第38話 愚民ども、俺の両親が帰ってきたぞ!
事件から一週間が経過したある日。
『緋色の浄化団』襲撃の後始末も終わり、アルゲンも顔に湿布を貼りつつ、邸宅の自室にて仕事に励んでいた。
「これからはもっと盗賊対策に力を入れないとな……」
予算案をまとめた書面とにらめっこする。
その時、アルゲンの書斎のドアが開いた。
エレンシアやサティであれば必ずノックをするので、アルゲンは顔をしかめる。
「おい、ちゃんとノックを――」
直後、アルゲンの顔は驚きで固まった。
「戻ったぞ」
「戻ったわ」
そこにいたのは――アルゲンの父である伯爵アルバート・モレスと、アルゲンの母オルビア・モレスであった。
アルバートは金髪で、アルゲンにも受け継がれた跳ねた前髪を持つ凛々しい中年紳士。
オルビアもまた、小麦色の髪を後ろで結わいた、美しい夫人であった。
「父上……! 母上……!」
アルゲンは立ち上がる。
「ど、どうして……」
「この町が盗賊団に襲われたと聞いてな。急いで帰ってきたのだ。それでも遠方にいたので時間はかかってしまったが」
「そうだったのか……盗賊のことなら安心しろよ。俺が叩きのめしてやったからさ」
「うむ、よくやった」
「さすが私たちの子だわ、アルゲン」
「へへへ……」
両親に褒められ、アルゲンも子供のような笑みを浮かべる。
父アルバートは表情を引き締める。
「それでな、お前に大事な話がある」
「え? なに?」
「町の主立ったメンバーにも伝えたい話だ。すまんが、この邸宅にスタット町長を始め、町の人々を集めてくれんか」
「まあ、いいけど」
真剣な眼差しで言われ、アルゲンはきょとんとしつつうなずいた。
***
邸宅のリビングに、アルゲン、エレンシア、サティ。そして町長スタット、その娘フィーユ、他にも幾人かの町民が集められる。
さっそくアルバートの話を聞くが――
「バカンスじゃなかったのかよ!?」
「うむ。我々は陛下から内密に勅命を受けて、今後地理的に重要になるであろう辺境地域の開拓・経営を行っていた。これが上手くいけばモレス家は爵位の格上げもあるという条件でな」
アルバートは自分たちがバカンスではなく、王命で辺境開拓を行っていたと明かした。
今後の王国の行方を左右する事業だったので、これまで大っぴらにされてはこなかった。
モレス家で自分だけ知らなかったアルゲンは不満を表情に出す。
「なんで正直に話してくれなかったんだよ……。せめて俺や愚民町長には教えてくれても……」
「なにしろ機密事項だったし、それに……」
「それに?」
「その方が面白いだろ?」
「そうよねえ、あなた」
アルバートとオルビアが夫婦で笑う。
「なんて親だ……!」アルゲンは眉をひそめる。
「さすがはアルゲンのお父様とお母様だわぁ」エレンシアは笑顔である。
スタットは思わずつぶやく。
「私はアルゲン様のことをとんでもない人だと思っていたが、実は伯爵様と夫人様の方がとんでもなかったのでは……」
「私もそう思った」フィーユは横でうなずいた。
アルバートの話は続く。
「それにな、私はこの機会に、お前に次期モレス家当主の資格があるかどうか試そうと思っていた」
「え?」
「この町はスタット町長を始め、よき住民に恵まれ、すでに基盤はしっかりしている。普通にやっていれば、町の経営は上手くいく。だがもし、私の留守中にロクスの町がメチャクチャになっているようだったら、廃嫡も考えていた」
「は、廃嫡ゥ!?」
知らないうちに瀬戸際に立たされていたアルゲンはぎょっとする。
「だが、お前は……見事にこの町を守り切った」
「……!」
「さまざまな試みを企て、さまざまな催しを行い、さまざまな施設を建て、決して小さくはないこの町の住民の心を一つにしていった」
「いやぁ、それほどでもあるけど……。なにしろ俺だし……」
アルゲンは頭をかきながら全く謙遜しない。
「そして先日の盗賊騒ぎ、私が領主のままでもおそらく盗賊は撃退できただろう。だが……死者をゼロにはできなかっただろう。なのにお前はそれをやってみせたのだ」
父アルバートであれば、『緋色の浄化団』に対し、町民を冷静に統率して、最終的には同じように盗賊の撃退という結果を出せたであろう。それほどアルバートの能力は優れている。
だが、おそらく死者は何人も出た。
アルゲンのように町民が一丸となって盗賊に立ち向かうような熱量は出せなかった。
「ま、まあ俺にかかればあれぐらい……」
立て続けに褒められ、アルゲンはこう言いつつ照れている。そして、父から決定的な一言を告げられる。
「アルゲン、領主になるか?」
アルゲンは一瞬ぎょっとするが――
「いや、俺はもう領主だけど」
「そうではない。私とオルビアの使命はまだ終わっていない。辺境開拓にはまだ時間が必要だ。正式に領主になってみないか、ということだ」
アルゲンは目を丸くする。
親がいない間の代理などではなく、正式な領主へ――
両親が使命を終えて戻ってきたとしても、アルゲンの権限は変わらない。むしろ、その時こそアルゲンはモレス家当主を継ぐことになる。
「俺が……領主か」
アルゲンはエレンシアを見る。エレンシアはにっこりと微笑み、うなずく。
さらに、他の面々にも振り向くが――
サティ、スタット、フィーユ、町民らは全員首を横に振った。
「そこはうなずくとこだろうが!!!」
スタットが笑う。
「冗談ですよ。私はもうあなたを領主として認めています」
「私もです!」とフィーユ。
他の町民たちも「今のアルゲン様なら……」「どうかお願いします」と口にする。
「お前たち……」
しかし、サティだけは――
「私は本心から首を横に振ったんですけどね」
「おい!」
エレンシアがオホホと笑う。
「まあまあサティさん、そこはメイドとして度量を見せてあげてちょうだい」
「そうですね。エレンシア様がそうおっしゃるなら。領主として認めましょう」
「あ、ありがとうございます。……ってなんで俺がへりくだらなきゃならないんだ!」
モレス家の邸宅内に笑い声が響き渡る。
「笑うなァ!!!」アルゲンは一人叫んだ。
そして――
「アルゲン、お前にはもう一つやらねばならないことがあるだろう」
「え、もう一つ?」
「そうよ。いつまでも助走してる時ではないわ。二人で羽ばたく時が来たのよ」
アルバートにオルビアも続く。
“二人”というキーワードでアルゲンはハッとする。
「……あ」
アルゲンがエレンシアに目をやる。
エレンシアもまたアルゲンを見つめる。
「エレンシア……」
「アルゲン……」
アルゲンは喉を動かしてから、ゆっくりと言い放った。
「俺と……結婚してくれるか?」
「もちろんよ……喜んで!」
この時ばかりはいつものミュージカルは鳴りを潜めた。
互いに恍惚とした顔で見つめ合う。
その様子を、他の面々は温かな眼差しで拍手する。
伯爵令息アルゲン・モレスと伯爵令嬢エレンシア・ユーベル。長き長き婚約期間を終えて、晴れて式を挙げる時が来た。




