第10話 竜の卵
聖ミスカリア竜王国は、その名の通り「竜王」が統治する君主制国家である。
神権政治体制、といったほうが実情に即しているかもしれない。
竜王は権力を独占する絶対君主であると同時に、宗教的な権威を司る聖なる象徴でもあった。
竜王とは地上で唯一「竜の血を分け与えられし者」。
半神半人の存在であり、不老の肉体と絶大な魔力を持ち、天災級の魔法を自在に操る。
ただし不死ではなく、特殊な方法で代替わりをする。
その周期はきっかり八八年ごとと決まっていた。
ミスカリアにおいて「8」は神聖な数字である。
それははるかな太古、最初の王に血を分け与えたとされる伝説の「八首の竜」に由来する。
ミスカリアにおける竜とは典型的な「有翼のトカゲ」ではなく、一貫して「多頭のヘビ」として描かれていた。
地球の神話の怪物に当てはめるならヒュドラやナーガ、ヤマタノオロチの系統だ。
一例として、瘴気発生後の世界で俺が倒したボスモンスター「腐敗した竜擬き」が挙げられる。
あれも複数の頭を有し翼を持たない「多頭のヘビ」の類型だった。
これらの知識は現地で覚えたものではなく、すべてゲームから得たものだ。
ゆえに、ミスカリア人にとっては雲の上の存在である竜王も、俺にとっては馴染み深い相手だった。
(何回倒したって話だよな)
『ダムドファントム』のラスボス第一形態「始まりと終わりの竜王、ヴォルミウス」。
ゲーム内で不死者を操作し、幾度となく戦い撃破してきた。
そのヴォルミウスはまだ、厳密な意味ではこの世界に現れていない。
現在のミスカリアは王の代替わりの最中で、新たな王は「竜卵」の中で降誕の日を待っている状態だった。
「しっかし、何度見ても頭のおかしい大きさだな……」
俺は屋敷で一番見晴らしのいい窓から、数十キロ遠方にある竜卵を肉眼で眺めていた。
それが可能であるほどとてつもなく巨大な物体だ。
竜卵は竜都アルカトニスの北に位置し、ちょっとした山岳のごとき存在感でそびえていた。
形状は卵型ではなく複雑な立体構造をしている。専門的には星型正八面体というらしい。
光沢を帯びた黒色の結晶体であり、魔法の力で空中に浮かび静止状態を保っていた。
「王殺し、か――」
俺は自身の具体的な目標を口にした。
王殺し。現在進行系で生まれかけている竜王を弑逆することこそが「不死者殺し」につながる唯一の道。
俺の本命の計画の要諦だった。
『ダムドファントム』のプロローグにはこうある。
――だが、永遠の秩序と繁栄は一夜にして崩れ去った。
――呪われし王の降誕と、灰の瘴気の出現によって。
直接的か間接的かは作中でも明示されない。
が、新王の誕生が瘴気の出現の引き金となったことは確定している。
だから俺は、呪われた王を呪われた火の魔法で殺す。
瘴気の発生を阻止し、ミスカリアに不死者を出現させないために。
いうまでもなく、それはとてつもない難事である。
第一に、竜卵の周囲は蟻の子一匹通さない極めて厳重な警戒態勢が敷かれている。
第二に、警戒網を突破できたとして、今度は王を守護する番人「竜騎士」が立ちはだかる。
第三に、竜騎士を退けられたとして、竜卵の中に入る方法があるのかは不明だ。
そして第四に、竜卵内部に突入できたとして、果たして竜王を殺せるのかという命題があった。
道義や倫理ではなく、能力的に可能なのかという話だった。
竜王ヴォルミウスは、死にゲー史上最強との呼び声も高い鬼畜難易度のラスボスである。
参考までに、ボス撃破時に獲得できる実績によれば、ゲームを購入した人のうち倒せたのはわずか一五パーセントと非常に少ない。
たしかに俺は『ダムドファントム』のゲーム内では何度も竜王を撃破している。
だがそれは、レベルも装備も十分に強化した不死者を使ってこその勝利である。
不死者だからこそ半神半人の竜王を殺すことができた、と解釈するのは理に叶っていた。
もっとも、すべての条件を加味しても無理ゲーではないと俺は考えていた。
不死者と違って、竜王は殺せることが確定している。
不死者に敗れる運命なのだから、戦闘能力も下でなければおかしかった。
だからこそ「不死者殺しのための王殺し」は荒唐無稽な話ではない。
合理的な判断に基づいた計画だった。
とにかく俺はやると決めた。目標達成に向けて一歩ずつ前進していく。
まずは第一の関門、警戒されずに竜卵に近づくところから始める。
それには竜卵守衛隊の一員になるのが、もっとも手っ取り早く確実な方法だった。
ただし、志願してなれるものではない。
竜卵守衛隊に選ばれるのは実力も実績も確かな魔導師のみ。
だから俺は強くなって成果を積み上げ、守衛隊にふさわしいエリート魔導師になる必要がある。
そう、たとえば――アルカトニス王立魔導学院の首席生徒だ。
竜都アルカトニスはもちろん、ミスカリア全土から選りすぐりの才子才媛が集う名門中の名門。
学院内の競争は熾烈を極めるが、勝ち上がった者は魔導師としての成功が約束されている。
当然ながら、入学するだけでも狭き門をくぐり抜けなければならないが、そこは大貴族たるフォーマルハウト家の威光に頼る。
ラディはあらかじめ特別枠を与えられており、本人の希望一つで入学が許可される身分だった。
この特権を利用しない手はない。
方針を固めた俺は先日、ラディの父ダーヴィトに入学を希望する旨を伝えに行った。
「ほ、本当にそれでいいのか? いや、私としてもお前の希望は叶えてやりたいが……」
父は難しい顔になり、ラディに対する心配と気遣いをあらわにした。
予想通りの反応である。
王立魔導学院は徹底した実力主義・能力主義で知られ、大貴族の威光が働くのも入学の時点までだ。
ひとたび門をくぐったなら、家柄も身分もなんら用をなさない。
ただ魔法の優劣のみが個人の価値を決定づける。
落伍者は容赦なく排斥され、遅かれ早かれ学院を後にすることとなる。
「すまない、ラディ。コンラートの件もあって、少し弱気になってしまっていてな」
コンラートの件というのは、先だっての魔法戦のことではない。
彼もまた特権を利用して王立魔導学院に入学したのだが、二ヶ月と経たずに自主退学を余儀なくされた過去があった。
手酷く打ちのめされ、当時のトラウマは今なお癒えていないと聞く。
「父上、俺は兄さんとは違います」
「わかっている、ラディが優秀であることに疑いの余地はない。だが肝心の魔法がな……」
ラディはいっそう不利な条件を抱えている。
呪われた火の魔法。
そんなものを引っ提げて魔法の聖地に乗りこんだなら、まず間違いなく周囲のすべてが敵となって全力で迫害してくるだろう。
「だからこそ行きたいんです、父上」
俺は力強く言葉をつづけた。
「俺の魔法は呪われてなんかいないってことを、最高峰の舞台で証明したいんです。だから父上、どうかお願いします。アルカトニス王立魔導学院への入学を許可してくださいっ……!」
「わかった。すぐに手続きに取り掛かるとしよう」
「ありがとうございますっ」
「ラディ、これだけは覚えておいてくれ。本当に辛くてどうしようもなくなったら、いつでも逃げてきていい。お前の運命に立ち向かう意思を、私は心から誇りに思うよ」
「父上っ……!」
俺は涙腺が緩むのを避けられなかった。
こんな父親が、ラディだけでなく俺にもいてくれたらと思わずにはいられなかった。
(ラディは本当に恵まれているよな――)
回想を終え、俺の意識は現在へと回帰した。
視線を北の竜卵から東の小高い丘へと転じる。
王立魔導学院は竜都アルカトニスの郊外に所在しており、広大な敷地に建つ校舎を望むことができた。
シンボルとなっている学院の尖塔、その天辺を凝視して俺はつぶやく。
「待ってろよ、魔導学院……!」
窓を閉じて部屋を後にし、俺は日課に戻った。
座学と訓練、ひたすらその繰り返しだ。
魔導学院への入学は三ヶ月後。一日たりとも時間は無駄にできなかった。




