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第13話 武技の蒐集家

 メイドの仕事は多岐に渡る。

 主人の身の回りの世話だけでなく、屋敷にまつわる雑務全般が守備範囲だ。

 優秀であればあるほど一人のメイドの担当領域は増える。

 そして仕事が増えれば人脈の輪は自然と広がり、独自のネットワークを構築するまでになる。


「見つかりましたよ、ラディ様」


 エルは三日と経たずに良い知らせを持ってきた。


「お探しのソウゲン様は、竜都の外れにお住まいのようです。住所はこちらに」


 所在地を書いたメモを手渡してくる。

 思惑通りの展開に俺は心中で喝采を上げた。

 キアラがいるなら彼もまたこの時代に存在すると踏んだが、大当たりだった。


「相変わらずエルは仕事が早いな。本当に助かる。さっそくだけど馬車を――」

「そうおっしゃると思いまして、すでに手配済みです」


 つくづく俺のメイドは優秀だった。


「ではラディ様、参りましょうか」

「ああ――って、えっ? まさかエルも一緒に行く気なのか?」

「はい? まさか、ではなくもちろんご一緒させていただきますけど」

 

 エルはほがらかな笑みを浮かべた。


「いや、それはちょっと……」

「ラディ様」

 

 エルはずいっと距離を縮めて、笑顔を絶やすことなくつづける。


「わたくしはご依頼をいただいた際、どうしてそんな方をご存知なんだろう、とか、会ってどうするおつもりなんだろう、とか、当然出てくる疑問をいっさい口にしませんでしたよね? それなのに同行すら拒否されると? ははあ? ふふう? ほほお?」

「そ、そんなわけないだろう。いやぁ、エルが一緒に来てくれるとすごく心強いなあ!」


 俺はプレッシャーに耐えきれず白旗を上げた。

 そんなわけで、エルと二人で馬車に乗って竜都の外れをめざす運びとなった。


「捜索の過程でいろいろと噂が耳に入ってきましたけど、ソウゲン様というのは一部では大変有名な御仁のようですね」

「どんなふうに有名なんだ?」

「剣一本でそれなりに高位の魔導師を倒してしまった、とか。それも一人や二人でなく、何人も打ち負かしているとの噂です。わたくしにはとうてい信じられないことですけど」

「いや、たぶん全部が事実だ。俺がソウゲンに会うのも彼から剣術を学ぶためだしな」


 もったいぶっても仕方ないので、俺は早々に目的を白状した。


「ラ、ラディ様が剣術でございますか。それはまた、なんと言いますか……」


 エルは言葉を濁したが、どんな単語を思い浮かべたかは容易に察せられる。

「珍妙な」とか「奇矯」なとか「物好きな」とかだろう。 


 ミスカリアでは武道全般はまったく流行らない。

 武器を持って戦うくらいなら、なにがしかの魔法を使ったほうが強いに決まっているからだ。

 剣も槍も斧も槌も弓も、魔法に昏い蛮族の野蛮な獲物。

 それがミスカリア、とりわけ竜都に住む貴族社会の常識だった。


 とはいえ、いつの時代のどこの国にも「奇特な天才」が一人くらいは存在する。

 武技の蒐集家ソウゲンはまさにそういった人物だった。


 命脈の巫女キアラと同じく『ダムドファントム』で不死者の協力者となるNPC。

 拠点にいる彼に話しかけると、さまざまな「魔力武技」を修得することが可能だった。

 ゲーム内で戦闘することはないが、生前は間違いなく剣の達人だったはずである。


 ソウゲンを味方にできれば、不死者の戦力をマイナスにし、俺の戦力をプラスにできる。

 キアラ同様、バスケでいうところの「リバウンドの法則」が働く人物でもあった。


「エルの言いたいことはわかる。ミスカリアじゃ剣術なんて誰もやってないからな。でも俺はどんな手を使ってでも強くなりたい。いや、強くならなきゃいけないんだ」


 本格的に剣術を使えるようになる。その構想は以前から漠然とした形であった。

 たしかに魔法は便利で強力だ。

 今の俺でも小火器で武装した兵士くらいの火力は出せるし、さらに成長すれば現代兵器なみの破壊力を持つことも夢ではないかもしれない。

 だから魔法の訓練と探求はむろんつづける。


 ただし、それだけでは物足りないというか、しっくりこない感じがしてならなかった。

 どれだけ鍛えて威力と規模が増大しても魔法は「武器」の域を出ない。

 魔導師にとって魔法とは「通常攻撃」にほかならないのだ。


 並の相手ならばそれで事足りる。

 だが俺の仮想敵は不死者と竜王という、人智を超越したレベルの傑出した「個」なのだ。


 きたる決戦の時、通常攻撃だけ挑むのはあまりにも心もとない。

 だから俺は「技」を、強敵を確実に仕留められる「必殺技」を欲していた。

 ――というのが、論理的な動機。


(やっぱり俺には接近戦がしっくりくるんだよな)


 そしてこちらが感情的な動機だった。

『ダムドファントム』では魔法のみで戦うこともできるが、俺は圧倒的に近接戦闘派だった。


 そもそも銃で戦うFPSより剣で戦うアクションゲームが好みなのだ。

 単なる趣味嗜好と言ってしまえばそれまでだが、俺は向き不向きの指標であると考えていた。

 俺はきっと剣を手にしたほうが強くなれる。


「このごろのラディ様は」


 エルがいつになく神妙な表情と口調でつぶやいた。


「ときおり突拍子もない言動をなさいますよね。まるでどこか遠くの国からいらしたまったく別の方のように――」

「そ、そうか?」


 鋭い指摘にどきりとしてしまうが、


「はっ! わ、わたくしったらなんて失礼なことを! 申し訳ありません忘れてくださいっ!」


 エルはすぐに発言を撤回して頭を下げた。


「いや――エルの言ったことは当たってるかもな」

「えっ?」

「俺はこれからもっと変わっていく。変わらざるをえないと思う。それこそ別人になるくらいに」


 計画が進行するにつれ、元のラディと「俺」が乖離していくのは必然だった。

 その結果、エルが離れていってしまったとしても仕方ない。

 彼女は元々「ラディ」のメイドなのだから。


「でしたら――」


 エルが身を乗り出して言った。


「わたくしもラディ様と一緒に変わりたいです。変われるように全力で努力しますからっ!」

「エルがそこまでする必要は――」

「いいえっ、あります! だってそうしないと、ラディ様はお一人でどこか遠くへ行ってしまわれそうですから……!」

「そう、かもしれないな」


 真摯な言葉に、俺も真摯に向き合って答えた。


「でも、どこかに行くとしても必ずエルにだけは伝えるよ。約束する」

「絶対ですよ? もし破ったら――」

「承知しない、か?」

「いいえ、土壁で雪隠詰めの刑です」


 まったく冗談に聞こえなかったので、俺は約束を遵守すると心に誓った。


   ◇◇◇


 ソウゲンの住居は郊外どころか、鬱蒼とした林の中にあった。


(家というか庵だなこれは……)


 屋根の傾きかけた粗末な小屋。

 当然ながら見渡す限り周囲に他の人家はなかった。


「こ、こんなところに本当に住まわれているのでしょうか……?」

 

 エルがドン引きするのも無理はない。

 竜都の貧民街のほうが住居の外観はまだまともだった。


「たぶん武者修行的な放浪でもしていて、ここは借りの住まいなんだろう」


 俺は庵に近づき、建てつけの悪い木戸を拳で叩いた。


「突然の訪問で申し訳ない。俺の名はラディスラフ・フォーマルハウト。先生にぜひお目通り願いたく――」

「兄ちゃん、そこには誰もいねえよ」


 そのとき、どこからともなく現れた大男が俺に声をかけた。


「だろうな」


 俺は相手を見返すと、にやりとして言った。


「あんたは俺の目の前にいるんだから。はじめまして、ソウゲン先生」


 俺は目当ての人物に軽く会釈した。

 顔を知っているのだから見間違いようもない。

 ソウゲンは二メートル近い長身を誇る壮年の男で、身につけているのは瑞穂の国の民族衣装――早い話が和装だった。


 こんな辺鄙な場所で暮らしていながら、髪もヒゲも服もそれなりに身綺麗で不潔感はいっさいない。

 男にしては長い髪を紐で縛り、腰には瓢箪を吊るしている。

 左脚がねじ曲がったように歪んでおり、片手で杖をついて歩いていた。

 以上、おおよそゲーム内と一致する外見だった。


「帰れ」


 ソウゲンはにべもなく言った。


「まだ要件を言ってもいないんだけどな」

「言わずもがなだろ。儂んとこに来る客なんざ二種類しかいねえ。妙な使命感か好奇心かで蛮人を成敗しに来る阿呆の貴族のボンボンか、一発逆転を夢見て弟子入りしに来る阿呆な平民のバカガキか、だ」

「俺はそのどちらでもない」

「ほう? どうやって証明する」

「こうやってだ――!」


 俺は右手に炎を生み出し、ソウゲンに見せつけた。


「そいつは――ミスカリア人どもが言うところの『呪われた火』ってやつか」


 ソウゲンはさして驚きはしなかったものの、はじめて俺の顔を直視した。

 鋭い眼光が値踏みするように射抜いてくるが、たじろぐことなく視線を返す。

 数秒の沈黙の後、


「お前さんのその目、なにかとてつもない大望を――いや、野望を抱いてやがるな」


 さすがの眼力で見抜いてくる。

 俺は大きくうなずいた。


「いいぜ、話くらいは聞いてやる。中に来な」

「悪いがエルは外で待っていてくれ」

 

 俺が振り向いて言うと、エルは一瞬だけ躊躇をよぎらせたが、


「かしこまりました」


 自分は招かれていないと悟り、素直に首肯した。

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