第25話 愚民ども、馬を買うぞ!
ロクスの町で頭にターバンを巻いた行商人が、大きな声を上げていた。
商人がやることといえばもちろん商品のPRなのだが、この商品が扱っているものはなんと馬だった。
近くには一頭の馬がたたずんでいる。
焦げ茶色の毛並みを持つ馬である。
「どうです、この馬? なんと国の端から端までビューンと駆け抜けるんです!」
商人は身振り手振りで馬をアピールするが、町民は誰も相手にしない。
するとそこへ――
「馬だと!?」
アルゲンがやってきた。
「マジでそんなに走れるのか? ビューンと?」
商人はここぞとばかりにマシンガントークを始める。
「ええ、もちろんですとも。見て下さい、この毛並み。まるで軍馬のようでしょう。さらに、この逞しい足。まさに史上最速の馬といって過言ではありません……。性格もこの通り大人しく穏やかで……」
アルゲンはうんうんとうなずく。目にも興奮の色が宿る。
やがて――
「よし、買った!」
「ありがとうございます」
アルゲンは馬の代金を渡すと、商人に笑いかける。
「せっかくだし、ウチに来て契約成立の乾杯でも……」
珍しく上機嫌なアルゲンの誘いを、商人は手を振って断る。
「いえいえ、これからまた商談がありますので……」
「あ、そう? 残念だな」
そのまま商人はそそくさと立ち去ってしまった。
とても大きな商談を決めた後の態度とは思えない。
馬の頭部には手綱が付けられており、アルゲンは引っぱって帰ろうとする。
「よし、行くぞ。しっかり歩け」
「ブルルル……」
「……? いや、歩けったら」
命令しても動かない。
拒否しているというより、歩く気力がないという風情だ。
馬からはまるで覇気が感じられない。
「おいおい……国の端から端まで走る馬なんだろ? しっかりしてくれよ」
そこへ、事情通の町民がやってきた。
「あーあ、領主様、騙されましたね」
「は? 騙された?」
「最近、この手の悪徳商人が多いんですよ。どこぞの馬小屋で使えないと判断した馬を、タダ同然で引き取って、それを名馬だって売りさばくって輩がさ」
「なにィ!?」
「だからその馬も、多分乗用にすらなるかどうか……。飯を食べるだけの馬になっちゃいますよ、きっと」
「なんだとぉ!?」
アルゲンは慌てて馬に振り返る。
「おい、そうなのか!?」
「ブルル……」
馬は言葉を分かっているか分からないが、うなずいた。
「うなずくんじゃねええええええ!!!」
***
邸宅に戻っても、馬は覇気がないままだった。
飼料用の草を与えれば食べるが、どうにも動物ならではの迫力を感じられない。
サティは馬を撫でながら言う。
「元気がありませんね。年老いてるわけではないですし、病気というわけでもなさそうですけど」
エレンシアは朗らかに笑う。
「まあいいじゃないの。とても可愛いもの。のんびりさせてあげましょ」
貴族であるアルゲンは、幸い馬の食事代程度には困ることはない。
エレンシアもサティも、この馬はペットと割り切って育てようと言ってきた。
だが、アルゲンは――
「おい、お前……本当にビューンとは走れないのか?」
「ブルルル……」
辛抱強く語りかける。
「悔しくねえのかよ。使えない扱いされて、安値で売り飛ばされてよ」
「ブルルルルル……」
「ったく、ホント元気ねえなぁ。やっぱりダメか」
「ブルルル……」
「町の連中が愚民なら、お前は愚馬だな、愚馬!」
「ブルルルルゥ……」
馬は力なく首を下げる。アルゲンは眉間にしわを寄せる。
「いいのかよ、このままで!?」
「ブルル……ブルルッ……」
馬がわずかに反応する。
「お前だってもう一花咲かせたいんじゃねえのか!? なぁ!?」
馬の目に力が宿る。
「もしお前にその気があるなら……手伝ってやる! なにしろ俺は何をやらせても超一流な男……馬の調教や乗馬だってお手のものだ!」
「ヒヒィィィィィン!!!」
「おわっ!?」
馬は突然、背中を下げた。
「お? まさか……乗れってことか?」
馬はうなずく。
さっそくアルゲンはまたがる。
すると、馬は走り出した。
「おおっ!?」
地面を蹴り、蹄を鳴らし、力強い走りを見せる。
かなりの速さである。
「おおっ、なかなかやるじゃないか!」
「ヒヒーン!」
「よっしゃ、庭を駆け回れ!」
馬を乗りこなすアルゲンの姿はなかなか絵になっていた。
本来の飼い主から見限られ、悪徳商人に連れ回され、馬としての尊厳を奪われていた彼だったが、アルゲンのおかげで誇りを取り戻すことができた。
このまま終わりたくないという思いが彼の心に火をつけた。
走り終えると、エレンシアとサティが拍手で出迎える。
「かっこよかったわ、アルゲン!」
「お見事です、若様」
「なぁに、なかなかの馬だぞこいつ」
アルゲンが頭をポンポン叩くと、馬は嬉しそうにいなないた。
「せっかくだから名前をつけてやるか。エレンシア、頼む」
「あら、名付けは私でいいの?」
「ああ」
「じゃあ……アルゲンのように輝くという願いを込めて“グリント”というのはどう?」
“グリン”というのはこの王国の言語で“輝く”という意味である。
「グリントか……いいな! どうだ?」
「ヒヒーン!」
グリントは前脚を上げて喜んだ。どうやら名前を気に入ったようだ。
気性は穏やかで、なおかつパワフルな走りを見せるグリントは町民の間でも評判となり、人気馬となっていく。
散々な目にあったグリントだったが、今ここに新天地を見つけたのである。




