第28話 愚民ども、エレンシアの兄が来たぞ!
ロクスの町に、立派な馬車がやってきた。
そこから降り立ったのは金髪の青年だった。年は二十歳前後といったところ。
瞳は煌々とした赤、真紅のコートを着た姿は若き貴公子といったオーラを存分に放っている。
たまたま近くにいたフィーユが声をかけられる。
「失礼、お嬢さん。モレス家の邸宅というのはどちらでしょう?」
フィーユは顔を赤らめつつ、モレス家の方角を指差す。
「は、はい。あちらです」
「ありがとう。町並みを楽しみたいし、ここからは徒歩で行くかな」
そのまま歩いていく青年に対し、フィーユはうっとりしていた。
一方でこんな思いも抱く。
(素敵な人……。でもあの人、誰かに似てるような……)
***
青年は公園を通りかかる。
すると、どこかを指差すアルゲンの銅像に出くわす。
「失礼、あの銅像は?」
尋ねられた町民が答える。
「ああ、あれ? アルゲン様の銅像だよ」
「……」
青年はアルゲンの銅像を見つめ、その整った眉をひそめた。
そのまま歩き続け、モレス家邸宅に着く。
庭に置いてあるギロチンが目に入る。
「なんだこれは……。なんでこんなものがここに……」
青年はますます顔をしかめる。
そのままモレス家の門を通り、ドアをノックする。
中から出迎えたのはサティだった。
「どなたでしょう」
「私はエルディス・ユーベル。ここにいるはずのエレンシアの兄だ」
「エレンシア様のお兄様……」
サティの顔にも驚きの色が浮かぶ。
「アルゲン殿とエレンシアに会いたい。取り次いでもらえるかな?」
「はい、かしこまりました。少々お待ち下さい」
サティはすぐに二人の元に向かった。
***
サティがエルディスのことを伝えると、アルゲンとエレンシアも動揺を見せる。
「エレンシアの兄上が!?」
「お兄様が!?」
「私は初めてお会いしたのですが、どういう方なのです?」
「“完璧なる貴公子”と呼ばれる人だ」
大仰な異名にサティはつぶやく。
「それはすごいですね……」
アルゲンはうなずく。
「容姿、頭脳、運動、人望、全てにおいて社交界でトップクラス。まさに俺と双璧をなす人物といっていいだろう」
「はぁ」
サティは華麗に聞き流した。
「とにかく呼んで参りますので」
「ああ、頼む」
アルゲンは久しぶりに義兄に会えるとウキウキしているが、エレンシアはどこか浮かぬ顔だ。
(何をしに来たのかしら……お兄様ったら)
***
応接室にて、エルディスに対し、アルゲンとエレンシアは二人揃って応対する。
「お義兄さん、お久しぶりです」
アルゲンが珍しく接客を意識した態度を取る。
腐っても貴族、さすがに婚約者の兄に対する礼儀は心得ている。
だが、エルディスからの返事はない。
「……お義兄さん?」
エルディスは突然、アルゲンを指差した。
「アルゲン・モレス、君と妹の婚約を破棄する!!!」
「はい?」
アルゲンはきょとんとする。
「君如きに妹は相応しくない!」
「何言ってんですか、いきなり!」
困惑するアルゲンに対し、エルディスは鋭い目つきを向ける。
「エレンシアは確かに性格にはやや難があるが、他の家族と違い、私はエレンシアのことを素晴らしい令嬢だと思っている。できればこの私が結婚相手を探したかったのだが、そんな暇もなく勝手に君と婚約してしまった。まったく早まったことをしてくれた」
「早まったって……俺のどこが悪いってんです!?」
「全部だ」
「ぜん……!?」
アルゲンとエレンシアは驚愕し、サティは内心少しうなずいてしまった。
「具体的にどこが悪いってんですか!」
「では聞こう。なんだ、あの銅像は、あのギロチンは」
「え……」
アルゲンはありのままを話した。
銅像は町民に自分を称えさせるために建て、ギロチンはなんとなくで作ったのだが、今では固い物を切るために活用されていると。
アルゲンは得意げな表情で結ぶ。
「……こんなところですかね」
「バカか、君は」
バッサリであった。
「自分を称える銅像を建てたり、処刑器具であるギロチンをなんとなくで作ったり……君はとても領主には相応しくない。それ以前に人間としてどうかしている。そんな男に妹は渡せない!」
「渡せないもなにも、もう婚約してるんですよ!? 遅すぎますって!」
「私の手にかかれば婚約を破棄するなど容易いことだ。正当な理由だってある」
「そんな強引な……」
「行くぞ、エレンシア。こんな家はすぐに出て、実家に戻るんだ」
エルディスはエレンシアの腕を掴む。
「ちょっとお兄様! 私たちは愛し合っているのよ!?」
エレンシアも抗議するが、エルディスはそんな妹を睨みつける。
「愛し合っているかなど関係ない。お前に相応しい相手は私が見つけると言ってるんだ」
「放して!」
「いいから、来るんだ!」
エルディスは強引にエレンシアを連れて行こうとする。
「痛いっ!」
「さあ、ついてこい! 大人しく兄に従え!」
エレンシアがさらに強く引っ張られる――その瞬間。
「待てや」
「ん?」
アルゲンがエルディスの前に立ちはだかった。
「嫌がる妹の腕を引っぱる……あんた、それでも兄貴かよ!」
エルディスも怯まない。
「妹が間違った道を歩んでいたら矯正するのが兄の務めだ」
「そうかい……だったら、俺はそれを止める!」
「どうやって?」
アルゲンは紫色のスーツを脱ぎ去り、ワイシャツ姿になった。
「決闘だ! 俺と勝負しろ、お義兄さん……いや、エルディス・ユーベル!」




