第8話 愚民ども、パン屋でバイトするぞ!
昼下がり、アルゲンは町を歩きながらあくびをしていた。
足はふらふらと、普段あまり立ち寄らない区画に入っていく。
(どこかで買い食いでもと思ったが、本当に何もねえな、この町ィ!)
心の中で毒づく。
ところが――
「……ん? これはパン屋か?」
地味な店であった。
看板に小さく『パンのお店』と書かれており、ぱっと見ではパン屋とは分からない。
「なんだこりゃ……。“隠れた名店”ってのはあるけど、隠れすぎだろ」
アルゲンがドアを開ける。
店はコネットという娘が一人でやっていた。
コネットは黒髪のボブカットでエプロン姿のおとなしそうな娘であった。
「領主様!」
さすがにアルゲンのことは知っていたようで驚いている。
領主呼びされたアルゲンは胸を張る。
「愚民娘、わざわざ来てやったんだ。ありがたく思え」
「思います!」
「よし、じゃあいくつかパンをもらおうか。ここで食うぞ」
「は、はいっ!」
コネットの勧めで、アルゲンはいくつかパンを購入する。
コッペパン、サンドイッチ、カレーパン、アップルパイ……。
しかも、そのまま買い食いしてしまう。およそ貴族らしからぬ行為である。
全てを平らげたアルゲンは――
「まあまあだな」
美味かったのだが、他人を素直に褒めないことについては、この男は他の追随を許さない。
「本当ですか? ありがとうございます!」
「だけど、あまり売れてる様子はないな」
「そうなんです。やっぱり味が悪いんでしょうか……」
すると、アルゲンは――
「違うな……悪いのはパンじゃない。愚民パン屋、お前そのものだ!」
“愚民娘”呼ばわりが“愚民パン屋”呼ばわりに変わった。
「えっ!?」
「考えてもみろ。ただでさえ目立たない区画に店があって、外にはあの目立たない看板だ。こんなんでパンが売れるわけないだろ! 下手すりゃ近所の住民にすら知られてないだろ! もっと看板は派手にしろ!」
コネットはうつむく。
「その通りです。でも……」
「でも、なんだよ?」
「そんな派手な看板にしていいか、自信がなくって……」
アルゲンは顔をしかめる。
「あのなぁ、自信なんてもんは自分で勝手に持つもんなんだよ! パンが売れたから自信持つとかじゃなく、最初から私のパンは世界一、ぐらいのつもりでな!」
「……!」
「俺を見ろ! 俺はこの通り最高の領主だが、最初から最高だったわけじゃない! だが最初から自信はあった! 俺は世界一の領主だってなァ! ロクスを好き放題してやるってなァ!」
アルゲンが最高の領主なのかどうかは大いに議論の余地があるが、コネットは勢いのままうなずく。
「よし、決めた! 俺がここでバイトしてやる! 売り上げを伸ばしてやろう!」
「ええっ!? だけど、私には給料を払えないかも……」
「愚民から給料なんかもらうか! 汚らわしい! タダでやってやる! どうせすぐ飽きるしな!」
「それじゃ、バイトというよりただのボランティアじゃ……」
「とにかく、今日から働くぞ! まずは看板を作ってやる!」
アルゲンは強引にコネットの店の店員になってしまった。
木材を買ってきて、看板を作り始める。さらにはペンキで絵も描いていく。
みるみるうちに、美味しそうなパンの絵が描かれた看板が出来上がった。
「す、すごい……!」
「これを店の表に出す。ポスターも作って貼っていく。感謝しろよ、愚民パン屋!」
「はいっ、感謝します!」
この日からアルゲンはコネットのパン屋で働き始めた。
アルゲンは積極的にアイディアを出し、パン屋を盛り上げていく。
「パン一つ一つに紹介文みたいなのをつけよう。絵も描いてさ」
「ぜひやりましょう!」
「ポイントカードを作らないか? パンを三つ買ったら一つ押してもらえて、十個集めたら粗品を……ってやつを」
「いいですね!」
「ちょっと地図を配ってくる。とにかく場所を知らせないとな」
「行ってらっしゃいませ!」
アルゲンのアイディアの数々は大当たりし、わずかの間でコネットの店は大繁盛することとなった。
「同じ町に住んでいたのに、こんないいパン屋があるとは知らなかった」
「どのパンも美味しいわ!」
「アルゲン様もちゃんとやることはやるんだな」
この評判を受け、アルゲンは思い立つ。
「愚民ども、俺もポイントカードを作ることにしたぞ!」
町民の一人が尋ねる。
「どんなポイントカードなんです?」
「俺に褒められるようなことをすれば1ポイント貰える! そして、10ポイント集めたら……」
「集めたら?」
「俺と二人きりでディナーを楽しめる権利をやろう!」
「……」
ポイントカードは大量に配布された。
だが結局誰もそのポイントカードを活用することはなく、ポイントを貯めるのはエレンシアのみだった。
エレンシアが嬉しそうにカードを見せつける。
「アルゲン、また10ポイント貯まったわ!」
「よっしゃ、今夜は二人でディナーだ! 楽しむぞぉ!」
サティはそんな二人を冷ややかに見つめる。
「お二人を見てると、本当に幸せってなんだろうって考えさせられますね」




