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太陽のような少女、三沢纱月

 翌日、昼休みのグラウンドは、初夏の陽気で眩しいほどに明るかった。

 その中央を駆け抜ける影がひとつ。

 風を切る音とともに、赤いポニーテールが弧を描く。


「はいっ! 次、いくよー! しっかり走りなさーい!」


 三沢纱月。

 運動部のエースで、誰よりも元気で、誰よりもまっすぐな少女だ。


 彼女は太陽のようだった。

 そこにいるだけで空気が明るくなる。

 まるで、世界そのものに色を塗っているみたいに。


「おーい悠真ー! 何ぼーっとしてんの? 来たなら手伝ってよ!」


 グラウンドの端で見学していた僕に、纱月が手を振ってきた。


「あ、いや。見てただけだから」


「見てるだけって、それはもっと怪しいでしょ。ほら来なよ!」


 強引に腕をつかまれ、半ば引きずられるようにグラウンドの真ん中へ連れていかれた。


 その瞬間、

 彼女の指が触れた手の感触に、胸がズキッと痛んだ。


(……似ている。)


 妻の遥が大学時代、ボランティアで子供を引っ張っていったときの力強さと、どこか同じだった。


「よし、まずは準備運動ね。加賀見くん、体固そうだし!」


「余計なお世話だよ」


「えー固いよ絶対! 体育テストヤバそう!」


 笑いながら距離を詰めてくる纱月に、僕は目をそらした。

 近すぎる。明るすぎる。まっすぐすぎる。


 こんなタイプ、僕の周りにはいなかった。

 でも、妻の遥の“元気な時期”には少し似ている。


(……可能性、あるのか?)


 そう考えると、彼女の言葉の端々を無意識に拾ってしまう。


「ねぇ加賀見くん」


「何?」


「最近さ、なんか……雰囲気変わったよね?」


「……え?」


「昨日からずっと思ってたけど、目が寂しいっていうか……大事なもの失くしたみたいな」


 呼吸が止まった。

 核心を刺されすぎて、言葉が出ない。


 纱月は続ける。


「でもさ、そういう人って、案外すごく優しかったりするんだよね。誰かを守りたいって顔してるからさ」


 まっすぐな瞳で見つめられ、心の奥の古傷が触れられる感覚がした。


(どうして……こんなに人の心に入ってこられるんだ?)


「ほら、次は走るよ! 加賀見くん、フォーム見てあげる!」


「いや僕は走らなくて——」


「走る! はい決定!」


 言うが早いか、腕を掴まれて引っ張られる。


 勢いに任せて数十メートル走ると、横から纱月の声が飛んだ。


「うんうん、意外と悪くないじゃん! 加賀見くんさ、昔運動してた?」


「少しだけ。妻と……じゃなくて、友達と」


 言いかけて口をつぐむ。

 纱月は怪訝そうに首をかしげたが、深追いはしなかった。


「そっか。でもね、そうやって誰かのペースに合わせて走れる人って、優しいよ。私は結構好きだけどな、そういうの」


 なぜか心臓が跳ねた。


(……やめてくれ。そんな言い方……)


 妻も同じことを言ったことがある。

 “誰かと歩幅を合わせられる人は、優しいんだよ”って。


 似ている。

 あまりにも似すぎている。


 そのとき、部活の後輩が駆け寄ってきた。


「三沢先輩! この前の大会の写真、載せてもいいですか!?」


「あ、うん! いいよいいよ! 変な顔じゃなければ!」


「全然可愛いですよ!」


「えっほんと!? よかったぁ!」


 はしゃぐ纱月の横顔は、まさに太陽そのものだった。


 そして、ふと気づいた。


 後輩のスマホに映る纱月の笑顔は——

 妻のフォトアルバムの中にあった“大学一年の頃の笑顔”と、なんとなく似ていた。


(……本当に君なのか?)


 胸が痛いほど軋む。


 練習が終わり、纱月が水を飲んでいるところに声をかけられる。


「加賀見くん!」


「何?」


「今日ありがとう。また手伝ってよ! 加賀見くん、なんか……一緒にいると安心するからさ」


「安心……?」


「うん。これは感覚なんだけどね。初めて会った気がしないっていうか……なんか不思議」


 心臓が大きく跳ねた。


(……それは、僕だけの感覚じゃないのか!?)


 胸が熱くなる。

 喉がきゅっと締まる。


 彼女の言う「初めて会った気がしない」は、

 僕にとってあまりにも重すぎる言葉だった。


 帰り道、僕はノートを開き二人目の名前を書いた。


三沢纱月

→ 妻の元気な時期と雰囲気が一致

→ “初めてじゃない気がする”発言


「……三沢さんも、候補か。」


 ペン先が震える。


 その下に小さく、もうひとつ書き足した。


要追加調査:彼女は過去に“誰か”を失っている気配あり


(太陽みたいな子ほど、深い影を持ってるものだ。)


 窓の外には、落ちていく夕日が赤く滲んでいた。

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