はありますか?」
俺はさらに質問を重ねた。
「無い。『詠唱域』が占有されている以上、誰しも生身では固有魔法しか使えない。だからこそ我ら魔導師は杖を用いるのだ」
「だったら……俺には魔光弾は使えない、ということになりますね」
「正しい認識だ、ラディスラフ」
レオノーラはいっさい気を遣わずに断定した。
直後、講義室のあちこちで失笑が漏れた。
言うまでもなく俺に対する嘲りがこもった笑いだったが、
「今、笑った者は随分と余裕があるようだな。誰か前に出て魔光弾を実演してみせてくれないか」
レオノーラが口調を変えずに告げると、失笑は一瞬にしてぴたりと止んだ。
「誰もいないのか? ならば他人事ではなく我が事に集中しろ」
レオノーラはぴしゃりと言う。
その言葉は失笑した連中だけでなく、俺へも向けられていると受け止めた。
いい気味だ、などとは思わず、自分自身のことに思考をめぐらせる。
俺には魔石が使えない。魔力を流したとたん魔石は砕けて機能を失ってしまうからだ。
この現象、いわゆる「火の呪い」は魔石の質やサイズに関わりなく一〇〇パーセント発生する。
以前に自宅で実験して確認済みだった。
あのときはフォーマルハウト家の財力と人脈にものを言わせ、最高級品を含めた多種多様な魔石を取り揃えた。
エルにも実験を手伝ってもらったのだが、さすがに最高級の魔石を一発で使い物にならなくした際は、
「……ラディ様、ご存知ですか? これ一個でわたくしのお給料一年分以上の価値があったんですよ……?」
その場に座りこんでがくりとうなだれ、しばらく憮然としていた。
ともかく実験の結果、俺には魔石杖が使えないことが確定した。
魔石杖を使えない以上、魔光弾を発動する術はない。
(杖を装備しないと汎用魔法は使えない、か)
それは『ダムドファントム』のゲームシステムとも一致する仕組だった。
つまり、不死者が使っていたのはすべて汎用魔法。
そして杖無しの敵が使ってくるのは固有魔法だったと解釈できるだろう。
ならば今日、この講義を受けたことはまったくの無駄だったか?
違う。それはあまりに近視眼的な考え方だ。
第一に、今後まだ見ぬ敵が魔光弾を使ってくる可能性は極めて高い。
対策を練るためにも、知識を得ておくに越したことはない。
第二に、魔光弾にまつわる講義は、俺の知的好奇心と想像力を大いに刺激していた。
まだ具体的な形は見えてこないが近い将来、新たな火の魔法を閃く礎となってくれることだろう。
そんな確信めいた予感が俺の中には芽生えていた。
「質問は以上か、ラディスラフ?」
レオノーラが尋ねてくる。
「先生は魔光弾と固有魔法を同時使用するとき、どんな感覚でやっているんです?」
それを聞いてどうする、などとは言わず、彼女は必要なことだけを答えた。
「私は脳内の『詠唱域』を一〇分割し、必要に応じてその何割かを『空白領域』にするイメージを用いている。ただしこのやり方が万人に適合するかは保証できない。各人が最適な手法を考案すべきだ」
「参考になりました。ありがとうございます」
レオノーラの叱責が効いたらしく、今度は一つたりとも失笑の声は上がらなかった。
(『詠唱域』の分割、そんな考え方があったなんてな……!)
これだから魔法の勉強は面白い。
探求の道は果てなく、底知れず、だからこそ全力で取り組む価値があった。
◇◇◇
一日の講義を終えてフォーマルハウト邸に戻ると、発注していた品物が部屋に届けられていた。
「ラディ様、なにを注文なさったんですか?」
床に置かれた全長一メートルあまりの細長い木箱を、エルが興味津々な目で見つめる。
「魔導師に必須のものだ」
木箱を開封すると、金属製の魔石杖がお目見えした。
杖としてはかなり長く、全長は七五センチほどある。
俺は杖を手に取って、握り心地や質感を確かめた。
「うん、悪くない出来栄えだな」
街の商店で売られている既製品ではなく、オーダーメイドの特注品だ。
大貴族の特権を最大限活用し、金に糸目をつけず竜都アルカトニスでも指折りの職人に最高の素材で作らせた杖だった。
「は、はあ。ラディ様が魔石杖をお使いになるのですか……?」
当然の疑問に、俺は杖を剣のごとく一振りして答えた。
「いや、こいつは魔法用じゃなくて剣術用だ」
純粋に「魔導師の杖」として見た場合、不必要なほどに長く太い。
強度を最優先した鋼鉄製で相応の重量もある。
一般的に魔石杖は軽さと取り回しの良さを重視して木製が多く、金属製の場合でも細く優美に仕上げるのが常識だった。
発注された職人もさぞ首を傾げながら作ってくれたことだろう。
(本当は正真正銘の刀が良かったんだけどな)
湯水のごとく金を使っておいてなんだが、この杖は俺にとって妥協の産物だった。
剣術を使うなら、刀剣類を持つべきに決まっている。
ところが、魔法が栄えるミスカリアでは武器を専門に作る鍛冶師がいない。
この世界における鍛冶の仕事とは、調理器具や農機具、あるいは工具を作ることだった。
もっともソウゲンならば本物の「刀鍛冶師」を知っているはずで、俺は紹介してくれと頼みこんだのだが、
「駄目に決まってんだろ、まだ早すぎる。あいつの刀は持ち主を殺すんだ。比喩でもなんでもなく、文字通りにな」
未熟さを理由に断られてしまったので、俺は妥協せざるをえなかった。
選択肢は二つ。包丁やナイフくらいしか作ったことのない鍛冶師に頼むか、それとも鋼鉄製の杖を専門とする職人に頼むか。
完成品の出来栄えを見る限り、後者を選んで正解だったようだ。
ちなみに魔導師の杖であるからして、むろん先端部には魔石がはめこまれている。
さすがに「魔石なし」での発注は憚られた。
(ふざけてると思われて、断られかねないからな……)
高価な特注品の杖にふさわしい、高純度高品質の魔石。
例によって俺には無用の長物だ。さっそく杖から取り外す。
「あっ! ぁああっ!」
急にエルが両手で顔を覆って背中を向け、
「ラディ様っ! 今度またわたくしの目の前で高価な魔石を台無しにしたら、しばらく実家に帰らさせていただきますからねっ!」
この前の実験のことをいまだに根に持っているらしい。
「わかってる、実験はもう十分だからな」
俺は取り外した魔石をエルに差し出して言った。
「これはエルに使ってほしい。この前の戦闘でペンダントの魔石を使わせてしまったしな」
「こ、こんな高価なものを、わたくしにっ……?」
「自分でも気の利かないプレゼントだとは思うけど」
「そんなことはありませんっ!」
エルは魔石を受け取ると、両手で抱きしめるように胸元へと押し当てた。
「ありがとうございますラディ様! 一生の宝物にしますねっ!」
「いや、必要な時に使わないと宝の持ち腐れだろ」
俺は苦笑して言った。




