第12話 愚民ども、町長の娘が恋してるらしいぞ!
町長スタットの娘フィーユ。
アルゲンやエレンシアと同年代の10代女子である。
茶髪をお下げにした素朴で可愛らしい娘であるが、最近彼女はお洒落に目覚めていた。
今日の服を決めるのに以前より時間をかけるようになった。
しかも――
「今日も隣町まで行ってくるね」
スタットが心配する。
「また隣町へ?」
「うん」
「どういう用だ? ちゃんと話しなさい」
「お父さんにいちいち言う必要ないでしょ」
つれない反応をしてフィーユは出て行ってしまう。
スタットは口ごもるしかない。
「うむむ……フィーユ……」
***
町中でエレンシアはフィーユと出くわす。
エレンシアもフィーユがお洒落していることに気づき、どこか嬉しそうに微笑む。
「あら庶民のフィーユさん、どこかにお出かけ?」
フィーユがうなずく。
「はい、これからデートなんです!」
「まあ、デート! それはよろしいことね」
この時ばかりは普段の高飛車ぶりは発揮せず、エレンシアもオホホと笑う。
「それじゃ行ってきます!」
「お気をつけてね」
そのまま二人は別れた。
***
モレス家邸宅にて、エレンシアがアルゲンに報告する。
「愚民町長の娘がデートぉ?」
「ええ、隣町に行くとおっしゃってたわ」
アルゲンは鼻で笑う。
「ふん、どうせ愚民の彼氏は愚民だろ」
「そうですわね。庶民の彼氏など、きっと庶民に違いないわ」
「ま、せいぜい愚民同士、安っぽい愛を育んでくれや。俺たちは俺たちでリッチでセレブな愛を育もう」
「ええ……アルゲン」
「ハーッハッハッハッハ!」
「オーッホッホッホッホ!」
笑い合う二人に、サティは雑巾で部屋の掃除をしながらつぶやいた。
「あの二人を片付けることができたら、この家はどんなに綺麗になるか……」
***
ロクスの町から少し離れた隣町リーテ。
フィーユは身なりのいい青年とデートをしていた。
整髪料できっちり髪を整え、スーツを纏った、凛々しい顔立ちの男であった。
リーテ内で最も上等と言われるレストランで一緒に食事をする。
「フィーユ、君といると楽しいよ。時が流れるのが本当に早い」
「……ありがとうございます!」
フィーユははにかみながら肉を口に運ぶ。
「ところで、今日は君に大切な話があるんだ」
「なんでしょう?」
フィーユの口調が緊張を帯びている。
「よかったら、僕と結婚して欲しい」
「……!」
何か言おうとするフィーユを、青年は右手を伸ばして制する。
「返事は今すぐじゃなくていいんだ。むしろじっくり考えて欲しい。一週間後、また会えるかな。その時に答えを聞かせて欲しい。もちろん、どんな答えでも僕は受け入れるよ」
「は、はいっ!」
フィーユの心の中は驚きと幸せで満たされた。
***
翌日、ロクスの町でエレンシアが散歩をしていると、フィーユと出会った。
フィーユの顔はあからさまに浮かれており、歩き方もまるでスキップするかのようになっていた。
エレンシアが挨拶する。
「こんにちは、庶民のフィーユさん」
「こんにちは、エレンシア様!」
「ずいぶん浮かれているようだけど、どうなさったの?」
「あ、やっぱり分かっちゃいますか!」
「私ほどの洞察力があれば当然のことですわ」
エレンシアが金髪をかき上げる。
今のフィーユを見れば誰でも浮かれていることが分かるが、エレンシアは謙遜などしない。
「で、どうなさったの?」
「実はデート相手との交際が上手くいってまして……」
「まあ、素晴らしいわ。相手は誰なの?」
誰にも聞かれたくないのか、フィーユは声を潜める。
「特別にお教えしますね……貴族のラドゥス・シュペール様です」
エレンシアの表情が変わった。
「……!?」
「実はここだけの話、結婚の話も出ていて……私、嬉しくて、嬉しくて……」
にんまりと笑うフィーユだが、対するエレンシアの顔は強張っていた。
「フィーユさん」
「なんでしょう?」
「その方はおやめなさい」
まさかのアドバイスにフィーユが顔をしかめる。
「何を言ってるんです? エレンシア様」
「ラドゥス・シュペールは社交界でも有名なプレイボーイ、それも悪質な。そんな男が真摯にあなたを愛しているとは思えませんわ」
フィーユはむっとする。
「そんなことありません! ラドゥス様はとてもいい方です!」
「自分をいい男に見せるだなんて、その手の男にとっては得意分野ですわ。あなたは騙されてるのよ、フィーユさん」
「そんなことありませんってば!」
フィーユはますますムキになる。聞く耳を持たない。
「フィーユさん……!」
「私は絶対ラドゥス様と結婚します! 私たちは愛し合っているんです!」
「私には分かるのよ。ラドゥスという男と関わってはならないわ!」
エレンシアの語気も強くなる。
すると、フィーユの目に涙が浮かんでいた。
「分からないんですよ……」
「え」
「エレンシア様には分からないんですよ……庶民の気持ちなんて! 雲の上の人から愛してると言ってもらえた女の気持ちなんて!」
フィーユは後ろを向くと、そのまま走り去ってしまった。
エレンシアはぽつりとつぶやくことしかできなかった。
「フィーユさん……」
***
一方同じ頃、町長のスタットが邸宅のアルゲンを訪ねていた。
用件は――
「一緒に娘を止めて欲しい?」
「そうなのです。調べてみたところ、私の娘フィーユが隣町リーテのご領主の息子と付き合ってることが分かりまして……」
「ふうん。相手の名前は?」
「ラドゥス・シュペールというお方です」
「聞いたことあるな。確か、男爵の息子で、結構女遊びをやってる奴じゃなかったか?」
「そうなんです! 私もそれを知って愕然としました!」
スタットが鼻息を荒くする。
「フィーユは騙されてるんです! きっとこのままじゃ、弄ばれて酷い目にあわされるに違いありません!」
懇願するような形相のスタットだが、アルゲンの表情は冷めている。
ちょうど家に帰ってきたエレンシアも話に加わる。
「その話、私も聞きました。庶民のフィーユさんは騙されているわ」
そして、スタットが――
「お願いします、アルゲン様! 相手が貴族では、私では太刀打ちできません! どうかお力添えを……!」
だが、アルゲンは小指で耳をほじる。
「あのさ……それ、領主の仕事じゃねえだろ」
「う」
アルゲンは小指に息を吹きかける。
「それにもしかしたら、向こうも本気かもしれないじゃん。だとしたら、それこそ俺が口出しすることじゃねえよ」
「う、うう……」
サティが口を挟む。
「この件に関しては、珍しく若様が正論ですね」
「だろ!? “珍しく”は余計だけど!」
珍しく自分の意見を肯定され、アルゲンは目を見開いて喜ぶ。
スタットはうつむく。
エレンシアもこれ以上は何も言えない。
気まずい沈黙が続く。
しかし、アルゲンはおもむろに右手で顎をいじる。
「だけどまぁ、愚民の愚行を正すのも領主の務め、か」
スタットが顔を上げる。
「とりあえず、今度愚民町長の娘とラドゥスの仲を調査しよう。その結果、向こうが黒だったら俺が領主としてラドゥスに正式に抗議してやる。それでいいか?」
「それで十分です!」
スタットが何度も頭を下げる。
「……ありがとう、アルゲン!」
「若様もだいぶ領主として貫禄が出てきましたね」
エレンシアとサティにも褒められ、アルゲンは得意になって大きくのけぞる。
その結果、椅子が後ろに倒れて、後頭部と背中を強打した。
「ぐはっ!」
***
一週間後、フィーユはデートのため、辻馬車でリーテの町へ向かう。
目的地は分かっているので、アルゲンたちも少し遅れて辻馬車に乗る。
四人で馬車に揺られつつ、どうするか話し合う。
「リーテに着いたらどうするの、アルゲン?」
「リーテはそんなにでかい町じゃない。デートする場所はだいたい決まっている。愚民町長の娘を探し出して、デートの様子を見守ろうじゃないか」
「いいアイディアだわ、アルゲン!」
エレンシアに褒められ、アルゲンはしまりのない笑みを浮かべる。
「私の娘のために申し訳ない……」
「ホントだぜ! まあ、エレンシアとデートを楽しむつもりで行くか」
「そうよ、アルゲン! 二人で楽しみましょ!」
馬車の中でイチャイチャし始める二人を見て、サティはため息をつく。
「お二人は相変わらずですね。くれぐれも目的を忘れぬよう」
アルゲンとエレンシアは揃って「はーい」と答えた。




