第29話 愚民ども、エレンシアの兄上と決闘するぞ!
全員が邸宅の庭に出る。
決闘をするのはアルゲンと、エレンシアの兄エルディス。
立会人はサティが務めることとなった。
「決闘の方法は素手での決闘、エレンシアは勝った方に従う。これでいいかい?」
「ああ、それでいい」
アルゲンはうなずく。
「では二人とも、構えて下さい」
お互いに拳を前に構える。
サティがちらりとエルディスを見る。
(この方……強い。“完璧なる貴公子”という異名は伊達ではない。若様もだいぶ逞しくなられたけど、厳しい戦いになる……)
武術の心得のあるサティから見ても、エルディスは間違いなく強者であった。
「アルゲン……」
エレンシアは心配そうに見つめる。
アルゲンはそんなエレンシアに拳を突き上げる。
「まあ、待ってろ。すぐに俺が勝って、お前を迎えに行くからさ」
サティが合図する。
「では、始め!」
エルディスは小刻みにステップを踏み、アルゲンに近づき、ジャブを連打する。
「ぶっ!?」
アルゲンはすかさず右ストレートを返すが、あっさりかわされる。
さらに、エルディスは二、三発拳を入れる。
速いだけでなく、一つ一つが重く、アルゲンはよろけてしまう。
「アルゲン! 大丈夫!?」
「ふん、まだまだこれからさ。せやぁっ!」
アルゲンは果敢に拳を繰り出すが、全て見切られている。
ストレート、フック、アッパー、エルディスの攻撃は次々決まる。
「うぐぐ……」
「どうした? 私はまだ一発も喰らってないぞ」
アルゲンは顔を袖で拭く。
(強いぞ……。マジでサティぐらい強いんじゃないか、この人。だが――)
再びアルゲンが突っ込む。
「負けるわけにはいかないんだよ!!!」
渾身の拳も当たらず、カウンターのストレートが炸裂する。
「ぶげえっ!」
「弱すぎる……やはり君は妹の相手として相応しくない」
だが、アルゲンはまだ立ち上がる。
「うぐぐ……これは使いたくなかったが……使うしかないようだな」
アルゲンは強く拳を握り締める。
サティの父サルダスから教わった技“岩砲”を繰り出そうとする。
しかし、サティは顔をしかめる。
(若様の呼吸は乱れている! あれでは――)
「セイヤァ!!!」
アルゲンの“岩砲”は呼吸もフォームも乱れており、とても技と呼べる代物ではなかった。あっさり回避されてしまう。
「一瞬何が来るかと驚いたが、ただのこけおどしか。はぁっ!」
右ストレートがアルゲンの顎を撃ち抜く。
脳が激しく揺れ、アルゲンはそのままダウンした。
「アルゲンッ!!!」
エレンシアが叫び、サティも無念そうにうつむく。
エルディスはアルゲンを冷たい眼差しで見下ろす。
「私の勝ちだ。約束通り、エレンシアは連れて行く。婚約破棄の件については、また後日正式に書面で取り交わそう」
「うぐぐ……」
地面にうつ伏せ状態でうめくアルゲン。
エルディスはそのままエレンシアを邸宅の外に連れ出した。
***
エルディスとエレンシアが町中を歩く。
領主アルゲンの婚約者が、初めて見る容姿端麗な青年に浮かぬ顔でついていく姿は、皆の目を引く。
「エレンシア様だ……」
「もう一人の人は?」
「浮気? いや、まさかな……」
誰も声をかけられないが、そんな中、フィーユが――
「あ、あのっ!」
「ん?」
エルディスが振り向く。
「ああ、さっきの君か? なんだい?」
「私はこの町の町長スタットの娘フィーユと申します。エレンシア様にはいつもお世話になっておりまして……」
フィーユが自己紹介すると、エルディスも丁寧に応じる。
「私はエルディス・ユーベルという。エレンシアの兄だ」
「エレンシア様の……。あの、エレンシア様をどうなされるのでしょうか?」
「妹は実家に連れて帰ることになった」
「ええっ!? ど、どうして……」
「ここの領主アルゲンの横暴を知ったのでね。彼との婚約は破棄し、エレンシアは連れ帰ることにした。ああ、もちろん、彼のこともこのままじゃ済ますつもりはないよ。貴族として、彼を徹底的に制裁――」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「ん?」
「アルゲン様はそんなに悪い人じゃありません!」
エルディスはため息をつく。
「何を言ってるんだ、君は……。彼は現に銅像を作ったり、ギロチンを作ったり……こんな男が“悪い人じゃない”はずがないだろう」
フィーユは答える。
「銅像はみんなのストレス解消に役立ってますし、ギロチンも誰かを処刑するためのものじゃありませんし……」
必死に説得を試みるフィーユの姿に、エレンシアも口にこそ出さないが、目を潤ませている。
すると――
「僕も言いたいことがあります!」
クルムが駆けつけてくる。
「アルゲンちゃんについてなら、あたしにも言わせておくれ」
ランネもゆっくりと登場する。
「あのですね、アルゲン様が作ったグミが今や町の名物で……」
菓子屋のウィリーまでやってくる。
ついには町長のスタットも――
「私は町長兼アルゲン様のライバルでして……」
「ライバル!?」エルディスが目を丸くする。
町民たちがどんどん集まってきて、エルディスは立ち往生してしまう。
元々“完璧なる貴公子”と称されるほど紳士的な人物ではあるので、無下にすることもできない。
(参ったな。どうしたものか……)
そして、話を聞いているうちに、アルゲンもアルゲンなりに町の人間から慕われていると分かってくる。
スタットが何とかまとめようとする。
「確かにアルゲン様は色々問題……というか、問題しかないような方ですが、あれでも一応領主ですし、ここはひとつ、見逃してもらえないでしょうか」
「その説明だと、とても見逃してよさそうな感じではないのだが……」
婚約破棄を断行すべきか、アルゲンの可能性を信じるべきか。
エルディスが腕を組み、迷っていると――
「ちょっと……待ったぁ……!」
さっき倒れたはずのアルゲンが、よろよろと追いついてきた。サティも一緒だ。
「まだ勝負はついてないぞ……お義兄さん……」
「……」
エルディスはアルゲンを神妙な顔つきで見つめる。
(私は本気で叩きのめした……。立ち上がれるような状態ではないはずなのに……)
やがて、エルディスは言葉を紡ぐ。
「アルゲン、君はなかなか町の人間には慕われているようだな」
「俺が愚民どもに!? 崇められてると言って欲しいね!」
「それと私の拳をあれだけ受けて立ち上がってくる……。精神力もなかなかのようだ」
「そりゃあ俺の精神ときたら、もはや悟りを開いて神の領域で……」
「若様は黙ってて下さい。せっかくのムードが台無しです」サティがアルゲンを肘で小突く。
エルディスがアルゲンに向き直る。
「いいだろう、アルゲン。エレンシアは君に託そう」
「……え!?」
「少なくとも、私にはこの大勢の町民を傷つけずに、エレンシアを連れ去る方法が思いつかないしね。私の負けだ」
「そりゃあ、どうも……」
勝敗が決し、エレンシアがアルゲンの胸に飛び込む。
「アルゲンッ!」
「うおっ、エレンシア……!」
エレンシアはアルゲンの胸の中で泣き、アルゲンは傷を痛がりつつもエレンシアを優しく迎え入れる。
エルディスはそんな二人を穏やかな眼差しで眺める。
(それにやはり、これほど愛し合ってる二人を見ていると引き裂くのは心が痛む……)
“引き際は潔く”と言わんばかりに、エルディスは馬車に乗って颯爽と町を去っていった。
「式を楽しみにしてるよ」
という言葉を残して。
その夜、リビングのソファで、エレンシアはアルゲンにしなだれかかる。
「アルゲン、ありがとう。追いかけてきてくれた時は本当に嬉しかったわ」
「なあに、エレンシア。お前のためなら、俺はどこへでも駆けつけるさ」
そして――アルゲンは顔を怒りに歪める。
「だけどさ……今日お義兄さんのやったことを冷静にまとめると、突然家にやってきて、婚約破棄して、俺をボコって、エレンシアさらって、最後はいい感じに去っていく……なんだよこれ! ひどすぎるだろ! 俺どう考えても完全に被害者じゃん!」
サティは冷たくつぶやく。
「決闘を仕掛けたのは若様ですし」
エレンシアも笑顔を見せる。
「それに私のために戦ってくれたアルゲン、本当にかっこよかったわ~!」
「ま、エレンシアがそう言ってくれるのなら……」
アルゲンとエレンシアの婚約はどうにか“完璧なる貴公子”にも認められたのであった。




