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第14話 弟子入り試験

 いかにもあばら家という風情の庵の中は、質素ではあるが汚くも荒れてもいなかった。

 古い日本家屋のごとく土間の奥が板敷きの部屋になっており、中央では囲炉裏に火が焚かれていた。

 竜都ではいっさい見かけることのない、薪を燃やした本物の火だった。


「言っておくが、靴はそこで――」

「脱ぐんだろう。もちろんわかっているさ」


 俺がてきぱきと靴を脱いだので、ソウゲンは少し意外そうな顔をした。


「椅子はねえから適当に座ってくれ」


 相手が上座にあぐらをかいたのを見て、俺もその正面で膝を折って正座した。


「ほう? わざわざ作法を勉強してきやがるとは、ますますけったいなボンボンだな」

「教えを乞う身だからな。礼儀は大事だろう、特に瑞穂の国では」

「で? ラディスラフと言ったか。要件は如何に?」

「先生の魔力武技を俺に教えてほしい」


 俺は本題をストレートに切り出した。


「教えてもらってどうする?」

「俺の魔法と組み合わせて、ゆくゆくは『火の魔法剣』を編み出したい」

「儂の技を糧にしようって腹積もりか。糞生意気な。それで、お前さんはその『剣』でなにを斬ろうっていうんだ?」

「竜王を殺す」


 正直に告げる。さすがにこれをエルの前で口にするのは憚られた。


「はっ……!」


 ソウゲンは一笑に付して言った。


「本気か? いや、正気か? あの半蛇神の怪物を殺せるとでも?」

「ああ。竜王は化け物かもしれないが、死ぬ。だったら殺すのも不可能じゃないはずだ。ソウゲン先生だって――」


 俺はここで彼に対する「切り札」をオープンにした。


「そう考えたからこそ、先代の竜王に一騎打ちを挑んだんだろ」


 本人たちと、あとは竜王の側近くらいしか知らないはずの過去。

 ソウゲンはかつて竜王と一対一の真剣勝負に臨み、敗れた。

 どういう流れで決闘が実現したのかは知らないが、彼のねじくれた左脚が確かな証拠だった。


「お、お前っ、どうしてそれをッ――!?」


 これまで泰然自若としていたソウゲンが、にわかに動転して腰を浮かせた。


「どうでもいいだろ、そんなことは」


 逆に俺は落ち着き払って言った。


「あんたにとって重要なのは、俺に『託す』か否か、だろ」


 瘴気の発生後、半霊体となったソウゲンが不死者に協力するのは「竜王殺し」という果たせなかった大願を託したからだ。

 俺は先手を打ってその経緯ストーリーを乗っ取った。


「――はっ。くくくっ……!」


 果たしてソウゲンは、顔を伏せてくつくつと笑った。


「認めてやるよ、ラディスラフ。理由はどうあれ、お前さんが只者じゃねえことだけは確かなようだ」

「そいつはどうも」

「だが、志だけじゃ足りねえな。託してほしけりゃ、それに足る『器』だってことを証明してみせろ」

「望むところだ」

「なら、これを持って裏の山に行ってこい」


 ソウゲンは傍らの行李から二つの物を取って投げてよこした。

 一つは鈴、もう一つは印籠だった。


「これは魔道具か?」

「そうだ。印籠は『魔法探知器』。身につけたやつが魔法を使うと印が刻まれる。鈴のほうは『魔物呼び』だ。魔力を流せば特定の魔物を呼び寄せる音が出る」

「魔物――魔石喰らいのことか」


 アルカトニス周辺では地中から天然の魔石が産出され、時に動物が食べることがある。

 魔石を摂取した個体は魔力の影響で巨大化および獰猛化する。

 といっても、魔導師の手にかかれば大抵はたやすく駆除できる。

 その程度の危険性でしかなく、試験としてはやけに簡単に思えたが、


「鈴で呼び寄せた魔物をこいつ一本で倒してみせろ。魔法は使わずにな」


 ソウゲンは木刀を掴み、柄のほうを俺へと差し出した。


「成し遂げたら証として左手を切って持ってきな。承知してるたぁ思うが、魔法を一度でも使ったら即失格だ。刻限は今日の日が落ちるまで。なにか質問はあるか?」

「印籠はいいとして、鈴のほうは俺には使えない。俺が魔力を流したとたん魔石は砕けてしまうんだ」

「はぁん? なんだそりゃ。だったらあの女中を連れて行け。そら、加勢できねえよう印籠をもう一つくれてやる」


 手渡されたものすべてを抱え、俺はソウゲンの庵を後にした。


   ◇◇◇


 数十分後、俺とエルは裏山をひたすら登っていた。

 整備された登山道などあるわけもなく、かろうじて見える獣道を歩いていく。

 足元の悪さもさることながら、ことあるごとに道を塞ぐ藪や茂み、低木の枝葉がとにかく厄介だった。


「うぅぅっ! 魔法さえ使えたら、わたくしがずぱっと道を作れますのにぃっ……!」

「すまないな、エル。俺のためにこんなことにまで付き合わせて」

「本当ですよ。これで試験に失敗したら承知しませんからねっ!」

「ああ、必ず合格してみせる」


 俺は右手に携えた木刀を強く握り締めて言った。


「それはそうと、どこまで行ったら鈴を鳴らせば良いのでしょうか?」 

「さあ、ソウゲンは特になにも言ってなかったけど……」


 標的を見つけ出すのも試験の一部、ということだろう。

 俺は歩きながら頭上を仰ぎ見る。

 太陽はすでに天頂を通過して久しく、刻一刻と西へ落ちていた。

 懐中時計で確認してみたところ、現在の時刻は十五時を過ぎたあたり。

 残された時間は三時間くらいだろう。


 と、足元が比較的平らになり、開けた場所へとたどり着いた。

 ここはちょうど山の中腹のあたりだった。


「ラディ様、あれを見てください」


 エルが指し示したのは、巨大な爪痕にえぐられて半ば倒れかけている樹木の幹だった。

 あらためて周囲を見渡すと倒木がやけに多く、幹には一様に同じ爪痕が刻まれていた。


「ここで間違いなさそうだな。エル、鈴を鳴らしてくれ」

「はいっ! ご武運を、ラディ様!」


 鳴り出した鈴を受け取り、エルを下がらせる。


「さて、どんなやつが出てくる?」

 

 まもなくして、重たげな足音とともに大きな影が姿を現した。

 それは現代の日本人にとって、もっとも身近で危険な猛獣だった。


「熊か。それにしても――!」


 地球上で最大の熊はホッキョクグマだが、それでも全長は二五〇センチほど。

 この「魔物」はその倍、五〇〇センチにも達する大きさだった。


「こいつを魔法抜きで仕留めろっていうのかよ、冗談きついぜ……!」


 だとしても、やり遂げるしかない。

 俺は両手で木刀を正眼に構えた。


 鈴の効果か大熊はすでに俺への敵意をむき出しにしている。

 唸り声を上げると一直線に突進してきた。

 装甲車が突っこんでくるような迫力だったが、


「っと!」 

 

 俺は飛び退って回避する。

 純粋な反射神経と身体能力ではなく、魔力による強化の賜物だった。


 ソウゲンの課したルールを再確認する。

 禁じられているのは「魔法」の使用であって魔力の使用ではない。

 要は魔力を魔法に変換する術式さえ封印すれば、事故による失敗は完璧に防げる。


 問題はその縛りを課した上で、しかも木刀一本で大熊を絶命させられるのかどうかだった。

 熊は鋭い牙や爪による攻撃力と、分厚い体毛と表皮による防御力を兼ね備えた猛獣だ。

 通常の個体であっても人が棒で殴った程度ではびくともせず、刃物でさえ急所を狙わなければ効果は薄いとされる。


 ならばソウゲンは俺に無理ゲーを押しつけたのか?

 そうではない。

 これは弟子入りの試験であると同時に最初の稽古でもあると俺は看破していた。


(魔力武技の基礎を自分で体得しろってわけだな、この戦いの中で――!)


 無理とは言わないまでも、相当に無茶苦茶だ。

 俺自身の武術の経験といえば、高校のころ体育の授業で少しだけ剣道を習ったくらい。

 ラディに転生した後も、魔法の訓練ばかりで剣を握ったことなど一度もなかった。


 しかし、進退窮まっているかといえばそうでもない。

 今の回避で、はからずも俺はちょっとしたコツを掴んでいた。


(魔力による身体強化と、身体操作――)


 魔法を禁じられたせいだろう。

 生命の危機に瀕して、無意識のうちにそれが実行できた。

 ならば次は意識的にやってみればいい。

 間違いないと断言できる。その先にあるのが魔力武技の世界だ。


 大熊が急制動をかけて方向転換を試みるが、動き出しは俺のほうが何手も先だ。

 焦らず、確実に、まずは全身に魔力を行き渡らせる。

 体内の血管網をイメージし、両手足の指先まで横溢させた。


 次に脳から筋肉に「動け」と命令を発する。

 ただし神経パルスを介してではなく、全身に行き渡らせた魔力を媒介にする。


 これだけで俺の肉体は、トップアスリートをはるかに凌駕するスペックにまで引き上げられた。

 地面を蹴り上げ、猛烈な加速で大熊に接近する。

 しかも動きは無駄なく洗練されており、脳内の理想的なイメージと寸分違わない。


 これが魔力による身体強化と身体操作の恩恵。

 俺は跳躍し、両手で握った木刀を大上段に構えた。

 さらに魔力の浸透を木刀にまで延伸する。

 こうすることで鋼の大剣並の強度と威力を備えた武器となる。


「はぁッ!」

 

 全力で、大熊の脳天めがけて振り下ろす。

 直撃。衝撃は分厚い毛皮を貫通し頭蓋骨にまで達した。

 強固な骨が軋み、亀裂が生じていく確かな手応え。

 あと一押しで頭蓋を砕ける――


 ベギンッ……! 次の瞬間、負荷に耐えきれなくなった木刀が中ほどで折れてしまった。

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