第22話 愚民ども、赤ん坊を預かったぞ!
昼下がり、アルゲンが散歩をしていると、突如呼び止められた。
「あの、領主様!」
「なんだ、愚民?」
アルゲンを呼び止めたのは、マリィという主婦であった。
すると、赤ん坊を差し出される。
「ニールと言います。私の子供です」
「はぁ」
アルゲンはきょとんとしている。
「夕方ぐらいまで、この子を預かって下さいませんか?」
「なんで俺が……」
「お願いします! 夫が仕事先で倒れたと連絡があり、すぐに行かないといけなくて……」
急な事態で、他に頼れる者もいないのだろう。泣きつかれてしまい、アルゲンはしぶしぶうなずく。
「……! ええい、分かった! 後で俺んち……モレス家まで来いよ! 場所は知ってるよな!?」
「ありがとうございます!」
走り去っていくマリィを見送ると、アルゲンは赤ん坊を抱いたまま自宅に歩いていく。
「とんでもないことになりやがったな……」
***
「ったく、どうしたもんか……」
リビングにて、ニールを抱きかかえているアルゲン。
「マリィさんが帰ってくるまで待つしかないでしょうね」とサティ。
「赤ん坊を抱きかかえてる姿も素敵だわ、アルゲン」エレンシアは優しく目を細める。
「お、そうか?」
アルゲンは得意になる。
だが――
「びえぇぇぇぇぇん!!!」
ニールが泣き出してしまった。
「うわっ!? どうすりゃいいんだ!?」
「なんとか泣き止ませませんと」
「よーし……じゃあ俺がブルジョアなあやしを見せてやるか」
「ブルジョアなあやし?」
「ベロベロバァ! ベロベロバァ! ベロベロバァ!」
アルゲンは顔面を激しく変形させ、舌を出し、ニールをあやした。
結果、ニールは面白がって泣き止む。キャッキャッと笑っている。
「どこがブルジョアなんですか。しかし、素晴らしいあやしでした」
「だろ!?」
サティは変顔も辞さないアルゲンを褒めるが、赤子というのは気まぐれなものである。
平和も束の間。すぐまた泣き出してしまう。
「ベロロロロロロロッ! ダメだ……今度は俺のあやしが通用しない!」
「私がやってみましょう」
サティがニールを抱くが、結果は同じ。泣きわめくばかり。
「……ダメですね」
「ハハハ、赤ん坊にもサティの強さや怖さが分かるんだな」
アルゲンがからかうと、サティはきつい睨みで返した。
すると、エレンシアが――
「私がやらせて下さらない?」
両手を差し出してきた。
サティはこうまで泣いてしまうと誰がやっても同じと思いつつ、ニールをエレンシアに差し出す。
「どうぞ」
エレンシアはニールを抱くとにっこり微笑んで、揺り動かす。
そして、王国に伝わる子守唄を歌い始める。
その途端――
「すぅ、すぅ……」
ニールは寝てしまった。
「エレンシア様、お上手ですね」
「なかなか可愛らしい子だわ。きっといい庶民になりそうね」
こう言うエレンシアの眼差しは温かなものだった。
「エレンシア様はいいお母さんになりそうですね」
「まあ、サティさんったら……」
エレンシアがほのかに頬を染める。
「エレンシアの子の父親になる人間は幸せだな。俺も婚約者として嫉妬してしまうぜ」
「まあ、アルゲンったら! 妬いてくれて嬉しいわ!」
このやり取りを見て、サティは二人に心底「何言ってるんだこいつらは」と思ってしまった。
その後も三人はニールの世話を続け、数時間もすると、アルゲンも手慣れてくる。
「よーし、よしよし」
「ばぶ、ばぶ」
ニールもすっかりアルゲンに懐いている。
「お二人とも、今すぐお子様が生まれてもバッチリですね」
アルゲンとエレンシアは顔を赤くした。
サティは内心でクスリと笑う。
(お二人にも、まだまだウブなところもあるんですね)
***
夕刻になり、約束通りマリィがやってきた。
「無理を聞いて頂いてありがとうございました! 助かりました!」
「ホントだぜ! 見返りとしてもっと俺を崇めろよな! ところで旦那はどうだったんだ?」
「幸いちょっと体調を崩した程度で……少し休んで、ルカナさんの薬を飲んだら、だいぶ回復しました」
マリィにニールを渡すと、やはりニールは安心したのか、明らかに顔つきが変わった。
それを見てサティとエレンシアは安心する。
「やっぱりお母さんの胸元がいいようですね」
「ふふ、ちょっぴり妬けますわね」
ニールを抱いて去っていくマリィの背中に、アルゲンは誰にも聞こえないような声でぽつりとささやいた。
「……元気に育てよ」




