第27話 愚民ども、婆さんが死にそうだぞ!
アルゲンが庭にあるギロチンを見る。
普段は固い野菜や果物、角材などを切るのに役立っているが、そのきっかけになったのはランネという老婆であった。
アルゲンもランネのことを思い出し、リビングでサティに問う。
「そういや最近、愚民婆さんは?」
「そういえば来てませんね」
「そっかー」
「寂しいんですか?」
「バカ言え」
エレンシアが会話に加わる。
「あの庶民おばあさんもかなりの高齢ですし、ちょっと心配ですわね」
アルゲンは神妙な顔つきをする。
「うーん……」
そして、玄関の方向へ歩き出す。
「ちょっと出かけてくる」
「どちらまで?」
「町内の視察だ」
「物は言いようですね。ただの散歩でしょうに」
「うるせえ!」
「視察頑張ってね、アルゲン!」
「おう、行ってくる!」
アルゲンの自称“視察”が始まった。
***
アルゲンが向かったのは、老婆ランネの家だった。
ランネは一人暮らしではなく、家族とともに暮らしている。
訪ねると、ランネの息子が出てきた。ランネが90代なので、息子ももう老年といっていい。
「あ、領主様……!」
「愚民ばあさんはいるか?」
「母ですか……」
「ん、何かあったのか?」
「実は……このところめっきり体調が衰えて、寝たきりになってしまって……」
「……!」
アルゲンは家に入り、ランネの元に向かう。
ランネはベッドに横たわっていた。アルゲンの記憶にある姿よりずいぶんやつれている。白髪頭も寝たきり生活でよれよれになっている。
だが、アルゲンはいつもと変わらぬ調子で挨拶する。
「よぉ、愚民婆さん」
「おや、アルゲンちゃん……」
ランネは弱々しい声で応じる。
「ずいぶんと弱っちまったようだな」
「まあね。もうあんたのところのギロチンを使う力も残ってないよ」
そして――
「あたしはもう逝くよ……。夫を看取り、息子を育て切り、孫の顔を見て、ひ孫だって見ることができたんだからねえ。思い残すことはないさ……」
スッキリした表情のランネに対し、アルゲンは――
「まだ見てないものがあるんじゃないか?」
「え?」
「ちょっと待ってな。愚民ばあさん」
アルゲンは一度自宅に戻ると、今度はエレンシアを連れてやってきた。
「アルゲンちゃん……エレンシア様……」
ランネが目を丸くする。
「愚民婆さん、まだ俺たちの結婚式を見てないだろ」
「……!」
「くたばるのはいいが、せめてそれを見てからにしてくれ。近いうちにやるから」
「そうですわ、庶民おばあさん! ぜひ私たちの晴れ姿を見て下さいませ!」
アルゲンは笑みを浮かべ、エレンシアはバレエのように回る。
すると、ランネはベッドから上体を起こした。
「その通りだねえ……」
ランネの息子たちは驚く。
「母さん!?」
「おばあちゃん!」
「す、すごい……」
ランネはアルゲンの右手を力強く握った。
「ふふ、まだまだ死ねないね。あたしは!」
「その意気だぁ!」
「そうですわぁ!」
ランネは起き上がり、アルゲンとエレンシアに手伝ってもらい、ダンスを踊る。
ランネの家族はその様子をただ唖然として眺めていた。
アルゲンは見舞いに来たはずが、小さなダンスパーティーを開催してしまった。
後日、アルゲンは邸宅にてランネの病状が全快したとの報告を受ける。
これを聞いたアルゲンはあんぐりと口を開ける。
「マジかよ……すげえ婆さんだな」
サティが続ける。
「それとランネさん、若様とエレンシア様の子供を見るまでは死なないとおっしゃってたとか」
エレンシアはこれを聞いて、唇に手を当てて笑う。
「まあっ、あのおばあさんったら!」
一方、アルゲンは呆れたような顔になる。
「おいおい、そこまで長生きしなくていいって……」
エレンシアとサティが同時に怒る。
「アルゲン!」
「若様!」
二人の剣幕に、アルゲンはのけぞった。
「悪かったよ……。ま、婆さんに俺とエレンシアの子を抱かせてやるのも面白いかもな」




