第37話 愚民ども、俺が盗賊団ボスを倒してやる!
町の大通りで奮戦するアルゲンの前に、一人の男が現れた。
「相手をしてもらおうか」
アルゲンも一目で只者ではないと察する。
「なんだお前?」
「『緋色の浄化団』頭目のジャーガスだ」
「お前が……!」
アルゲンの目に力が入る。
一方ジャーガスはその猛禽類のような眼で、アルゲンをじろりと眺める。
リーダー同士の睨み合いである。
「お前がこの放火団のボスか。聞いてるぜ、この国じゃろくな成果を上げられなかったから、『せめてちょっとぐらい爪痕残してやるー!』ってなノリでこの町に来たとか」
「……」
「だが、残念だったな。今のところこっちが優勢のようだ。爪痕残すどころか、詰めが甘かったようだなぁ!?」
アルゲンはいつもの調子でジャーガスを煽る。
だが、ジャーガスは眉一つ動かさない。
「確かに計算外だった。だが、分かったこともある」
「あ?」
「この町の中心はお前だ。つまり、お前を殺せば住民どもは総崩れになる」
ジャーガスがサーベルを構えた。
古びているがよく研がれており、おびただしい数の血を吸っている剣特有の妖気を放っている。
「愚民にも劣るクソ盗賊の分際でよく分かってるじゃねえか。そう、俺がこの町の中心かつリーダーかつメインディッシュよ!」
アルゲンも木刀アルゲンソードを構える。
すぐ近くで戦っているサティもジャーガスを見るが――
(この男……強い! 若様ではとても――)
アルゲンでは勝てないとその戦力を見切る。
「若様、そいつは私が……」
「オラァッ!」
部下の盗賊が剣を振るってくる。
「くっ!」
ジャーガスの側近らは腕前が他の盗賊とは一段も二段も上だった。
誰もアルゲンの助けには入れそうにない。
「俺はロクスの町領主アルゲン・モレスだ! クソ盗賊が、俺の恐ろしさを思い知らせてやる!」
三下チンピラのような台詞を吐きながら、アルゲンは突っ込む。
が、すぐに思い知ることになる。
幾人もの人間を殺してきたその太刀筋を。
風切り音とともに、アルゲンに一太刀が振り下ろされる。
かろうじてかわすが、
(は、速い……!)
相手の強さと自分の死を肌で感じ、アルゲンは青ざめる。
「さっきの勢いはどうした?」
再び刃がかすめる。
剣の腕は明らかにジャーガスが上だった。
だが、アルゲンも持ち前の運動神経で粘り、決定的な一撃を許さない。
アルゲンソードを振るい、懸命に立ち向かう。
「ほう、やるな」
「俺をナメんなよ!」
「だが、やはり甘い!」
一閃。アルゲンソードが真っ二つに斬られた。
「……ッ!」
「死ねぇっ!!!」
ジャーガスが吼える。
アルゲンに凶刃が迫る。これは避けられないとアルゲンも瞬時に悟る。
もはやこれまでと思われた。
鮮血が舞う。
アルゲンさえ「これが俺の血か」と心で嘆く。
だが――
「う、うぐ……!」
斬られたのはスタットだった。
アルゲンを突き飛ばし、窮地を救ったのだ。
「ぐ、愚民町長!?」
「アルゲン様、よかった……」
スタットは腹に傷を負っており、その場に倒れる。
「ぐ、ぐう……!」
「おい、しっかりしろ! なんで俺をかばった! 余計なことしやがって!」
スタットは精一杯の笑みを浮かべる。
「私が死んでしまってもこの町はどうとでもなりますが、あなたは死んではいかん……」
「……!」
「だから、生きて下さい、アルゲン様……」
「……くそっ! 絶対死ぬんじゃねえぞ!」
アルゲンはそっとスタットを横たわらせると、ジャーガスを睨みつけた。
「てめえ……! よくも……!」
「邪魔が入ったか……だが、次こそ仕留めてくれる」
鋭い踏み込みから、ジャーガスの攻撃が再開される。
対するアルゲンはもはや丸腰。どうにかかわすだけで精一杯だ。
サティや町民たちも苦戦しており、助力も期待できそうにない。スタット捨て身の行動は本当にファインプレーだった。
(ちくしょう、俺はこんなクソ野郎に殺されちまうのか……! 愚民どもも、町も守れねえのかよ!)
――その時、声が届く。
「アルゲンッ!」
今この町でアルゲンを呼び捨てにする人間はただ一人――エレンシアだった。
戦闘には参加しないはずのエレンシアが駆けつけてきていた。
「お前、なんで……! 安全な場所にいろって言ったろ!」
「盗賊たちはすでに町の中。安全な場所はないわ。それにやっぱり私はあなたを置いて避難なんてできない!」
「だからって……!」
「アルゲン、あなたは剣だけの男じゃないわ! お義父様に託され、領主として生きたこの一年を思い出すの! 全てをぶつけるのよ!」
「全てを……!」
「下らん茶番に付き合うつもりはない。さっさと死ね!」
ジャーガスがサーベルで襲いかかってくる。
同時に、アルゲンは突如背筋を伸ばした。
「……?」ジャーガスがきょとんとする。
「来い、クズ野郎。踊ろうぜ」
ジャーガスはかまわず斬りかかる。が、アルゲンはダンスするように避ける。
いや、ダンスをしているのだ。
かつてドラ息子ラドゥスのボディガードと戦った時のように。
しかも、アルゲンはあの時よりもはるかにダンスの腕を上げている。その本気の踊り、容易にとらえられるものではない。
「くっ、このっ!」
ジャーガスがいくら剣を振っても、アルゲンはひらりとかわす。
「そらっ!」
そこへスピンを生かした裏拳が炸裂。
「ぐふっ……!」
顔面を痛打され、ジャーガスがよろめく。
アルゲンがこの戦いでようやく反撃らしい反撃を見せた。
だが、ジャーガスも冷静だった。
(このガキが丸腰なのは変わらない……強引に攻めれば、いずれボロを出す!)
アルゲンからの攻撃は拳や蹴りのみ。恐れるに足りないと判断したジャーガスは、さらに攻めかかる。
対するアルゲンもよく避けるが、だんだんと動きを読まれていく。
「うぐっ!」
肩を斬られる。
「アルゲンッ!」エレンシアが叫ぶ。
「大丈夫だ、エレンシア。俺はまだ全てを出し切っていない!」
アルゲンは両手を前に突き出す。
「深淵なる空よ、海よ、大地よ……」
突然、妙な詠唱を始め、誰もがきょとんとする。
「この高貴で上品で偉大なるアルゲンに力を与えたまえ……」
だが、倒れているスタットだけは分かった。
(これは……どこかで聞いたことが……)
アルゲンの目が鋭く光る。
「いでよ我が力ぁっ!!!」
ドンという轟音とともに、ジャーガスのサーベルが吹き飛ばされる。
「な……!?」
アルゲンがルカナに教えてもらった魔法が炸裂した。
「どうだ、俺の魔法はァ!」
「ま、魔法!?」ジャーガスが目を白黒させる。
「すごいわアルゲン!」エレンシアは目を輝かせる。
アルゲンは魔法を実戦で使いこなしてみせた。
「くそぉっ!」
ジャーガスがサーベルを拾おうとするが、そのサーベルにエレンシアが覆いかぶさる。
「拾わせないわ! この悪党!」
「……ッ! このアマ!」
ジャーガスがエレンシアの腹を蹴り飛ばす。
「あうっ! ……絶対、どかない!」
これを見たアルゲンは――
「この野郎ォォォォォ!!!!!」
激高して殴りかかる。
が、怒りに我を忘れすぎていたので、簡単にカウンターの拳を貰ってしまう。
「ぐはぁっ!」
よろめくアルゲンに立て続けに拳が入る。
ジャーガスもまた剣だけでなく、殴る蹴るの暴力もお手の物だった。
「なぶり殺しだッ!」
やはり素手でもアルゲンより強い。が、アルゲンは倒れなかった。
「こ、このガキッ……! なんで倒れねえ……!」
アルゲンは拳をたらふく浴びた顔面で睨みつける。
「放火ばっかしてるバカには分からねえだろうが……壊すより作る方がよっぽど大変なんだよ……。この町には俺が作ったもんがたくさんある……それを壊させるわけにはいかねえ」
よろよろとアルゲンが間合いを詰める。
「死に損ないがッ!」
拳が嵐のように降り注ぐ。アルゲンは倒れない。
「はぁ、はぁ……」ジャーガスも殴り疲れてきた。
流血で染まり、腫れ上がった顔で、アルゲンがニヤリと笑う。
「血もしたたるいい男だろ?」
「ぐぅ……!」
「お前、俺がなかなか死なねえからムカついてんだろ……。だがな……」
「……?」
「ムカついてんのはこっちなんだよ! 俺にッ! エレンシアにッ! サティにッ! 町長にッ! この町にッ! 喧嘩売ったこと死ぬほど後悔させてやらァ!!!」
アルゲンの気迫にジャーガスが押される。思わず後ずさりしてしまう。
その瞬間、アルゲンがジャーガスの懐に入った。
「見せてやる……」
アルゲンが腰を低く保ち、呼吸を整える。
五指を握り締め、拳に変える。
そして――
「岩砲ッ!!!!!」
サティの父サルダスから伝授された奥義――“岩砲”を放つ。
鋭く豪快に繰り出された拳が、ジャーガスの腹にめり込んだ。
その威力は喰らったジャーガスの全身がくの字に曲がるほどの衝撃であった。
「ぐう……はぁぁぁぁ……ッ!!!」
アルゲンはまっすぐジャーガスを見据える。
「ど、どうだぁ!?」
ジャーガスは目を血走らせ、口から泡を吹き、アルゲンを睨みつける。
「うぐ……ぐぐぐ……グゥ……! こ、コノ、ガキィ……!」
極悪人としての執念とでも言うべきか。しかし――
「おごぉ……!」
直後、糸が切れたように崩れ落ちた。
うつ伏せに倒れ込み、そのまま動くことはなかった。
「やったわ、アルゲン!」エレンシアが喜ぶ。
「お見事です!」サティが褒め称える。
「やりまし、たな……」横たわるスタットも笑う。
だが、戦いはまだ終わっていない。
盗賊たちに動揺は走ったが、中にはジャーガスが倒れたことで奮起する者もいる。
悪党だけあって往生際は極めて悪い。
「くそ……最後まで俺は戦うぞ……!」
「私もよ! ここまで来て負けてたまるものですか!」
アルゲンは血だらけの顔でうなずく。
「盗賊団のボスは俺が倒したぁ! 最後までふんばれぇ!!!」
アルゲンの声で、町民たちも勢いを増す。
両陣営疲れ果てながら、最後の戦いが繰り広げられる。
――そんな時だった。
軍勢が駆けつけてきた。
囮に引っかかった王国軍が駆けつけるには、まだ早い時間帯なのにだ。
「え……どこの誰……?」アルゲンが首を傾げる。
「おーい、無事か! 全軍突撃せよ! アルゲンたちを助けるんだ!」
馬に乗り、勇ましく部隊に命令を出しているのは、見覚えのある少年だった。
王子セオドアが部隊を率いて来たのだ。
金髪碧眼、赤いマントを身につけているが、顔立ちは以前とは比べ物にならないほど凛々しくなっている。
さらに別の方角からも――
「アルゲン、エレンシア、助けに来たぞ! 間に合ってよかった!」
エレンシアの兄エルディスも手勢を率いてきた。
彼は二人の婚約を認めて以降、いつでもフォローできるようロクスの町へ情報網を広げていた。
こうなると、もはや『緋色の浄化団』に打つ手はない。
ジャーガスも倒された今、統率も取れぬまま、援軍に討ち取られていく。
包帯で応急処置を終えたスタットが笑いかける。
「やりましたよ、アルゲン様……。我々の勝利です!」
「へ、へへ……当然だ。俺が領主なんだからな」
程なくして勝敗は決した。『緋色の浄化団』は一人も逃げることはできず、生き残った者たちも全員捕まった。
どうにか状況が落ち着き――ボロボロのアルゲンに、エルディスが会いに来る。
「よくやったな、アルゲン」
「どうも……。だけど、エレンシアが蹴られてしまって……」
「エレンシアとはすでに話した。大したことはなかったようだ」
アルゲンは安堵の息を漏らす。
「よかった……」
次いで、王子セオドアとも会う。
この間まではアルゲンと同レベルだった彼だが、すっかり大人びている。
「久しぶりだな」
「あっ、で、ででで、殿下!!!」
「国内を巡回中、盗賊団がロクスに向かっていることを知ったから、急いで手勢を率いてきた」
アルゲンは汗だくになる。
それもそのはず。アルゲンは以前この王子を偽者と決めつけボコボコにしていた。
その後はしばらく「俺は死刑になる」と寝込んでしまった。
「いやぁ~、ご立派になられて……うへへへ……」
「? ずいぶん性格が変わったような……」
「そ、そうですかね? 私は以前から殿下を心の底からお慕いしておりまして……」
「そうだったかな……」
あの時と比べ、すっかり立派になったセオドアと、すっかり卑屈になったアルゲン。確かに性格が変わっていた。変わりすぎである。
アルゲンの元にフィーユとサティ、そしてエレンシアがやってくる。
「アルゲン様!」
「おお、フィーユ! 愚民町長は大丈夫か!?」
「はい、ルカナさんに治療してもらって……命に別状はないそうです」
「そうか……なかなか悪運の強い奴だ」
サティも珍しく温かな笑みを浮かべている。
「若様、先ほどの戦い、お見事でした」
「あんな奴は俺にかかればちょちょいのちょいよ」
「ちょちょいのちょいでは、顔面はそこまで腫れ上がらないと思いますが」
「ぐ……!」
事実、ジャーガスとの戦いではアルゲンは終始劣勢だった。
「しかし、岩砲を放つ寸前の若様の気迫、私でも見たことないほど凄まじいものがありました。あの一瞬、若様は私のお父さんをも超えていたかもしれませんね」
「え、マジ!? お前のあの父親を超えたなら、俺はもう世界最強ってことか!?」
「いえ、そこまでは……」
「ハーッハッハッハ! やっぱ俺はすげーわ! 王都の格闘大会にエントリーしちゃうか! 初出場で優勝しちゃったりして!」
「褒めなきゃよかったですね……」
そんな中、婚約者のエレンシアが静かにアルゲンの前に歩み寄る。
「アルゲン……」
「エレンシア! 蹴られたとこは大丈夫か!」
「ええ、私だってあのぐらいで参るほどやわじゃないわ」
「さすがはエレンシア……俺の愛した女だ」
エレンシアがそっと顔を覗き込む。
「あなたこそ、あれほど攻撃を受けたのに、私を守り、盗賊を倒してくれたじゃない」
「フッ……エレンシアのためなら……たとえ、火の中水の中盗賊の中、さ」
うっとりと見つめ合う二人。二人の間にだけ桃色のオーラが漂うような雰囲気だ。
誰かが「始まったぞ」とつぶやく。
「いつものことさ」と笑う者もいる。
もはや二人は完全に自分たちの世界に入ってしまっている。こうなってはもう、サティだろうが、王子だろうが、なんだろうが立ち入ることはできない。
アルゲンとエレンシアは大勢の町民たちに向き直る。
「盗賊どもは退治した! これからも俺を崇めろよ、愚民ども!」
「そうよ! 私とアルゲンを褒め称えなさい、庶民たち!」
「ハーッハッハッハッハッハ!」
「ホーッホッホッホッホッホ!」
サティはため息をつく。
「盗賊を倒そうが、町を救おうが、このお二人は変わりませんね……」
「でも、だからこそいいんじゃないでしょうか」
隣にいたフィーユはニッコリと笑った。




