第15話 魔力武技
「なっ――!」
想定外の事態に俺は狼狽する。
(武器の強化が不十分だった? それともこいつが予想以上に硬かったのか?)
その思考が隙を生む。
頭蓋骨にヒビが入ったにもかかわらず、大熊は少しも怯まない。
すぐさま反撃の体当たりを見舞ってきた。
「ぐっ……!」
回避は間に合わず、木刀で受けるわけにもいかない。
俺は左腕で大きな肩を受け止め――
ドゴォゥッ! ひとたまりもなく吹き飛ばされ、一〇メートルも後方にあった樹の幹に叩きつけられた。
すさまじい威力。
魔力で身体強化していなければ、粉砕骨折と内臓破裂で即死は免れなかった。
「ラディ様ッ!」
「だ、大丈夫だっ、まだやれる……!」
手出し無用とエルを牽制する。
体は動く。左腕は痛みが激しくすぐには動かせないが、骨折にまでは至っていない。
インパクトの瞬間、とっさに魔力を充填して防御力を高めたおかげだった。
受けたダメージは大きく、唯一の武器である木刀も損傷して弱体化してしまった。
だが、俺は追い詰められるどころか、逆に勝機を見出していた。
(全部あんたの筋書き通りだっていうのかよ、ソウゲン先生っ……!)
俺の推理が正しければ、彼は剣士としてだけではなく師匠としても傑物だった。
最初に指示されたときは、なんて適当な試験だと思ったが――よく考えられている。
俺は起き上がり、体勢を立て直した。
大熊は突進をかわされたことを警戒してか、慎重に距離を詰めてきていた。
(この試験を突破できれば、魔力武技を自ずと体得できる仕掛けになっている……!)
もちろん、誰でも簡単にとはいかない。
試験を突破できるのは、肉体的にも魔力的にも際立った才能ある者だけだろう。
自画自賛ではない。才能の大部分は俺ではなくラディに由来しているからだ。
さすがは瘴気発生後の世界で、火葬の死使徒というネームドボスになる男なだけのことはある。
不死者や竜王といった超越レベルの存在には及ばずとも、ラディは疑いの余地なく天賦の才の持ち主だった。
その才能と、俺が持つ魔力武技の知識が結びついたことで、突破口は開けた。
俺を追い詰めた大熊が後ろ脚で立ち上がり、顔面めがけて右前脚を振り下ろす。
俺は回避も防御もしない。
片手突きの構えを取り、折れた木刀の先端で大熊の心臓のあたりに狙いを定めた。
(――いいか、魔力武技の肝は『瞬発力』だ)
それは『ダムドファントム』のゲーム内にて、ソウゲンが不死者相手に語った言葉だった。
人間は通常、筋力の二割程度しか使用していないとされる。
しかしスポーツの試合などでは意図的に脳のリミッターを外し、瞬間的に大きな力を引き出している。
魔力も筋力と同じだ。
使い果たせば精神崩壊の危険すらあるため、意識が出力制限をかけた上で術式という「増幅装置」を利用している。
そのリミッターを意図的に、一時的に解除する。
やり方は把握済みだ。
さっき左腕で防御した時の感覚。あれを攻撃に転換すればいい。
(まだだ、まだ――)
魔力を体に流さず、生身のまま待ち構える。
瞬発力とは高低の差だ。急激な変化が圧倒的なエネルギーを生み出す。
大熊の掌が頭頂に迫る。
生身で受ければ頭蓋骨粉砕どころかプレス機に押し潰されたような死体の出来上がりだ。
(まだ――今ッ!)
俺はリミッターを解除し、ありったけの魔力を瞬時に行き渡らせた。
身体強化と身体操作、さらに武器強化を一瞬で完了させる。
「ぉおおおおッ!」
先ほどとは比較にならない、超高速の刺突が放たれた。
ゾゥンッ……! 大熊の掌は俺の頭の上すれすれで停止し、胸部には背中まで貫通する大穴が空いていた。
大熊は一撃で絶命し、力なく後方に倒れた。
「っ……!」
俺もまたその場に片膝をつく。大熊から受けたダメージのせいではなく、魔力武技の反動だった。
刺突を繰り出した一動作だけで、全力疾走の直後のような肉体的・精神的な消耗に見舞われていた。
「だがっ……使えたぞ、俺にもっ……!」
俺は疲労も忘れて勝利の高揚感に浸っていた。
「ラディ様っ!」
エルが欣喜雀躍して駆け寄ってくる。
が、彼女は急に足を止め、なぜか顔を真っ青にした。
「エル――?」
俺が疑問符を浮かべた直後、ドスンと軽い地響きがした。
背後を振り返ると、今倒した大熊の優に二倍のサイズを誇る特大熊が林の奥に現れていた。
「まさか……今のが子熊であれが母熊かッ!」
母熊は子熊の亡骸を目にすると、風圧を感じるほどの雄叫びを上げた。
巨体に見合わぬ機敏さで突進してくる。ターゲットはむろん子の仇である俺だ。
「くぅっ――!」
受けて立つのは、戦車と正面からやり合うようなもの。
俺は大きく飛び退って身をかわし――即、自身の失策を悟った。
(しまった、エルが――!)
母熊の進行方向にはちょうどエルが立っていた。
エルは魔法での迎撃を試みて――一瞬、躊躇する。
その原因は腰につけた魔道具の印籠だった。
せっかく俺が試験をクリアしたのに、自分が原因で失格にしてしまうわけにはいかない。
そんな考えが脳裏をかすめたのだろう。
だがもう試験は終わっている。
俺は躊躇なく術式を解禁して唱えた。
「――『火矢』!」
三ヶ月の訓練によって編み出した魔法の一つ。
文字通り矢の形に圧縮形成した火を放つこの技は『火球』より射程と弾速に優れていた。
俺の放った火の矢は母熊の胴体に突き刺さり、炎上する。
母熊が悲鳴を上げて転倒し、エルは難を逃れた。
「あ、ありがとうございます! ですが魔法を使ってしまったら――!」
「試験は失格扱いだろうな。でも仕方ない、エルの命には替えられないからなっ……!」
「ラディ様っ……!」
母熊が起き上がり、瞳にいっそう怒りを燃やす。
俺の『火矢』もさしたるダメージにはなっていないようだった。
母熊が再び動き出そうと一歩を踏み出し、
「――『土壁』よ!」
エルが胸元の魔石製のペンダントを握り締め、魔法を発動。
母熊の足元の地面が隆起し、土壁がアッパーカットの要領で下顎を強打した。
「でしたらわたくしも、ここからは全力でお手伝いしますよっ! ラディ様のお命こそなによりも貴重で重要なものなんですからねッ!」
「よし、二人でやつを倒すぞ!」
「かしこまりましたぁっ!」
エルは迷いを振り払って完全に戦闘モードになった。
俺も左腕が満足に動かせるまで回復し、連戦に支障はなかった。
「にしても……なんてタフさだ」
思わず舌打ちが出る。
エルの『土壁』による打撃でひっくり返りはしたが、母熊は何事もなかったように起き上がってくる。
その間に、エルは俺の元へと駆け寄って合流した。
「魔石を大量に摂取しすぎて、痛覚も麻痺した状態になっているのでしょうね」
「まったく、俺たちはほとほとついてないな」
これほど巨大な魔物には、人里では当然として山中でも滅多に出くわすことはない。
というのも、生物として完全に過熱暴走状態であり、放っておいても三日と経たずに自滅し死亡するからだ。
「ですけどラディ様、あれだけの魔物を討伐すれば、ソウゲン様もお認めになってくださるのでは?」
「かもしれないな。やつを倒した証を持って帰れば、魔法を使ったのは事故だと証明できる……!」
となれば、いよいよ逃げるという選択肢はない。
持てるすべての火力を投入して、やつの異常な防御力を突破するしかなかった。




