第32話 庶民たち、私の初めての○○よ!
モレス家邸宅で、エレンシアが鼻歌を歌いつつクローゼットで服を物色している。
「これがいいかしら。それともこっち……」
程なくして一着のブラウスに目をつける。
「うん、これにしましょう!」
アルゲンが声をかける。
「エレンシア、何をやってるんだ?」
「今日庶民のフィーユさんが遊びに来るから、私の服を一つ差し上げようと思って」
「ふーん……」
サティがやってきた。
「どうしたんです、若様?」
「エレンシアが愚民町長の娘に服をあげるんだってさ」
「いいことじゃないですか。エレンシア様は着なくなった服も多いでしょうし、フィーユさんとは体格も同じぐらいですし、捨てるよりよっぽどいいです」
「……」
アルゲンはそれには答えず、そのままどこかに歩いていった。
***
一時間ほどして、フィーユがモレス家に遊びに来る。
「こんにちは!」
「いらっしゃい、庶民のフィーユさん」
「お邪魔いたします」
フィーユは栗色の髪をお下げにした少女だが、エレンシアの影響もあり、近頃はファッションにもこだわるようになっている。
エレンシアはフィーユをリビングに招き、さらにサティが紅茶を持ってきて、二人でお茶を楽しむ。
やがてエレンシアが「サティさんもいかが?」と誘い、三人でのお茶会となった。
そして、エレンシアが先ほど選んだブラウスを持ってきた。
「フィーユさん、これなんだけど……」
「わぁっ、素敵なブラウスですね」
「これ、もう着ないと思いますので、よかったら差し上げますわ」
「えっ、よろしいんですか!?」
サティもうなずく。
「さっきエレンシア様が一生懸命選んでいたんですよ」
エレンシアは顔を赤らめる。
「まあ、サティさん、一生懸命だなんて! 片手間ですわ、片手間!」
フィーユは嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます、エレンシア様!」
「いいんですのよ。たまには私も貴族として庶民に施しをしませんとね」
「エレンシア様からすれば安い物でしょうが、高いブラウスなのでしょう? 気前がいいですね」
サティの問いにエレンシアが答える前に、アルゲンが割り込んできた。
「ああ、そうだ。気前がよすぎる」
その表情にいつもの傲慢さはなく、真剣そのものだ。
「アルゲン……?」
「エレンシア……愚民町長の娘は所詮平民だ。俺たちとは住むステージが違う」
「若様!」
いきなりフィーユを蔑むアルゲンにサティが食ってかかるが、アルゲンはかまわず続ける。
「なぜだ? 俺の婚約者であり、れっきとしたユーベル伯爵家の生まれであるお前が、なぜそこまでする? 平民に施しなんざする必要はないだろう」
エレンシアは動揺する。
「なぜって……」
「正直に答えてくれよ、エレンシア」
「……」
アルゲンの瞳はこの質問から逃げることは許さないと言っている。エレンシアはうつむき、押し黙る。
アルゲンらしからぬ迫力に、サティとフィーユも口を挟めない。
緊迫した時間が流れる中、エレンシアはようやく唇を開く。
「フィーユさんは私の……」
「私の?」
「私の……」
エレンシアは絞り出すように――
「私の、オトモダチ、だから……」
サティとフィーユは目を見開き、アルゲンの顔つきは変わらない。
フィーユはエレンシアに感謝の眼差しを向ける。
「エレンシア様、ありがとうございます!」
「いえ……」
アルゲンは鼻を鳴らす。
「エレンシア、ずいぶん変わったなぁ。庶民を“お友達”だなんて……」
「アルゲン……」
アルゲンとエレンシアは二人とも、平民というものを見下してきた。
愚民ども、庶民たち、と。
しかし、エレンシアはフィーユと付き合ううち彼女の間に友情を感じ、ついに対等な“お友達”と認めてしまった。
アルゲンからすればこれは裏切りになるかもしれない。
エレンシアは恐る恐る上目遣いでアルゲンを見つめる。
「ダメ、かしら……?」
すると――
「いや……構うもんか」
「え」
アルゲンは笑った。
「エレンシアにも友達ができた。めでたいことじゃないか。俺はお前を愛する者として、心から祝福するよ。おめでとう」
「ありがとう、アルゲン……!」
サティも朗らかな顔になる。
「なるほど。若様はエレンシア様にとってフィーユさんがどういう存在かをはっきりさせたかったのですね」
「まあな」
アルゲンはエレンシアがフィーユに友情を感じていると察していた。だからこそ、そのことを自分の口ではっきり言わせる必要があると、悪役になってその機会を設けた。
エレンシアはアルゲンに勢いよく抱きつく。
「嬉しいわ、アルゲン! 私、アルゲンに失望されてしまったかと……」
「俺がエレンシアに失望? あるわけないだろ。俺はお前の婚約者なんだからさ。ハーッハッハッハッハ!」
そして――
「ありがとうございます、アルゲン様!」
礼を言うフィーユにアルゲンは首を横に振る。
「なあに、婚約者に愚民の友達がいてもいいと思っただけさ。それに……」
「それに……」
「エレンシアの友達は、俺の友達でもあるからなぁ!」
アルゲンもまた、フィーユを“友達”認定する。
ところが、フィーユは――
「あの、アルゲン様……友達ってお互いの同意があってなるものですよね?」
「え、どういう意味?」
「私アルゲン様とはあまり……」
「まさかの拒否!?」
フィーユから友達拒否されたアルゲンは愕然とする。
サティとエレンシアは笑う。
「それは当然、フィーユさんにも拒否権はありますよね」
「アルゲン、仕方ないわよ。こればかりは個人の自由なんだから」
「うぐぐ……」
さらにフィーユは――
「ああ、でもお友達代金を払ってくれたら、なってもあげてもいいですよ」
「払う払う! なってあげてくれ!」
「え!?」
「金払うから、俺を友達にしてぇぇぇ!!!」
「冗談ですよ、冗談! お金なんか払わなくてもなりますから!」
こうしてアルゲンとエレンシアはフィーユと友達になったのであった。
夕刻、フィーユが出ていくのを見送ったエレンシアにサティが尋ねる。
「初めてお友達ができた気分はいかがです?」
「そうね……。なんだか、胸の奥がポカポカと温かくなるような、そんな心地だわ」
「素晴らしい体験をしましたね」
「ありがとう、サティさん」
サティはアルゲンにも尋ねる。
「若様は?」
「俺? 胸の奥がズタズタだわ! 愚民町長の娘め、まさか拒否するなんて!」
「あれは冗談だって言ってたじゃないですか」
「冗談でも傷つくんだよぉ!」
「鋼のメンタルをお持ちかと思いきや、意外とナイーブなんですね……」
アルゲンがわめく中、エレンシアはアルゲンに感謝していた。
(ありがとう、アルゲン。おかげで私にもお友達ができましたわ……)
しかし、アルゲンはそんなことはつゆ知らず、わめき続けるのだった。
「俺はナイーブなんだぁぁぁぁぁ!!!」




