第1話 愚民ども、税を下げるぞ!
「愚民ども、今日からこの俺が領主だ! ハーッハッハッハッハ!」
伯爵家の令息アルゲン・モレスが高笑いを上げる。
少し跳ねた前髪が特徴的な金髪で、青い眼を持ち、派手な紫色のスーツを着た18歳の青年である。
その横では彼と同い年で婚約者のエレンシア・ユーベルも一緒になって笑っている。
「そういうことですわ、庶民たち! オーッホッホッホッホ!」
エレンシアは長くあでやかな金髪をロールにした髪型、瞳は炎が灯ったように赤く、それ以上に赤いドレスを着用している。
黙ってさえいれば美人である。そう、黙ってさえいれば……。
二人の前にいる町の住民たちは、彼らとは対照的にげんなりした表情になっていた。
ここは王国の中堅どころの町ロクス。
代々モレス家によって治められていた穏やかな町だったが、ここに来て町そのものが存亡の危機に立たされてしまった。
なぜこんなことになってしまったのか――
一ヶ月前、アルゲンとエレンシアが婚約した。
社交界では鼻つまみ者同士だった二人の婚約に、周囲はささやく。
「爆弾と爆弾がくっついたな」
「トリカブトとマンドレイクを混ぜ合わせたみたい……」
「あの二人に仕える人間は地獄だな……」
散々な言われようだったが、二人は「注目されている!」といい気分になっていた。
婚約者となったので、エレンシアはアルゲンと共にロクスの町で暮らすことになった。
これにエレンシアの実家は大喜びしたと言われている。
アルゲンとエレンシアは露骨に町民を見下し、我が物顔で歩く。
「愚民ども! 俺たちを崇めろ! ひれ伏せ! 奉れ!」
「庶民たち! あなた方はエレガントさに欠けますわね!」
とはいえ、彼らは領主ではなく、あくまで令息と令嬢。
町の運営そのものに問題はないと我慢をしてきた。
ところが、アルゲンの両親が突然こんなことを言い出した。
「アルゲン、我々は無期限のバカンスに行ってくる」
「その間、町の領主はお願いね」
アルゲンの両親は領主としては有能だったのだが、それ以上に奔放なところがあり、それが際立った格好だった。
ほとんどの使用人を連れバカンスに旅立つ両親を、アルゲンは手を振って見送る。
「父上、母上、行ってらっしゃい! ロクスはこの俺が立派に治めます!」
もちろん、そんな殊勝なことは微塵も考えておらず――
(これでロクスの町を俺の好き放題にできるってもんだ!)
と笑いが止まらない状態だった。
そして町民らを広場に集め、「俺が領主だ!」と宣言したのである。
「愚民ども、俺がしっかり統治してやるからな! 今までのようにはいかないから覚悟しとけ! ハーッハッハッハ!!!」
***
ロクスの町の集会場で、主だった町民を集めて緊急会議が開かれる。
領主から行政を一任された立場である町長のスタットが、口髭を生やしたその顔を歪めている。
「まさか、あのバカが領主になってしまうとは……」
娘のフィーユも声を荒げる。
「お父さん、どうして伯爵様に抗議しなかったの!」
「もちろんしたさ! だが……」
『大丈夫。アルゲンもやる時はやる男さ! ……多分』
「……とおっしゃってな」
「絶対やらないでしょ、あの人はぁ!」
「……とにかく、こうなった以上、この町は遠からず滅ぶ。間違いない」
スタットが断言し、周囲の町民もうなずく。
「しかし! 延命させることはできる! なんとかして少しでもこの町の寿命を延ばすんだ!」
ロクスの町が滅びるというのは大前提として、たとえ一週間でも一日でも破滅を先延ばしにしようということで町民はまとまった。
スタットが言う。
「まず、何とかしなければならないのが税金対策だ」
「税金……!」
一同が息を呑む。
「あのバカが領主となったからには、税は今までの二倍……いや、三倍ぐらいに跳ね上がるだろう……!」
悲鳴が上がる。
「さ、三倍!?」
「そんなことされたら生きていけない!」
「どうすればいいのよ……!」
スタットは目を細める。
「だが、安心して欲しい。実は私は、一部の人間とともにこんな時のために“積み立て”をしておいた」
「積み立て……?」
「伯爵様の息子のあいつが領主になった時のために、金を少しずつ貯めておいたのだよ」
「おお……!」
歓声が沸く。
「苦労して貯めたその金を奴に渡して、税金を上げないで下さいと必死に頼み込む! そうすればさすがのあのバカも、税金を上げるのを許してくれる! ……かもしれん」
だいぶ希望的観測が混じった作戦ではあったが、他にアルゲンを宥める方法も思いつかない。
「近いうち、あのバカは税金をどうするかお触れを出すだろう。その時、この金を渡すしかあるまい!」
作戦は決まった。
果たして稀代のバカ息子、アルゲンに通じるかどうか……。
***
一方その頃、アルゲンは自宅の食堂でエレンシアとともに食事をしていた。
調理と給仕は黒髪で三つ編みのクールなメイド、サティが担当する。殆どの使用人を両親が連れていってしまったので、モレス家に仕えているのは今彼女一人である。
アルゲンは白身魚のムニエル、ほうれん草のソテーをフォークでムシャムシャと食べる。
「なぁ、エレンシア」
「なに? アルゲン」
「税金ってあるだろう」
「ええ」
「貴族ってのは奴ら愚民どもから金を巻き上げて、それで生きていく存在だ」
「身も蓋もない言い方をすればそうですわね」
アルゲンの目つきが険しくなる。
「だが、俺は常々こう思うんだ。あんな愚民どもの薄汚い金で生活するなんて、はっきりいってみっともないと!」
「アルゲンらしい意見だわ」
「だからさ、俺は思い切って税金を下げようと思う。これどうよ?」
エレンシアは微笑む。
「大変結構だと思いますわ。私もあんな庶民たちのお金で生活するのは我慢なりませんでしたの」
「だろう!? よし決めた、税金を下げる!」
「素敵だわ、アルゲン!」
「だろう!? ハーッハッハッハッハ!」
高笑いする二人を、メイドのサティは涼しい顔つきで見つめていた。
(世界広しといえども、こんな理由で税金を下げる貴族はこの人たちぐらいでしょうね……)
***
次の日の朝、アルゲンは邸宅の前にお触れを出した。
立札にはこう書かれている。
『税下げる。感謝しろよな。愚民ども』
なぜか五七五調で書かれたお触れ。その横には得意げな顔で腕組みをしているアルゲンがいる。
「税を下げる……?」
「ウソ……!」
「信じられない……」
「驚いているようだな、愚民ども」
前髪をかき上げつつアルゲンは続ける。
「俺もな、お前らのような愚民が稼いだ薄汚い金を徴収するようなことは嫌だったんだ。潔癖症なもんでな。だから、税を下げてやる!」
アルゲンは高笑いを始める。
予想外の展開に皆が困惑する中、一人の男が声を上げた。
「ちょっと待った! 税を下げるだってぇ!?」
町長のスタットであった。
「愚民町長か。税が下がればお前らも嬉しいだろ?」
「そんなことになったら、この金はどうなる!?」
「この金?」
スタットは白い麻袋を見せつけた。
「そうだ……あなたに税を上げるのを勘弁してもらうようお願いするためにコツコツと貯めた金だ! かなりの額になってる!」
アルゲンは鼻で笑う。
「それはご苦労だったな。だが、税は下がることになったんだ。つまり、その金になんの意味もない。とっとと持って帰れ」
これにスタットは――
「そうはいかん……!」
「は?」
「このままでは我々がなんのためにこの金を貯めていたか分からなくなってしまうではないか!」
「んなこと、俺に言われても……」
「こうなったら、意地でもこの金を受け取ってもらうぞ! アルゲン様!」
「いや、だからいらねーって……」
「みんな! 今こそ立ち上がる時だ! なんとしてもこの金を奴にくれてやるんだ!」
勢いに呑まれ、町の住民も盛り上がっていく。
まるで祭り、いや一揆の様相。
「お、おい、ちょっと待てって……」
「ゆくぞアルゲン! 我々の金、受け取れえええええ!!!」
「何言ってんだこいつら……」
暴動が起こった。
特に町長のスタットは意地でも金を渡そうとし、アルゲンは絶対受け取らないという姿勢を崩さず、もみくちゃになっている。
「さあ、受け取れえええええ!!!」
「ちょっと待……! えええ!? なんで暴動が起き……意味分からん! エレンシア、助けてくれぇぇぇぇぇ!!!」
悲鳴を上げるアルゲン。
エレンシアはというと、邸宅の庭にあるテラスで優雅に紅茶を飲んでいた。
「アルゲンと庶民たち、みんな楽しそうですわねえ」
彼女に付き合って、メイドのサティも一緒に紅茶を飲む。
「あなたもなかなかいい性格をしてますよね」
「褒めてもらえて嬉しいわ! オーッホッホッホッホ!」
アルゲンは叫び続ける。
「誰かこの愚民どもを止めてくれえええええええ!!!」
連載作品となります。
よろしくお願いいたします。




