第11話 アルカトニス王立魔導学院
学校とは、少年少女であれば誰もが当然に通う場所。
というのは、近代以降の比較的新しい常識に過ぎない。
竜都アルカトニスには現代日本で言うところの学校、すなわち「公的に設置運営される集団教育機関」は存在しなかった。
学校というものはそもそも、産業革命以後に大量に必要となった工場労働者を効率よく「製造」するための仕組という説がある。
ひるがえってミスカリアではいまだ工業化は果たされず、学校教育を求める社会的圧力が発生していない。
そして必要性がなければ、民衆に学をつけさせるのは支配階級にとって危険でしかない。
学校教育は民主主義の礎となり、貴族制廃止への蟻の一穴となりかねないからだ。
ミスカリアに存在する学校は大きく分けて二種類。
一つは貴族のみを受け入れ、同年代の人脈をひろげるための社交の場。
そしてもう一つが魔導学院に代表される、選ばれた特別な者が自身の才覚を磨き上げるための場だ。
後者の最高峰とうたわれる、アルカトニス王立魔導学院。
俺は馬車に揺られながら、丘の上へとつづく通学路を初めて通っていた。
ミスカリアの暦でいうところの九の月の第一日。魔導学院の入学式の日だった。
「い、いよいよですねっ、ラディ様! あ、あまり緊張せずにっ、普段通りに振る舞うことが大事ですよっ!」
馬車には付き添いでエルも同情している。
彼女はいつになく態度がおかしかった。
「どうしてエルが緊張してるんだ?」
「す、すみません。王立魔導学院はわたくしの夢だったものですからっ……!」
「そうか、エルも去年――」
「はい。受験して、見事に玉砕してしまいましたけどね」
苦笑して舌を出すが、隠しきれない無念が見え隠れしていた。
王立魔導学院は平民も受け入れているが、チャンスは一人につき一度きり。
エルも念願叶って合格していたなら、今ごろまったく違う人生を歩んでいただろう。
「すまない、無神経だった」
堂々と裏口入学をしたという後ろめたさが、自ずと俺を殊勝な気持ちにさせた。
「いやですわラディ様ったら。そんなにかしこまらないでください。わたくしはもう吹っ切れていますし、むしろラディ様に自分の夢を託したような気分なんですから」
「それは責任重大だな」
「そうですよぉ。だから万が一、一ヶ月や二ヶ月で退学になったりしたら、旦那様や奥様が許してもわたくしは承知しませんからねっ! それはもうバチギレしちゃいますから!」
「肝に銘じておくよ」
あながち冗談とも取れず、俺はその言葉を真摯に受け止めた。
まもなく馬車は魔導学院の車回しに到着し、停止した。
一足先に下車したエルが、俺に手提げ鞄を手渡しながら言った。
「いってらっしゃいませ、ラディ様。ご武運を」
「ああ、いってくる」
鞄を受け取ると、俺はエルに背を向けて歩き出した。
魔導学院には西と南に二つの正門があり、馬車通学者は車回しのある南正門を使う決まりだった。
他の貴族の子女たちに混じって俺も南正門へと向かう。
正門には結界が張られており、魔道具である学生証なしには通行できない仕組だ。
無事に門を通り抜け、魔導学院に最初の一歩を踏み入れる。
「にしても、やたらとでかい学校だな」
建物の大きさもさることながら、敷地を広さが尋常ではない。
前庭も広大であり、校舎棟に着くまではかなりの距離を歩かなければならなかった。
ひとまず前庭の中央に設えられた噴水広場をめざす。
一人で歩いていると、ほどなくして俺は周囲から好奇が二割、嫌悪が八割の視線にさらされた。
「なあ、あいつだろ? 例のフォーマルハウト家の次男坊って……」
「この魔導学院に呪われた火を持ちこむなんてな……」
「なに考えてんだろ、頭おかしいんじゃないの……」
それだけでなく、陰口まで散々に叩かれていた。
俺が入学するという情報だけでなく、人相風体まで知れ渡っていることに少々驚く。
ミスカリアではスマホやSNSはおろか、初期の銀塩写真すら未発明だ。
個人の識別は容易ではないはずだが、俺の知らない手段やネットワークがあるのだろう。
(ご武運を、か)
エルが見送る際、口にした言葉を思い出す。
あれは大げさでもなんでもない。
俺にとってここは間違いなく、生きるか死ぬかの戦場だった。
望むところだ。歓迎されるなんて夢にも思っていない。
白眼視されたところで気にもならない。
過去のミスカリアへ来て、呪われた火の魔法を手にして、はや三ヶ月。
俺は自身に対する扱いにすっかり順応しきっていた。
「どいつもこいつも気楽なもんだぜ」
むしろ、己の運命にさえ無知な連中に軽い憐れみの念さえ覚えた。
あと何年かすれば、ミスカリア全土が瘴気に包まれて世界が丸ごと呪われる。
だというのに、俺以外の誰も彼もが世界はこれからも不変だと信じて疑っていなかった。
「ラディスラフ・ヘルフリート・フィーリプ・デア・フォーマルハウト、で間違いないな」
噴水広場に差し掛かったところで名前を呼ばれた。
足を止めて声の主を視認する。
長身でくるりとカールした金髪を持つ、気障な印象の少年だった。
立ち居振る舞いから察するに紛れもない貴族。それも上位の家柄だ。
「そうだが、お前は?」
「失礼。僕はエドワール・フェリシアン・ガエル・ド・アザール。人呼んで天才魔導師とはこの僕のことさっ!」
名乗るや否や、エドワールは芝居がかった仕草で俺に魔石杖を突きつけて言った。
「ラディスラフ、今ここで君に魔法戦を申しこむッ!」
「はあ、なんでまた?」
理由は察せられたが、あえて聞き返す。
「知れたことを! 君が我が学び舎にふさわしくない存在だからさっ!」
案の定だった。
それにしても天才を自称して憚らないとは、相当に思いこみが強いタイプらしい。
(お前が俺のなにを知ってるんだよ……)
と言い返したくなるところだが、ぐっとこらえて話を先へと進める。
「いいぜ、受けて立つ。そっちが呑ませたい要求は俺の自主退学でいいんだな?」
「えっ? あ、ああ! もちろんだとも、我が学び舎に君が二度と足を踏み入れないことを希望するっ!」
俺が即決即断で受けるとは思っていなかったらしい。
エドワールは台本が崩れてあたふたしていた。
「わかった。ならさっさと始めよう」
「ま、待て! まだ君の条件を聞いていないぞ!」
「俺は別に――」
ナシでいい、というわけにもいかない。
受けて立つ以上は、相手にもなんらかの要求を突きつけるのが礼儀だった。
魔法戦とは本来、自らの命を賭した神聖にして誇り高き決闘である。
それが時代の変化とともに性質を変え、今ではやや過激な問題解決の手段に落ち着いていた。
ちなみにだが、校則違反等のペナルティを負う心配は無用だ。
俺が事前に調べたところ、学院は敷地内での魔法戦を認めている、どころか奨励している気配すらあった。
実戦こそは最良の師である、という方針なのだろう。
魔法戦は双方の合意がなければ成立しないため、実のところ俺に受けて立つ義務はない。
ただし魔法戦から常に逃げ回るような臆病者は、当然ながら誰からも評価されなかった。
「そうだな、俺が勝ったらその長い髪をばっさり切ってもらおうか」
「なっ……にぃ?」
エドワールはぽかんとしてまばたきを繰り返した。
「ふ、ふざけているのかっ! 僕が自主退学を要求したのだから、当然君も同じ条件を突きつけるべきだろう!」
「原則的にはそうなんだろうけどな。こんな事故みたいな魔法戦で退学になったらさすがに可哀想だろ」
「そっ、それはまさか、僕のことを言っているのかっ……!?」
「他に誰がいるんだよ。なあ、話はいいからさっさと――」
「許さんッ! 許さんぞ、ラディスラフ・ヘルフリート・フィーリプ・デア・フォーマルハウト! 天才の僕を侮辱した罪、その生命でつぐなってもらおうかッ!」
「殺したらどうあがいても強制退学だと思うんだが……」
俺は呆れてつぶやくが、エドワールはもはや聞いちゃいなかった。
「構えろラディスラフっ! いざ尋常に勝負ッ!」
「まあ――杞憂ってやつだけどな」
俺は右手を突き出して構えた。
杞憂とは、天が落ちてくることを心配した男の故事から生まれた言葉だ。
なにが言いたいのかといえば、ほぼ一〇〇パーセント負けはないということだった。




