第36話 愚民ども、盗賊団が攻め込んできたぞ!
『緋色の浄化団』頭目はジャーガスという男であった。
肩のあたりまで伸びた黒髪、鷲鼻を持ち、その眼光は猛禽類のような鋭さを誇り、なおかつ殺意に満ちている。
灰色のマントを身につけ――体格は長身で細身だが、筋肉質で、邪悪な気配を隠さずにまき散らす。
その迫力は、長年彼に従っている部下ですら、「この人に舐めたことをしたら即殺される」と思わせるほど。
「ジャーガスさん、町が見えてきました!」
「よし……」
ジャーガスがニヤリと笑う。
「この国では大した収穫を上げられなかったが、その不満を爆発させてやれ。あのロクスの町から奪い尽くし、殺し尽くし、焼き尽くし、全てを浄化する。この王国に緋色の置き土産を残してやるんだ」
部下たちが獰猛な大声で応える。
『緋色の浄化団』はこの王国では軍に阻まれ、殆ど被害を出すことができなかった。
だからこそ、このロクスの町だけは徹底的に滅ぼし、泣く子も焼き殺す盗賊団としてのプライドを回復させる。その後、他国へと河岸を変える。そう決めていた。
「行け……! 容赦するな……! 女子供もブッ殺せ!!!」
号令がかかり、盗賊たちが町の入り口に殺到する。悪しき津波が町に押し寄せる。
このままロクスの町は波に呑まれてしまうのか――
ところが――
「おおりゃああああああっ!!!」
潜んでいたアルゲンが木刀アルゲンソードを持ち、盗賊たちに殴りかかった。
さらにサティも拳で、兵士ダートも剣で、スタットもアルゲンソードで立ち向かう。
「なんだ!?」
町の男たちが一斉に盗賊たちに立ち向かう。
虚を突かれた盗賊は、一人、また一人と倒されていく。
戦況はロクスの町住民が押していた。
要因はいくつかある。まず『緋色の浄化団』は完全に油断しており、戦闘の心構えができていなかった。二つ目、アルゲンを中心に士気が非常に高まっていた。三つ目、アルゲンソードが木刀であるため、町民たちも全力で盗賊たちに振り下ろせたこと。さらには、格闘技ブームがあったことで、男たちはそれぞれかなり鍛えられていた。
「押してるぞ、愚民ども! このまま押し返せぇ!」
凶悪盗賊団に全く負けてはいない。
サティも拳や蹴りで敵を倒しながら、アルゲンに感心する。
(若様もよく戦っておられるし、町の皆さんもものすごい士気だわ。これは……イケるかもしれない!)
一方の盗賊団陣営。
部下の一人が焦りの表情でジャーガスを見る。
「ジャーガスさん、どうしましょう!?」
ジャーガスはその猛禽類のような眼で戦いを見据える。
「奴らは事前に俺たちの襲撃を察知し、町の入り口で待ち構えていたようだ。あの必死さ、ここで絶対に食い止めるという意志が伝わってくる。避難より戦いを選んだというわけだ」
「……?」
「つまり、だ。俺たちが退くどころか散ったらどうなる? だいぶ予定が狂うはずだ」
「なるほど……」
「散れ。町の中に入り込み、内部からズタズタにしてやれ」
命令が下り、盗賊団は正面突破を中断し、散り始める。
アルゲンが焦る。
「あいつら散りやがった!」
アルゲンの作戦では、町の入り口で出鼻を徹底的にくじき、『緋色の浄化団』をまとめて撤退させるのが狙いだった。敵も軍から追われる立場であるからだ。獲物が手強いなら逃げを選ぶだろうと踏んでいた。
実際に盗賊たちは怯んでいたので、その作戦は功を奏していた。
だが、散られてしまうと、防壁らしい防壁もないロクスの町は入り放題になってしまう。
町の中には、避難を選ばなかったエレンシアを始めとした女性や子供が残っている。
スタットが木刀を構えながら叫ぶ。
「アルゲン様、どうしましょう!?」
「……! こっちも散れ! 町の中で戦うんだ! 誰も死なすんじゃねえぞ!」
戦場は町内へと移ってしまう――
***
『緋色の浄化団』に町に入り込まれてしまった。
町には避難をしていない大勢の町民が残っている。殆ど武装はしておらず、血に飢えた盗賊たちにとっては皿に載ったご馳走のようなものだ。
「女子供がいたぞ!」
「殺せ、殺せぇ!」
盗賊たちが追い回すが――
長い金髪をたなびかせ、エルフのルカナがその前に立つ。
「火よ! 雷よ!」
“魔法”で火を呼び出し、盗賊を燃やす。雷を呼び出し、盗賊を撃つ。
殺傷力こそ低いが、盗賊たちは面食らい、足を止める。
「な、なんだこいつ……!?」
「この耳を見ろ」
ルカナの尖った耳を見て、盗賊らは目を丸くする。
「私はエルフだ。この通り魔法を使える。死にたくなくば、私には近寄らぬことだ」
「ぐ……! くそっ!」
散ったため人数も少なくなっていた盗賊たちは逃げ去っていった。
「ありがとうございます! ルカナさん!」
町民たちからルカナは感謝されるが、その表情は険しい。
(盗賊どもが町に入り込んでしまったか。私ではとてもじゃないが、盗賊どもを倒すことは不可能。アルゲン殿、この町が勝つにはやはりあなたの力が必要だ!)
ルカナも戦闘力という点では、大勢の盗賊と戦うことは難しい。
ここは魔法とハッタリで切り抜けたが、それもいつまで持つか……頭に不安がよぎった。
……
盗賊たちに町民が追われていた。
「助けてくれぇっ!」
「ギャハハハッ! 俺たちから逃げられるわけねーだろ!」
だが、そこへ――
「ヒヒィィンッ!」
「うわっ、馬!?」
アルゲンに飼われている馬グリントだった。
グリントは盗賊を両足で蹴り飛ばす。
「ぐはぁっ!」
その威力は凄まじく、盗賊を数人まとめて吹き飛ばした。
「ブルル……ヒィィン!」
勇ましくいななくグリント。
「助かったよ!」
「ヒヒィン!」
かつては生気がなく、悪徳商人に連れ回され詐欺の道具として扱われていたグリントだが、往年の輝きを取り戻していた。
……
「結局ガキ殺しが一番楽しいんだよなぁ……」
公園では子供たちが盗賊に追い詰められていた。
赤毛の少年クルムが皆を守るように先頭に立つ。
「く、くそ……!」
「観念しな。一人ずつじっくり解体してやるから」
舌なめずりをしながらナイフを持った盗賊がにじり寄る。本物の悪党であり、子供たち数人で立ち向かえるような相手ではない。
子供たちは震えている。クルムの心も恐怖が支配している。
そして、クルムが叫ぶ。
「アルゲン様……助けて!!!」
その瞬間。
公園に建っているアルゲンの銅像が急にぐらりと――
「……?」
盗賊めがけ――
「うわ、なんだ!? 倒れて――」
押し潰すように倒れた。銅像で頭を打った盗賊は失神している。
とても偶然とは思えなかった。
クルムはこれを見て――
「アルゲン様の銅像……どうもありがとう!」
子供たちを連れてその場を逃げ切ることができた。
残された銅像は、どこか誇らしげに笑っているように見えた。
……
銘菓“ロクスグミ”生みの親をアルゲンとするなら、発展の親である菓子屋のウィリーも窮地に立たされていた。
盗賊の一人に剣を突きつけられる。
「さぁて、どう殺してやろうか……」
下卑た笑いを浮かべる盗賊に、ウィリーは――
「最後に一仕事させて下さい。このグミはいかがですか?」
カラフルなグミを盗賊に手渡す。
「毒でも入ってるんじゃないだろうな」
「菓子屋の誇りにかけて、そんなことはしませんよ。私は自分のグミを味わってもらってから死にたいんです」
「いいだろう。どれ……」
盗賊はグミを食べる。食べた途端、目を見開く。
「う、美味い!? なんだこの美味さ! こんなの食ったことねえ!」
次々に夢中でグミを頬張る。
もちろん食べ終わればウィリーを殺すだろうが、それは叶わなかった。
「せやぁっ!!!」
隠し持っていたアルゲンソードで、盗賊の頭をブン殴った。
盗賊は気絶してしまった。
「すみませんね。でも毒は入れてませんから」
……
モレス家の邸宅周辺でも盗賊がうろついていた。
「でかい家があるぜ。きっとここが領主の家だ。燃やしちまおう!」
「そうだな! 派手に燃え上がるぜ! 他の家にも飛び火して、大火災の始まりだ!」
『緋色の浄化団』は放火を得意とする集団。大きな家を見かけたらこうなるのは当然である。
だが、そこには老婆ランネがいた。
ギロチンの横にたたずんでいる。
「来たね、盗賊ども」
「なんだ、このババア……」
「この町をどうにかしようとって輩はこのギロチンで首を斬っちまうよ! ひっひっひ!」
ランネの顔つきは異常な気迫を帯びていた。妖怪に近い――いや、もはや妖怪といってもよかった。
「ひっ……ひえええええっ!!!」
盗賊は青ざめ、逃げ出した。
モレス家を守り抜いたランネは一息つく。
「あたしもまだまだやれるもんだね。アルゲンちゃん、後は頼んだよ」
***
当のアルゲンたちはというと、大通りで大人数に囲まれていた。
サティやスタットも付き従っているが、この囲みは突破できそうにない。
「よっしゃ、囲んだぜ!」
「なぶり殺しにしてやれ!」
「覚悟しろやァ!」
アルゲンはアルゲンソードを構えつつ、汗を流す。
「くそぉ……大勢で来やがって。この卑怯者どもがァ!」
多勢に無勢、絶体絶命、袋の鼠――こんな言葉たちが頭をよぎる。だが、そんな弱気を切り裂くような一撃が舞い降りた。
凄まじい雷が盗賊たちを直撃し、まとめて倒した。
「……ッ!?」
アルゲンは目を丸くする。
「若様、今のは……!?」
「ええと……なんだろ……」
『この一撃だけだ。今の我にはこれが精一杯だ。あとは……己次第だ』
これはかつてアルゲンが石碑を磨いた神による一撃だったのだが、アルゲンは知る由もない。
「今のはきっと俺の貴公子パワーに違いない! うん、そうに決まってる!」
「まあ、そういうことにしておきましょうか」
アルゲンの貴公子パワーということで、話はまとまった。
ロクスの町住民は善戦している。凶悪な男たちを相手にまだ犠牲者は出ていない。
しかし、『緋色の浄化団』にも危険な男はまだ残っていた。
頭目のジャーガスである。
「どいつも苦戦してるみたいです! ったく役立たずばかりだ!」
部下は憤っているが、ジャーガスは冷静だった。
「……あのガキがこの町のキーマンだな」
「あのガキ?」
「アルゲンとか呼ばれてる小僧だ。奴が町の人間を鼓舞している。逆にいえば、あのガキを殺れば、この町は総崩れになる」
ジャーガスは腰に差したサーベルを抜く。
「俺が直々に殺ってやる……そうしたら、お前らは一気にこの町の連中を襲え。焼き尽くせ」
「は、はい!」
頭目ジャーガス自ら、アルゲンに照準を定めた。
アルゲン史上最大の戦いが始まろうとしていた。




