第12話 命脈の巫女
これだけの衆人環視の中なのだから、立会人を選定する必要はない。
俺とエドワールは五メートルほどの距離を置いて向かい合うと、それぞれ魔力を練って術式を構築し始めた。
俺の選択はむろん『火球』だ。
コンラート戦で修得してから三ヶ月間、日々の訓練を通してひたすらこの魔法を鍛え上げてきた。
火力の上昇もさることながら、全体の動作が劇的に短縮されている。
発射体勢を整えるまで一秒とかからない。
「火の魔法、なんと面妖な! だがッ!」
エドワールが杖を振ると、魔石が輝いて強風が生み出された。
「ふははははっ! 我が『旋風』の前ではまさしく風前の灯だな!」
風系の属性魔法の使い手。
その事実を確認した瞬間、俺は勝率が完全に一〇〇パーセント達したことを確信した。
風によって火を消す。
たしかにマッチやロウソクの火などは、息を吹きかけただけで簡単に消えてしまう。
その理由は、燃焼の三要素のうち「可燃物」に当たる可燃ガスが吹き飛ばされてしまうからだが――
「エドワール、悪いがその『煽り』は逆効果だぜ」
火の玉は消えるどころか、一段と火勢を増して高温状態になっていた。
風で消せるのは小火がせいぜい。
一定以上の規模の炎にはむしろ逆効果だった。
「ば、馬鹿な! なぜ消えないんだぁっ……!?」
これもまた化学の法則通りの現象だ。
強風によって「酸素」が供給されれば燃焼は当然ながら促進される。
エドワールの行為は、溶鉱炉に鞴で空気を送りこんでいるにも等しかった。
「――『火球』ッ!」
火の玉を発射。ここにも工夫を加えてある。
前方からの圧力のみを解除することで高速射出を実現していた。
「ぐっ……うぉおおおおッ!」
エドワールは風力を上げて火の玉を押し返そうとするが、結局は火勢を強めるだけに終わった。
ボォンッ! 着弾と同時にエドワールが大火に呑みこまれた。
炎はそのまま背後の噴水に到達し、溜まっていた水を一瞬で蒸発させた。
ジュワッ! 大量な水蒸気が発生し、周囲にひろがる。
広場全体が濃霧に包まれたかのごとく白く染まった。
まもなく水蒸気が晴れ、視界が回復する。
「ぅぅっ……!」
エドワールは尻もちをついた姿勢だが、五体満足の状態だった。
火傷どころか髪や服さえ焦げていないのは、彼の体に沿って張られた魔法障壁のおかげだ。
エドワール自身の魔法でもなければ、誰かが身を守ってくれたわけでもない。
それは自動的に発動した魔法だった。
王立魔導学院の生徒全員が着用を義務づけられている、魔石をあしらった学生証。
制服の左胸に付けられたバッジがそれであり、そこに刻印された防御魔法が起動したのである。
致命傷レベルの魔法攻撃を検知すると自動的に障壁が展開され、所持者を一度だけ守ってくれる。
学院側が魔法戦をなかば奨励しているのも、この学生証があればこそだった。
むろんペナルティはある。
障壁が消えると、エドワールの胸のバッジにはめられた魔石が砕け散った。
学生証の紛失。
これでエドワールは再発行までの二週間、停学処分を食らうはめになる。
「俺の勝ちだな。約束通り、停学空けまでにその髪の毛を短くしてこいよ」
「こ、こんな、馬鹿なぁッ……! 天才の僕がっ……ぅぐぐぐッ……!」
エドワールは屈辱にまみれ、立ち上がることもできない様子だった。
せっかくの機会だ。俺は勝利宣言代わりに高らかに声を張り上げた。
「他にはいないかっ! 俺はいつでも魔法戦を受けて立つぜ!」
しんと静まり返る校庭の広場。
そこには一〇〇人もの生徒の姿があったが、誰も声を上げず身じろぎ一つできずにいた。
そのときだった。カツコツと悠然たる足音が背後から近づいてきた。
どうやら一人くらいは気骨のあるやつがいたようだ。
俺は振り返って――驚愕のあまり腰が抜けそうになった。
「キアラッ……!」
そして無意識のうちに、ラディが知っているはずのない名前を口にしてしまった。
足音の主は一人の少女だった。
女性にしてはかなり長身で、腰よりも長い銀髪をなびかせて歩いていた。
顔立ちはこの世のものとは思えないほど整っており、ある種の寒気を感じさせるほどだった。
俺を驚愕させたのはまさにその顔だ。
引きこもりのゲーム廃人だった俺が、ここ一、二年でもっとも頻繁に目にした女性。
「ゲーム史上もっとも美しいヒロイン」とまで称された、会心のデザインと渾身のモデリング。
それが画面の中のCGではなく、現実の人間として目の前に現れたのだから、腰を抜かすほど驚くのもやむなしだった。
命脈の巫女キアラ。
『ダムドファントム』のヒロインであり、システム面でもストーリー面でも最重要のキャラクターである。
命脈の巫女となるのは瘴気が発生してからではあるが――
「キアラだよなっ……!」
後先のことはいっさい考えず、俺は再び彼女の名を呼んだ。
「ごめんなさい」
彼女は俺に目もくれず、同じペースで横を通り過ぎながら答えた。
「あなたに興味なんてないの。誰にも、なにも、私は興味を持たないから」
そう話す声もまた、俺の耳にはゲームとまったく同じにしか聞こえなかった。
いまだ沈黙に包まれた校庭を、キアラが一人歩いていく。
本人の言葉通り、周囲に対して完全な無関心。
いや、超然としているといったほうが的確だろう。
その後姿に手を伸ばしかけて、俺はようやく自制心を働かせた。
(――まだだ。まだ、その時じゃない)
キアラに俺への興味を抱かせる「切り札」はある。
だがそれは劇薬もいいところで、使った時にどんな事態を招くかは皆目見当もつかない。
少なくとも「今」でないことだけは確かだった。
それにしても、興奮冷めやらぬとはまさにこのことだ。
俺はエドワールとの魔法戦など早くも忘却の彼方に追いやっていた。
こんなにも早く簡単にキアラに出会えるとは思っていなかった。
最重要キャラの名は伊達ではない。
もしキアラを俺に味方につけ、不死者と敵対させることに成功したなら「王殺し」以外にも道は開けるかもしれなかった。
どういうことか?
『ダムドファントム』では拠点にいる命脈の巫女キアラに話しかけ、彼女の力を借りることで不死者をレベルアップさせる仕組だ。
つまりキアラが敵対すれば、不死者はどれだけ敵を倒して経験値を稼いでも一レベルも上げられなくなる。
初期レベルのままの不死者であれば格段に倒しやすく、心を折ってラディスラフ撃破を諦めさせることははるかに容易となるだろう。
キアラとの邂逅により、次善の計画を王道の計画へとアップグレードできる可能性が出てきた。
これを僥倖と言わずになんと言おうか。
キアラの実在を確認できただけでも、この魔導学院に入学した価値はあったといえる。
彼女をどうにかして俺の仲間にしたい。できれば「切り札」を使わずに。
そのためにも、まずは学院内で頭角を現さなければ。
ヒロインの登場によって、俺のモチベーションはいや高まっていた。
◇◇◇
アルカトニス王立魔導学院は『ダムドファントム』には舞台として直接登場しない。
関連する人物やアイテムの説明で軽く触れられるのみで、俺にとってもほぼ未知の領域だった。
果たして魔法を教える学校のカリキュラムとはいかなるものか?
その実態は現代日本の大学に多少なりとも似ていた。
生徒に課せられるのは座学と実習。
座学は決まった時間に講義室に集まって受けるのだが、実習が完全に個人任せであることには少々面食らった。
教師である高位の魔導師たちは、生徒一人ひとりを指導しない。
その代わり有望な者だけを見繕って弟子にする仕組がとられていた。
そこで重要になるのは、実力や才能もさることながら第一に魔法の適性だ。
教師を中心に、関連する系統の魔法を使う弟子たちが集まって探求を重ねる。
魔導学院では個々の師弟集団を「教室」と呼ぶならわしがあった。
いずれかの教室に入ることが、魔導学院で成功者となるための第一歩。
基本のきと言っていい。
ここでまた「呪われた火」が障害となる。
俺が学院内で師匠を持って教室入りすることは望むべくもなかった。
しかし、今さらその程度でへこたれる俺ではない。
(俺にも師匠が必要だな――)
むろん、学院内で探すなどという無益な行為には走らない。
学院の外にこそ、俺の探し求める人材がいるはずだった。
「エル、頼みがある。仕事の合間でいいから人探しをしてほしいんだ」
思い立ったその日、帰宅してすぐにエルに切り出した。
「お任せください、ラディ様。それで、なんという方をお探しなのですか?」
「名前はソウゲン。瑞穂の国の出身だから、竜都にいるなら目立つはずだ」
「かしこまりました。最優先でお探しいたしますねっ!」
「いや、仕事の合間でいいと――」
みなまで聞かず、エルは駆け出していった。




