第13話 愚民ども、町長の娘を助けるぞ!
アルゲンたちはリーテの町に到着した。
ここを治めるのはシュペール家という男爵家。
それゆえ伯爵家が治めるロクスの町より面積や人口はだいぶ少ない。
とはいえ、町には活気があり、統治は上手くいっているといえる。
アルゲンが伸びをしながら言う。
「さてと、愚民町長の娘はどこにいるのやら……」
「探しましょう、アルゲン」
小さな町なので、まもなくデートをしているフィーユが見つかる。
着飾ったフィーユと、スーツを着たラドゥスが並んで歩いている。
仲睦まじい姿であり、特に問題はなさそうに見える。
「別に……普通にデートしていやがるな」とアルゲン。
「そうですわね」エレンシアも同意する。
「うむむ……」スタットはうめく。
「まだ二人の関係を判断はできません。このまま四人で尾行しましょう」サティが冷静に告げる。
フィーユとラドゥスのデートは続いた。
並んで歩き、カフェに寄ったり、ショッピングをしたり。
フィーユが遊ばれているという感じではない、至ってオーソドックスなデートである。
アルゲンたちの中にも「案外真面目に交際しているのか?」という思いが湧いてくる。
やがて、二人は町外れの丘に向かっていく。
アルゲンたちは慎重に尾行する。
茂みが多くあり、隠れるところに不自由することはなかった。
フィーユとラドゥスは二人で向き合い――
「今日は楽しかったね、フィーユ」
「はい! 最高のデートでした!」
「じゃあ、返事を聞かせてもらえるかな?」
フィーユは喉を動かしてから、告げる。
「あの……私でよろしければ。ぜひ、結婚して下さい!」
勇気を振り絞ったという風な言葉だった。
アルゲンたちも思わず目を丸くする。
このまま二人はゴールインしてしまうのか――
だが次の瞬間、ラドゥスの表情が変貌する。
それまでの凛々しい顔立ちが一変、下卑た悪漢のような顔つきになる。
「だとさ!」
ラドゥスが手を叩くと、ぞろぞろとガラの悪い連中が出てくる。
アルゲンたちのように潜んでいたらしい。
「賭けは僕の勝ちだ!」
出てきた連中のうちの一人が言う。
「いやー、てっきり断ると思ったんですけどね」
「え? え? え?」
フィーユは状況を理解できていない。
「こんな町娘なら、貴族からの求婚なんてビビっちゃうか、あるいは怪しむと思ったんですがねぇ……」
「そこが僕のテクニックなんだよ。この程度の小娘、安心させるのはたやすいことさ」
ラドゥスが得意げな顔になる。
フィーユは青ざめた表情で、ラドゥスに尋ねる。
「ちょっと待って下さい! これはどういうことですか! 私たちは……愛し合っているんじゃなかったんですか!」
ラドゥスが鼻で笑う。
「ああ、悪いな。僕はお前と結婚するつもりなんてないんだ」
「え……」
「こいつらは僕の友人でね。賭けをしてたんだ。僕が君を落とせるかどうかってね」
「……ッ!」
フィーユの顔が固まる。
「こいつらは、君がプロポーズを受け入れない方に賭けていたが、どうやら僕の口説きテクが勝っていたようだ」
ラドゥスは「いやー、悪いねえ」と金の徴収を始める。
金が手に入ったからというより、ゲームに勝利した楽しさに酔いしれている顔だ。
ラドゥスがフィーユに振り向く。
「ああ、ご苦労。君はもう帰っていいよ」
「……私を騙していたんですか?」
「騙すゥ? 人聞きの悪いことをいうなよ。僕は純粋にゲームを楽しんでただけ。騙すつもりなど毛頭なかったよ」
納得のいっていないという風のフィーユに、ラドゥスは追い打ちをかける。
「君はロクスの町町長の娘らしいが、所詮は平民だ。たかが平民如きが僕と結婚できるとでも? 夢見すぎなんだよ!」
ラドゥスと仲間たちから大笑いされる。
「なんなら誰か、こいつをもらってくれよ。僕からのおすそわけだ」
しかし、仲間たちは――
「いや、いらねっす!」
「バカそうだし」
「さっさと自分の町へお帰り。フィーユちゃん」
男たちから散々に辱められ、フィーユはわなわなと震えている。
これを見ていたスタットも震えていた。
「ぐぬ、ぬ……ぬぅ……!」
自分の娘が目の前で弄ばれ、腹の中が煮えくり返っている。
しかし、今飛び出すわけにはいかない。
町長として隣町の有力者と揉めるわけにはいかない。
ここは我慢してやり過ごし、フィーユを連れて帰ろう。そう決めた。
だが――
「おい、愚民町長」
「? なんですか、アルゲン様」
「何黙って見てるんだ。あいつらに文句の一つでも言わないのか」
「しかし、そんなことしたら、隣町と摩擦が……」
「摩擦ぅ? お前悔しくないのかよ。娘をあんな風にされてよ」
スタットは声を荒げる。
「悔しいに決まってるでしょう! 奴らを怒鳴りつけてやりたい! だけど、私の立場上そんなことするわけには……」
「許す」
「へ?」
「領主である俺が許す。行ってこい! ていうか、お前が行かないなら俺が行くぞ!」
「……!」
スタットは娘を弄んだ憎き男たちを睨みつける。
「分かりました!」
「よっしゃ、行くぞ!」
アルゲンとスタットが勢いよく飛び出す。
突然現れた二人組に、ラドゥスたちは驚く。
「なんだお前ら?」
アルゲンは親指で自分を指差す。
「俺はロクスの町の領主……アルゲン・モレスだ!」
「なっ……!?」ラドゥスが目を見開く。
「私はロクスの町長のスタットだ!」
二人の自己紹介に、ラドゥスと取り巻きはざわつく。
「アルゲン様……お父さん……!?」
フィーユも突然現れた二人に驚いている。
「一連の出来事は見てた……ウチの愚民が世話になったな。だが、お前らはもう終わりだ!」
「なに?」
「俺の領主としての権力を最大限に振るいまくって、お前らに抗議し、お前らをとことん追い詰めてやる! ハーッハッハッハッハ!」
アルゲンの方がラドゥスより立場は上である。権力を駆使すれば勝利は約束されている。
高笑いするアルゲンだったが、ラドゥスの表情は落ち着いている。
「抗議? ふん、笑わせるなよ。アルゲン様……いや、アルゲン!」
「あっ、たかが男爵家の分際で俺を呼び捨てに……!」
「知ってるぞ。確かロクスの町には今、伯爵夫婦が不在だって。そんな状態じゃ、大した権威を発揮できないだろ」
ラドゥスがニヤリとする。
「お前のことももちろん知ってる。アルゲン・モレス、煮ても焼いても食えないバカ息子だって有名じゃねえか」
「なんだとぉ!? 誰がバカだ、誰がぁ!」
隣のスタットは気まずそうに黙っている。
「そんなバカ息子を叩きのめせば、むしろ僕の名が上がるんじゃないか? いずれにせよ、タダで帰すわけにはいかないな。ここで僕に逆らおうとは思えないぐらい、痛い目にあってもらうぞ! お前ら、やれ!」
ラドゥスが取り巻きたちをけしかけてきた。
アルゲンもスタットも暴力沙汰になるとは思っておらず「話が違う」という顔になる。
――が、サティが出る。
「若様、ここはお任せを」
「フィーユさん! あなたはこっちへ!」
さらにエレンシアが、傷心のフィーユに近づく。
「エレンシア様……ごめんなさぁい! 私を思ってアドバイスして下さったのに……!」
「いいのよ。後はあなたのお父様とアルゲンが、やってくれますわ!」
サティが取り巻きたちを相手してくれて、しかもスタットがいるので、アルゲンは強気になる。
「ハッハッハ、ラドゥス……叩きのめされるのはお前になりそうだな? 俺と愚民町長の二人がかりでよ」
アルゲンは一人に対して二人で戦うことにも全く罪悪感は抱かない男である。
ラドゥスは舌打ちする。
そして――
「おい……面倒なことになった。出てきてくれ」
ラドゥスの合図で、屈強なボディガードが姿を現した。
どうやら普段はラドゥスの邪魔をしないよう身を潜めているが、いざという時には出てきてラドゥスの護衛を務めるという役目らしい。
黒いスーツ姿で、服の上からでも逞しい体躯なのが分かる。
「な、なんだこいつは……!?」
思わぬ伏兵に、アルゲンの顔に焦りが浮かぶ。
だが――
「おい……愚民町長! こいつは俺が何とかする……お前はあのクソ野郎をブン殴れ!」
スタットがアルゲンを見る。
「しかし……! あんな強そうな奴、あなた一人じゃ……!」
「娘の仇は父親が取れ!!!」
アルゲンはボディガードに掴みかかる。が、ボディに一発もらってしまう。
「ぐはぁっ!」
しかし、果敢にしがみつく。
「なにっ!?」
「愚民の拳なんぞ効くかぁ!」
「このっ!」
今度は顔面へのパンチ。アルゲンが鼻血を出す。
「いだいっ!」
スタットが足を止める。
「アルゲン様……!」
「バカ、早くしろ! ホントに愚民になりたいのか!」
「……ありがとうございます!」
スタットはそのままラドゥスに向かって走る。
「よくも、よくも……娘を弄んでくれたなァ!!!」
「ひっ!」
「これが町長の……いや父親としての私の怒りだァ!!!」
怒りの鉄拳がラドゥスの顔にめり込んだ。
「ぐあっ! ……よくもこの僕をぉ!」
町外れの丘で三つの戦いが幕を開ける。
スタットvsラドゥス。
アルゲンvsボディガード。
サティvsラドゥスの取り巻き10人。
スタットは怒りのままラドゥスを殴りつけ、追い詰める。
喧嘩もしたことのないドラ息子に負けるほど衰えてはいない。
「まだまだ殴り足らんぞォ! うおおおおおっ!」
「ひいいっ!」
サティは淡々と10人を相手している。すでに数人が彼女によって倒された。
「次はどなたですか?」
「な、なんだこの女、つえーぞ……!」
しかし、アルゲンだけは劣勢だった。
ボディガードの打撃を何度も浴びて、すでに顔を腫らしてしまっている。
「うぐぐ……ぐぞぉっ!」
「私はとっととラドゥス様を助けに行かねばならん。さっさとくたばれ!」
アルゲンは派手に蹴り飛ばされる。
だが、よろよろと立ち上がる。
「愚民にも劣る……クズ野郎の攻撃なんぞ、効くかぁ……」
アルゲンがどうにかファイティングポーズを取る。
その時だった。
「アルゲン、ダンスよ!」
エレンシアからの声援が飛び込む。
「!?」
「ダンスなら、あなたは誰にも負けないわ! アルゲンのダンスは世界一よ!」
「なるほど……」
アルゲンはニヤリと笑った。
血で汚れた顔を腕で拭うと、呼吸を整える。
アルゲンはステップを踏み始める。その足は軽やかで、今までのダメージがないかのようだ。
「な、なんだ!?」
そのまま踊り始める。
繊細で、華麗な、ダイナミックなダンスを披露する。
(こいつまさか……踊りながら攻撃する気か!?)
ボディガードは警戒を強めるが、アルゲンに攻撃する気配はない。
ただひたすらに踊っている。
エレンシアが声援を送り、アルゲンのダンスはスピードアップする。
ボディガードはアルゲンに攻撃の意志はないと判断する。
「ハッタリか!」
この時、アルゲンのダンスがスピンに入った。
高速で回転するアルゲン。
その手がチョップのようにボディガードの顎にヒット。
遠心力も手伝い、屈強なボディガードをもよろめかせる一撃となった。
「ぐえっ!」
「ん?」
顎に一撃を喰らい、体勢を崩したボディガードを見て、エレンシアが拳を握り締める。
「今よ、アルゲン! パーンチ!」
アルゲンが戸惑いつつ、拳を繰り出す。
体勢を崩しているボディガードの横っ面にクリーンヒット。
これで勢いに乗ったアルゲンはさらにパンチを繰り出す。
「うおおおおっ! パンチ! パンチ! パーンチ! ついでにキーック!」
最初のチョップが効いているボディガードに面白いように攻撃が入る。
だが――
「おのれ、許さんぞォ!」
持ち直したボディガードが反撃の拳を振るい、顔にめり込み、アルゲンは再び倒れそうになる。
「うぐ……。こんな攻撃……屁でもねえなぁ……」
「なに!?」
「サティの拳のがよっぽど効く……それに」
「……?」
「こんなんで倒れるようじゃ、領主は務まらねえんだよぉ! ウチの愚民を侮辱した覚悟はできてんだろうなァ!」
「ひっ!」
アルゲンは猛突進から、自分の全体重をかけたパンチを炸裂させる。
ボディガードはこれをまともに顔面に受け、背中から倒れ、ついに起き上がれなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
アルゲン、大勝利である。
「アルゲン、素敵!」
黄色い声を上げるエレンシアに、アルゲンも親指のサムズアップで応じた。
一方のスタットも――
「よくも私の娘を……!」
「痛いぃ……や、やめろ! やめてくれぇ……! 謝るからぁ……」
「謝って済む問題ではないわ! ぬあああっ!」
渾身のパンチでラドゥスを殴り飛ばし、ノックアウトした。
男二人が大勝利を収めたところで残るサティはというと、あっさりと10人を倒していた。
「ふぅ、メイド服が汚れることすらありませんでしたね」
駒は全滅し、もはやチェックメイトも同然。
アルゲンは腫らした顔でニヤリと笑い、ラドゥスに詰め寄る。
「今回の件……ロクスの町領主として、伯爵令息として、しっかりと抗議させてもらうぜ……。お前が父親からどんな処分を受けるか楽しみだな」
「う、うぐぅ……!」
自分の未来が閉ざされたと悟り、ラドゥスはがっくりとうなだれる。
スタットとフィーユの父娘が、ボロボロのアルゲンに頭を下げる。
「アルゲン様、本当にありがとうございました!」
「私がエレンシア様の忠告を聞かなかったせいで……本当にご迷惑を……」
「……ふん。あんな下っ端貴族如きに、ウチの愚民をどうこうされるのが気に食わなかっただけだ」
エレンシアが飛びつくように抱きつく。
「本当に素敵だったわ、アルゲン!」
だが――
「いだだだだ! 俺、あちこち殴られてるから痛い! 悪いけど離れてくれ!」
「あら、ごめんあそばせ!」
そんな二人を見て、サティはにっこりと微笑んだ。
***
後日、アルゲンはここぞとばかりに領主権限をフル活用し、リーテの町領主であるラドゥスの父に正式に抗議の文書を送った。
元々息子の所業に手を焼いていたラドゥスの父はこれには激怒。
ラドゥスは家の後継ぎだったが、その権利を剥奪された。今後は女遊びも厳禁にされるという。
ラドゥスの父親としても、アルゲンそのものを恐れたというよりは、アルゲンの父母との関係悪化や、ロクスとの交易ができなくなるのは不利と考えたのだろう。先を見据えた貴族らしい判断といえる。
ひとまずは一件落着となった。
モレス家邸宅にて、エレンシアとサティが今回の件について振り返る。
「この間のアルゲンはかっこよかったわぁ~。今思い出してもうっとりしちゃう」
「ええ、珍しく」
「それにサティさんも強かったわ。あんな大勢を倒しちゃうなんて」
「私としてはもう少し敵が多くてもよかったんですけどね」
サティは頼もしい笑みを浮かべる。
「アルゲンとサティさんがいれば、私も安心して紅茶を飲めるわね」
「エレンシア様がそうおっしゃれば、若様も喜びますよ」
二人は仲良く紅茶を飲む。
しかし、当のアルゲンは町で――
「聞け愚民ども! 俺がさ、相手の10人ぐらいのボディガードに囲まれたんだが、しかしバッタバッタとなぎ倒し……」
「長い……。しかも、同じ話を繰り返し繰り返し……」
「せっかく凄いことしてもこれじゃ……」
「いつまでたってもアルゲン様はアルゲン様だなぁ」
やはりこうなってしまうアルゲンであった。




