第18話 愚民ども、山に登るぞ!
ロクスの町近くには山がある。名前はそのままロクス山。
標高は高くなく、これといっためぼしい植物も鉱物もなく、産業や経済的にはさして美味しいところのない山である。
モレス家領内の山でもあるのだが、近年は放置状態だったといっていい。
道端で、アルゲンがスタットに尋ねる。
「愚民町長、あの山に登ったことはあるか?」
「子供の頃は山で遊んだこともありますが……大人になってからはさっぱりですな」
「だよなぁ。俺も子供の頃、父上と行ったきりだ」
アルゲンが山を眺める。
(せっかく山があるのにもったいない気がするなぁ……)
***
邸宅に戻ったアルゲンは、エレンシアとサティに提案する。
「なぁ、山登りしないか!?」
「山登り?」エレンシアが首を傾げる。
「ロクスの町近くには山があるんですよ」とサティ。
「まあ、面白そう! ぜひやってみたいわ!」
「しかし、あの山はめぼしい資源もなく、ほとんど切り開かれてないと聞いています」
アルゲンが胸を張る。
「だからこそだよ。そんな山だから、登ってみたら何か面白いものが見つかるかもしれないじゃん」
エレンシアがうなずく。
「よく言ったわ、アルゲン! 貴族たる者、冒険心を持たなければね!」
サティも静かな口調で言う。
「私もかまいませんよ」
「よっしゃ、決まり! じゃあ、さっそく明日にでも登るか」
「ええ、そうしましょ」
「では、お二人の登山用のウェアを用意しておきますので」
すると――
「いいよ、わざわざ着替えなくて。いつものスーツのまま登ればいいだろ」
「そうよ。私もドレスで登りたいわ」
サティは険しい目で二人を睨みつける。
「お二人とも、山をナメないで下さい」
「は、はい……」
婚約している二人の声が揃った。
***
次の日、アルゲンたち三人は登山服姿でロクス山の麓に来ていた。
「さあ、登るぞ! エレンシア、サティ!」
「ええ、アルゲン!」
「参りましょう」
放置気味だったとはいえわずかに山道があり、アルゲンとエレンシアはまるでダンスをするようなステップで登る。
「たまには山登りもいいもんだなぁ!」
「ええ、山のエネルギーをたっぷり体に吸収できるわ!」
「お二人とも、はしゃぎすぎですよ……」
サティは一歩一歩踏みしめるように歩く。
「おいおいサティ、俺たちはまだ若いんだぜ! はしゃがなきゃ損ってもんだ!」
「そうですわよ、サティさん! オーッホッホッホ!」
サティはため息をついた。
それからおよそ30分、二人はすっかりバテていた。
「つ、疲れた……」
「足がガクガクしますわ……」
「こんなはずじゃ……」
サティがぼそりと言う。
「お二人とも、ダンスで足腰には自信があったんでしょうが、山登りとは使う筋肉が違いますからね。私とて武術をやっていますが、やはり登山は慎重に行いますしね」
「それを早く……言ってくれ……」
「言っていたら聞きましたか?」
「聞いて……ないと思う……」
「じゃあ言わなくてよかったです」
よろよろと歩くアルゲンとエレンシアをサティが補佐しつつ、登山は続く。
すると――
「……ん?」
茂みから何かが飛び出してきた。
「グルルルル……!」
「お、狼!?」
ロクス山には、町には下りてこないもののこうした獣がいる。
疲れているアルゲンだが、懐からナイフを取り出し、エレンシアの盾になる位置につく。
「アルゲン!」
「くそっ、愚狼め! 来やがれ!」
狼が飛びかかってくる。
――が。
「ハッ!」
サティが狼の首筋に鋭い手刀を決めた。
「ギャンッ!」
さらにキッと睨みつける。
「立ち去りなさい。死にたくはないでしょう?」
狼はサティには敵わないと悟ったのか、すごすごと逃げていった。
アルゲンが一息つく。
「ふぅ、さすがだな。サティ」
サティがわずかに笑む。
「いえいえ、エレンシア様の盾になる若様もなかなかのものでしたよ」
「そ、そうか?」
エレンシアもアルゲンに抱きつく。
「そうよ! 体を張って私を守ろうとする姿、まさしく勇者だったわ!」
「……だよなぁ! いやー、まあ、婚約者を守るのは貴族の男子として当然っていうか……」
「アルゲンこそ王国一……いえ世界一の貴族だわ!」
「そう、俺は世界一! 世界一の貴族にして領主! アルゲン・モレスだ!」
「そして私は世界一の令嬢エレンシア・ユーベルだわ!」
狼に襲われた直後に高笑いする二人に、サティはげんなりするのだった。
さて、程なくして三人は頂上に着くが、頂上には特に何もなかった。
山道の険しさのわりにそれほど高くないので、景色も絶景というほどでもない。
感動よりもガッカリ感が勝ってしまう。
アルゲンは石に腰を下ろす。
「……まあ、こんなもんよな」
サティが敷いたシートにエレンシアも座る。
「でも、楽しかったわよ、アルゲン」
「ならいいんだけどさ」
サティが弁当を準備する。
「せっかくですし、昼食にしましょう」
サンドイッチやソーセージ、サラダが入った弁当を三人で食べる。
食事タイムはなんだかんだで楽しく、アルゲンは腹をポンポンと叩きながら満足した様子だ。
「さて、そろそろ下山しますか?」
「そうですわね。お腹も一杯になりましたし」
サティとエレンシアが話していると、アルゲンが――
「ん? あっちの方にも道があるぞ」
アルゲンたちが歩いた道とはまた違う、頂上から細く伸びている道を発見する。
「ちょっと行ってみるか」
三人でその道に入っていくと、古びた石碑が立っていた。
高さは三人のちょうど腰ほどである。
「なんだこりゃ?」
サティが石碑に書かれている文字を読む。かすれているが、かろうじて意味は読み取れた。
「えーと、どうやら神様が眠っているようですね。どんな神様かまでは分かりませんが……」
これを聞いて、アルゲンは笑い出した。
「神ィ? ハーッハッハッハ!」
サティはぎょっとする。
「こんなところに捨て置かれた神か……愚民町長すら知らなかったし、よっぽどマイナーな神なんだな! 愚民ならぬ愚神ってか? ハッハッハッハ……」
「バチ当たりですよ……」サティが顔をしかめる。
「ふん、こんなしょぼい石碑に眠ってるような神に俺を罰する力なんてあるかよ!」
大笑いするアルゲンに、石碑に眠る神は静かに怒っていた。
『許せん……この若造! ただちにその身に不幸が来るよう罰を与えてくれよう……!』
しかし、アルゲンは笑うのをやめた。
「だけど……こんな石碑でも、俺の領地にあることには変わりない。つまりは領主には管理してやる義務がある。どれ、掃除でもしてやるか。ちょっくら清掃道具でも持ってこよう!」
何か目的が定まった時、アルゲンの動きは早い。
瞬く間に麓まで下りて、モップや雑巾など清掃用具を担いで石碑までやってきた。
「さぁて、ピカピカにしてやるか……ふんふ~ん……」
石碑の汚れを丁寧に洗い落としていく。
エレンシアとサティはそれを眺めている。
「アルゲンったら、夢中になっちゃって……」
「若様は一度凝り始めると止まらないですよね」
その気になれば、銅像やギロチン、図書館まで自作できる男である。
石碑を清掃するなど朝飯前であった。
見違えるように綺麗になった石碑を眺め、得意げに鼻から息を吐く。
「よーし、綺麗になった!」
「まあ、美しい! 神々しい石碑に生まれ変わったわ!」エレンシアが笑う。
「相変わらず領主以外は何でもできますね」とサティ。
「領主はできてないみたいな言い方やめろ! じゃあせっかく綺麗にしたし、神様に祈って帰ろうや!」
三人は石碑に丁寧にお祈りをして、下山した。
石碑に眠る神は呆れていた。
『まったく……バチ当たりなのかそうでないのか、よく分からん男だったな。だが、石碑を綺麗にしてもらった礼はせねばならん。もしも今後、あの男が危機に陥ったら……一度ぐらいは助けることができそうだ』




