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第17話 二流の師

 下山してソウゲンの庵に到着したとき、夕日はもう半分以上が山の稜線に沈んでいた。


「ほらよ、討伐の証だ」


 俺はかついできた大熊の左手を土間に下ろした。

 手首の切断面は火で焼灼しているため、血は一滴も流れない。


「ほおぅ。刻限ぎりぎりだったが、やり遂げたみてえだな」


 ソウゲンは満足げな顔でにやりとするが、


「いいや、試験じたいは残念ながら失格だ」


 俺はざっくばらんに言って、機能停止した印籠二つを上座のソウゲンに放った。


「おいおい、こいつはどういうことだ? 魔法を使った上に中の魔石が砕けてるじゃねえかっ!」

「こういうことだよ。――エル」

「はいです! うんしょっ、とぉっ!」


 エルが特大の熊の手を引きずり、開けっ放しの戸口に置いた。

 下山に時間がかかったのは、この大物を運ぶのにもう一往復を要したからだった。


「お前ら、まさか――暴走個体まで倒してきたってのかよ?」

「ああ、仕方なくな」

「ソウゲン様。身内のわたくしの証言に信憑性はないと思われるかもしれませんが、ラディ様は本来の試験はお一人で、魔法をいっさい使うことなく果たされました」

「だろうな。そいつの魔力の流れを見りゃ、武技を体得したことは一目瞭然だ」

「魔力の流れ?」

「そうだ。そのうちお前さんにも見えるようになるだろうよ、ラディスラフ。儂の稽古に付いてこれれば、な」

「! それじゃあ――」


 ソウゲンはうなずいて言った。


「そう急くな。『託す』かどうかはまだ決めてねえ。今後のお前さんの成長しだいだ」


 俺はその場に両膝をついて礼をした。


「ソウゲン先生。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」

「畏まらなくてもいいっつの。ほら、今日はもう遅いからさっさと帰んな。話はまた後日だ」


 俺は喜び勇んで帰路についた。


   ◇◇◇


 翌日、さっそくソウゲンは連絡をよこしてきた。


「やれやれ、またあの庵に行くはめになるのか」

「それがですね、指定されたのはまた別の住所でして」


 エルが手渡してきたメモを確認する。


「は? この住所って――」


 ラディの記憶が確かなら、そこは竜都アルカトニスでも貴族の邸宅が並ぶ高級住宅街。

 つまり、ここフォーマルハウト邸のわりかし近所だった。


「どういうことなんだ? まあ、行ってみるしかないか……」


 俺は狐につままれたような心地のまま家を出た。

 馬車を使う距離でもないので徒歩で向かう。


 五分少々でメモの住所に到着する。

 門構えの立派さといい家屋の大きさといい敷地の広さといい、明らかに平民の域を逸脱していた。

 半信半疑で呼び鈴を鳴らすと、まもなく門の向こうに壮年の執事が現れた。


「ラディスラフ様ですね。主から話はうかがっております。どうぞお入りください」

「は、はあ」


 案内された先は日本庭園を思わせる庭で、池の傍らにはソウゲンが立っていた。

 着ている和服もひと目で高級品とわかる仕立てで、本人のオーラも相まって大名のごとき雰囲気を醸し出していた。


「来たか、ラディスラフ。さっそく稽古をつけてやるからありがたく思いな」

「それは願ってもないが……なんだこの豪邸は? むしろ昨日のあばら家は一体なんだったんだ?」


 突っこまざるをえない状況だった。


「ありゃ儂の憩いの場だよ。ここにずっと住んでると息が詰まって仕方ねえからな」

「物好きだな。こんなに立派な屋敷のなにが気に入らないんだ?」

「ま、今さらお前さんに隠し立てすることでもねえか」


 一つ嘆息をこぼしてからソウゲンは言った。


「土地も、家屋も、使用人たちも、なにからなにまで先代の竜王から賜ったもんだからだよ。こいつの『詫び』って名目でな」


 自身のねじくれた左脚を杖で指し示す。


「なるほど、それで――」


 ソウゲンにとってはこの屋敷全体が「敗北の証」にほかならないわけだ。

 それならば息が詰まるという話にも納得がいった。


 カツンッ! ソウゲンが足元の飛び石を杖で叩く。

 それだけであたりの空気が凛冽さを帯びた気がした。


「さて、稽古の時間だ。付いてきな」


 ソウゲンが向かった先は、石畳を正方形に配置した稽古場だった。

 一辺が一五メートルと申し分のない広さがある。

 俺はソウゲンに倣って、一礼してから石畳に足を乗せた。

 昨日と同様に木刀が手渡され、稽古場の中心でソウゲンと向かい合う。


「最初にこれだけは言っておくぞ、ラディスラフ。お前さんがどれだけ儂を評価してるのかは知らねえが――どこまでいっても、儂はしょせん二流の師匠だ」


 およそソウゲンの口から出たとは思えない言葉だった。


「い、いや、そんなことはないだろう。先生以上の剣の達人、魔力武技の使い手はミスカリア広しといえど一人もいないはずだ」

「悪し。その考え方が根本的な間違いだと言ってるんだ」 


 ソウゲンは片目だけを開き、抜き身のごとき鋭い眼光で俺を睨めつける。


「現に、儂は誰にもなにも習ってねえ。されど儂の『師』はいつも一番近いところにいた。どういうことか、解るか?」


 禅問答のような問いかけだが、言わんとしていることはどうにか把握できた。


「……『実戦』が師ってことか?」

「悪し。それじゃあ凡夫の思考止まりだ。戦は稽古の『場』であって師にあらず」


 ソウゲンはつづきを口にせず、俺が答えを導き出すのを辛抱強く待っている。

 これこそが最初の稽古。いの一番に鍛え直すべきは意識の持ち方ということか。


(これは……お手上げだな) 


 俺の頭では考えても正解を出せそうにない。

 となれば――『ダムドファントム』の作中の台詞からヒントを得るしかない。

 ほどなくして、これだというフレーズに思い当たった。


(――『いいか、つねに技の声に耳を傾けろよ』)


 そうだ、これで間違いない。

 カンニングしたようで気が引けるが、四の五の言ってはいられない。

 使えるものはなんでも使うのが俺の基本方針だった。


「先生の師は――『技』そのものか?」

「良し。よく気づきやがったな、その通りだ」


 ソウゲンは我が意を得たりと言葉をつづけた。


「技を習うんじゃねえ、技に習うんだ。理想の技を常に想起し、それを戦の中で更新しつづけろ。その果てにこそ、お前さんだけが成しうる至高にして究極の技があるはずだぜ」

「……難解だな。正直、言っていることの半分も理解できてるか怪しいんだが」

「そりゃ当然だ。お前さんの現在地は、剣のド素人で魔力武技の初段者なんだからな」

「即座に理解して完璧に実行できるのは、正真正銘の天才だけってわけか」

「もしくは、それ以上の超越者だな」


 正史通りの未来が訪れれば、ソウゲンはまさにその超越者と巡り合う。

 不死者という名の超越者と。


「しっかしまあ、つくづく奇妙な男だな、お前さんは」


 ソウゲンが興味深々な視線で俺を眺め回す。


「普段はさほどでもないのに、たまに異常に鋭すぎる。儂の心を読んでいやがるのかってぐらいにな」

「――まさか。だったらもっと会話の主導権を握れてるだろ」

「だろうな。与太話だ、忘れてくれい」


 さしものソウゲンの眼力でも、俺が別世界からの来訪者であり、未来の一部を知っていることまでは見通せなかった。


「難儀だが、まずはド素人のお前さんを二流まで引き上げてやるとするか」


 ここから先は実践稽古だった。


「見てやる。儂に全力で魔力武技を撃ってきな」


 俺は言われた通りにした。

 木刀を両手で握り、ソウゲンに接近して上段から振り下ろす。

 昨日以上に魔力の瞬発を発揮できた一撃だったが――


 ガィンッ! 次の瞬間、俺は弾き飛ばされて地面に仰向けに寝そべっていた。


「なッ……!?」


 ソウゲンの腕の動きも杖の軌道も視認さえできなかった。

 それほどまでに技の次元が俺とは隔絶していた。


(こ、これが本物の魔力武技……!)


 愕然とすると同時に、ある種の感動と歓喜を覚えた。

 ゲームでいうなら、ラディのレベル上げはまだ始まったばかり。

 ステータスが最終限界点カンストに達した時、一体どれほど強くなれるのかは想像もつかなかった。


「儂は今、あえてお前さんと同等の魔力しか使わなかった。にもかかわらずこの結果が生じた理由はいかに?」

「『瞬発力』だろう、先生」

「良し。第一にはそれだ。まずは魔力の瞬発を徹底的に磨き上げろ」

「はいっ!」


 俺は起き上がって再度、木刀を構えた。

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