第3話 庶民たち、ダンスパーティーを開くわよ!
昼下がり。町中で、エレンシアは町の若い娘を集めて自慢話をしていた。
「あの王都でのダンスパーティーの煌びやかなことときたら……あれを体験してない人たちが気の毒ですわねえ!」
当然、ほとんどの娘はこんな自慢など聞き流している。まともに聞いても何の益もないからだ。
ようやく自慢話が終わり、娘たちはもちろん、エレンシアも帰ろうとする。
ところが、町長の娘フィーユだけはその場に残っていた。
「あら、庶民のフィーユさん、どうなさったの?」
フィーユは栗色の髪を両サイドでお下げにした可愛らしい娘である。
「いえ、ダンスパーティー、羨ましいなぁと思って……」
「オホホ、そういう素直な心掛けは大事よ!」
庶民の羨望を浴びていい気分のエレンシアに、フィーユはうなずく。
「私も一度ぐらいそんなパーティーに参加したいなぁ、なんて思ってるんですけど……」
「あらあら庶民のくせに過ぎた望みを言うもんじゃないわ。ダンスパーティーは私のような上流階級の嗜みなのだから。冗談も休み休み言うことね」
「そうですよね……」
残念そうにうつむくフィーユ。
エレンシアもそれ以上何かを言うことはなく、そのままモレス家の邸宅に帰った。
***
アルゲンはリビングで利きコーヒーをしていた。
左右にある二杯のコーヒーのうち、どちらが高級な豆を使っているか当てるというもの。
「うむむ……まずこっちだ」
アルゲンが右のカップのコーヒーを飲む。
「続いてこちら」
左を飲む。
「さあ、どちらが高級品でしょう」
コーヒーを注いだサティが尋ねる。
アルゲンは熟考する。唇に拳を当て、汗まみれになるほど考える。
「こっちだ!」
右のカップを選ぶ。
「こっちのコーヒーの方がコクがあって、まろやかで、なおかつジューシィだった!」
サティは冷たく正解を発表する。
「正解は左でした」
「何ィ!?」
「右はどこにでも売ってる安い豆、左は一部の地域でしか穫れない高級豆です」
「ぐ、おのれ……! こんなはずじゃ……!」
アルゲンは再び左右のカップを飲み比べる。
「しかし、俺の舌は確かに右のが美味いと言ってる! そうさ、豆が高級か高級じゃないかなんて意味のないことだ! 俺にとっては右の方が美味かった! その事実が大事なんだ!」
「確かに正論ですが、だったら最初から利きコーヒーなんてやるなって話ですよね」
「ぐうう……! 俺に意見しやがってぇ……!」
アルゲンが二択を外した悔しさと正論に正論を返された悔しさで悶絶していると、エレンシアが話しかけてきた。
「ねえ、アルゲン。ダンスパーティーをやらない?」
突然の提案にアルゲンは首を傾げる。
「なんでまた、そんなものを?」
「庶民たちに私たち上流階級の嗜みを教えてやることも、貴族の務めだと思うのよ」
これを聞いてアルゲンはニヤリとする。
「うん、確かにその通りだ! よぉし、いっちょダンスパーティーを開催してやるか!」
「ですけど、会場をどうするかちょっと悩むわね。この町に大きなホールは存在しませんし……」
「そんなもん簡単さ、エレンシア」
「え?」
「ウチでやればいい! 一番広い部屋使えば十分パーティー開けるだろ!」
これを聞いたエレンシアは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、アルゲン! ……素敵!」
抱きつき、頬にキスをする。
「お、おお? よく分かってるじゃないか、エレンシア! 俺は素敵で無敵だぁ! ハーッハッハッハ!」
婚約者同士のイチャイチャにサティは呆れる。
「素敵で無敵な若様の金的を蹴り飛ばしたい気分ですね」
***
一週間後、アルゲンとエレンシアは大々的にダンスパーティー開催を宣言する。
「愚民ども、今夜はウチでダンスパーティーを開催する!」
「庶民たち、喜びなさいな!」
高笑いする二人をよそに、町民たちは困惑する。
「ダンスパーティー……?」
「なんでまた、そんなことを……」
「そもそもアルゲン様ってダンスできるのか?」
しかし、フィーユだけは――
(もしかして、エレンシア様が私の希望を叶えようとしてくれて……)
当のエレンシアはそんなフィーユの気持ちなど知ってか知らずか、アルゲンとともに高笑いを続けていた。
***
日が沈むと、モレス家の邸宅には人が集まってくる。
邸宅のホールには、50人ほどの人間が集まった。
アルゲンはいつもの紫色のスーツ姿でうなずく。
「こんなところでいいか。そろそろダンスパーティーを始めるぞ! 演奏は雇った連中にやってもらうから、踊りまくれ! レッツミュージック!」
音楽の演奏が始まってしまうが、こんな雑な仕切りではみんな戸惑ってしまっている。
フィーユが尋ねる。
「あの、踊るといっても、どうすれば……?」
これにエレンシアが答える。
「好きに踊ればよろしいのよ」
「え?」
「皆さんの心の赴くままに! そうすれば、きっと素晴らしいダンスパーティーになるはずですわ!」
「……はいっ!」
人々が「好きにって言われてもなぁ」とささやく中、フィーユが踊り始めた。
フィーユに踊りの心得などない。だから、“なんとなく”の振り付けである。手足を曲に合わせて動かしているだけ。憧れのダンスパーティーはきっとこんな風だろう、という想像で踊っているだけ。
しかし、その姿は生き生きとしていた。飛び散る汗すら、美しく感じられるほどに。住民たちの心に火を灯すには十分なダンスだった。
「やるな、フィーユちゃん。よし、俺も踊ろう!」
「私も踊るわ!」
「僕も!」
ついには町長のスタットが腰を振り出す。
「ふんふ~ん……」
「おおっ、やりますね、町長!」
「私も昔はこうやって踊ったものさ!」
道具屋のウッドが金槌をジャグリングしながら踊る。
「俺はハンマーダンスだ!」
「危ねえって!」
銅像を蹴った少年クルムも走り回るように踊っている。
「ワ~イ! ダンスパーティー、楽しい~!」
町民たちがダンスに夢中になっていると――
「俺たちの出番のようだな!」
「私たちの出番のようね!」
息の合った声とともに――
「愚民どもォ!!!」
「庶民たち!!!」
領主にして婚約者カップル、アルゲンとエレンシアが登場する。
せっかく楽しい雰囲気だったのに、と顔をしかめる人間も出る。
だが――
「踊るぞ、エレンシア」
「ええ、アルゲン」
二人とも普段の高飛車ぶりは表に出さず、いつになく精悍な顔つきだ。
音楽に合わせ、二人が手を繋いで踊る。
町民たちは思わず声を上げた。
彼らのダンスはリズム、ステップ、スピード、振り付け、全てが高水準だった。
「すげえ……!」
「綺麗……」
「二人とも、あんなに踊れたのか」
町民たちも思わず見とれ、見直してしまう。
だが――
「ハーッハッハッハ、どうだ、愚民ども! 俺たちのダンスは!」
「レベル違いってやつですわね!」
――少しでも感心した自分たちがバカだと思った。
しかし、フィーユだけはオホホホと踊り狂うエレンシアをじっと見つめていた。
(エレンシア様、ありがとう……)
二人のダンスのクオリティの高さも手伝って、パーティーはさらに盛り上がっていく。
「……そろそろ本気出すか!」
アルゲンがなんとブレイクダンスを披露する。
逆立ちのような格好となり、回転しながら激しく踊る。
町民たちは目を丸くする。
「私も負けられませんわね!」
エレンシアもバレエのような華麗な舞を披露する。
歓声が沸く。
「よぉし、私も!」
エレンシアの見様見真似でフィーユも踊る。
「あら、庶民のフィーユさん、私についてくるつもり?」
「ええ、お願いします!」
「オホホ、いいわよ! ついてこられなかったら置いていくわよ!」
場のテンションが高まり、楽団の演奏もどんどんヒートアップしていく。
みんなデタラメではあるが、それぞれのダンスを踊り、楽しむ。
いわゆる上流社会のダンスパーティーとはもはや別物だが、そんなことは関係なかった。
みんなが楽しんでいるのだからそれでいい、という感覚だった。
一方、アルゲンは頭を床につけて回転するヘッドスピンで回りすぎて止まらなくなっていた。
「やべえ、勢いつけすぎた! 止まらないんだけど! 頭がこすれるゥゥゥ!」
凄まじい回転になっており、近づくことさえできず、誰も止められない。
「誰か止めろ、愚民ども! いや、止めてええええええええ!!!」
すると、サティが――
「ハァッ!!!」
思いきり蹴りを入れて、アルゲンを吹き飛ばし、壁に激突させた。
「ぐぼあっ!」
倒れたアルゲンをサティが冷たく見下ろす。
「止まりましたね」
「俺の息の根も止まるとこだったわ!」
サティを怒鳴りつつ、アルゲンはダンスを楽しんでいる町民たちを見る。
「……ふん。愚民どもが」
「皆さん、楽しんでますよ。これも若様のおかげですね」
「だよなぁ!? ハハハ、俺のおかげだよな!」
褒めなきゃよかったとサティは顔を背ける。
「よーし、もう少し踊るとするか! エレンシア、手を!」
「ええ、アルゲン!」
アルゲンもエレンシアも、パーティー参加者も、日が変わるまで踊り続けた。
そして、パーティーが終わった頃、邸宅のホールには立っている人間はいなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……し、死ぬ……」
大の字に倒れるアルゲン。
「こんなに踊ったのは久々です、わ……」
エレンシアも息を切らしている。
「エレンシア様、ダンスパーティーって……ハードですねえ……」
フィーユも汗だくになっている。
「ええ……」
「でも……楽しかったです!」
「私もですわ」
エレンシアも笑みを返す。
第一回ロクスの町ダンスパーティーはこうして閉幕となった。
翌日、参加者たちは疲労と筋肉痛でまともに動けなかったことは言うまでもない。
「いてえよ~! 体がバラバラになりそうだぁ~!」
「さすがに疲れましたわ……」
喚き散らすアルゲンと、へとへとのエレンシア。
「お二人とも、今日はもうずっと寝てて下さい」
「は~い……」
サティはいつもと変わらぬ様子でテキパキと仕事をするのだった。




